左巻きDNAの2重らせん構造の直接可視化に成功

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液中原子間力顕微鏡によるDNA高分解能観察とその電荷分布計測

2019-05-17 京都大学

山田啓文 工学研究科教授、小林圭 同准教授、木南裕陽 同研究員らの研究グループは、液中において動作する原子間力顕微鏡(AFM)を用いて、通常の右巻きDNA(B-DNA)とは異なる特殊な左巻きDNA(Z-DNA)の高分解能構造観察に成功し、さらに左巻きDNAの帯電状態(表面電荷密度)は、右巻きDNAに比べて小さくなることを見いだしました。
本研究により、左巻きDNAの生体内での役割解明が期待されるとともに、AFMを用いることで一分子の中での表面電荷密度のばらつきを直接計測可能であることが明らかとなりました。
今後、AFMの生体分子を利用するバイオセンサや分子標的治療薬の評価への応用が期待されます。また、生体分子同士の結合様式などの解明にも大きく寄与すると考えられます。
本研究成果は、2019年5月2日に、国際学術誌「Scientific Reports」のオンライン版に掲載されました。図:通常の右巻きDNAと特殊な左巻きDNAのAFM分子像(左)およびそのモデル図(右)。(赤/青矢印は右巻きDNAの主/副溝, 白破線/白矢印は左巻きDNAの主/副溝を示す)

詳しい研究内容について

左巻き DNA の2重らせん構造の直接可視化に成功!
―液中原子間力顕微鏡による DNA 高分解能観察とその電荷分布計測―

概要
 京都大学大学院工学研究科 山田啓文 教授、小林圭 同准教授、木南裕陽 同研究員らの研究グループは、液中において動作する原子間力顕微鏡 (AFM) を用いて、通常の右巻き DNA (B-DNA) とは異なる特殊な左巻き DNA (Z-DNA) の高分解能構造観察に成功し、さらに左巻き DNA の帯電状態 (表面電荷密度) は、右巻き DNA に比べて小さくなることを世界で初めて見いだしました。
この研究によって左巻き DNA の生体内での役割解明が期待されるとともに、AFM を用いることで一分子の中での表面電荷密度のばらつきを直接計測可能であることが明らかとなりました。今後、AFM の生体分子を利用するバイオセンサや分子標的治療薬の評価への応用が期待されます。また、生体分子同士の結合様式などの解明にも大きく寄与すると考えられます。
本研究成果は 2019 年 5 月 2 日に国際学術誌「Scientific Reports」にオンライン掲載されました。通常の右巻き DNA (B-DNA) と特殊な左巻き DNA (Z-DNA) の AFM 分子像 (左) およびそのモデル図 (右). (赤/青矢印は右巻き DNA の主/副溝, 白破線/白矢印は左巻き DNA の主/副溝を示す)

1.背景
DNA は遺伝情報の保持やタンパク質・酵素の合成など極めて重要な役割を担っており、その構造および役割を明らかにすることは、生体機能発現の素過程を解明する上で、また生体分子の医薬 ・産業応用に向けて必要不可欠となっています。DNA は生体内で、通常、右巻きの2重らせん構造(B-DNA, 図 1(a)を参照)をとることが知られていますが、特定の条件下では左巻きの2重らせん構造 (Z-DNA, 図 1(b)を参照)に変化します。この左巻き DNA は、「転写」と呼ばれる、タンパク質合成に向けての RNA 生成過程に関与することが示されており、その重要性から、さまざまな手法によってその構造などの研究が進められて来ましたが、これまでの研究では、溶液下の左巻き DNA 構造の高分解能観察は行われて来ませんでした。また、DNA の帯電状態(表面電荷密度)は転写におけるタンパク質と DNA の結合に関わっていると考えられ、右巻き DNA と左巻き DNA の帯電状態の差異を明らかにすることは、タンパク質と DNA の結合メカニズム解明に大きな進歩をもたらすと考えられます。京都大学 ・山田啓文教授、小林圭准教授、木南裕陽研究員らのグループは、DNA 試料を非破壊で直接観察することが可能な周波数変調原子間力顕微鏡 (FM-AFM) を用いることで、通常の右巻き DNA と特殊な左巻き DNA を観察し、溶液中での”生きた”状態で両者の2重らせん構造を分子レベルで観察することに世界で初めて成功しました。また、これら DNA の帯電状態を計測し、左巻き DNA の電荷密度は右巻き DNA に比べて小さい(帯電状態が弱い)ことを新たに見いだしました。
図 1: (a) 右巻き DNA (B-DNA) の分子モデル. (b) は左巻き DNA の分子モデル. 図中の赤矢印 (青矢印) は各々のモデルにおけるらせんの主溝 (副溝) を示す.

2.研究手法・成果
FM-AFM は、測定に用いる AFM 探針を試料表面に接触させることなく観察することが可能であり、生体分子のような脆弱な試料に対する非破壊 ・高分解能観察手法として使用されます。また、溶液中にある試料が帯電している場合、その試料表面上には電気2重層が形成されますが、この電気2重層が AFM 探針上の電気2重層と重なる際にはたらく「電気2重層力」を FM-AFM によって計測することにより、試料上の局所的な表面電荷を測定することが可能となります。さらに、FM-AFM によるフォースマップ法(*1)を用いることで、電気2重層力の試料上の分布、すなわち表面電荷(密度)分布を求めることが可能となります。
まず、右巻きと左巻きの構造を持つ DNA を作製し、AFM による観察を行いました (図 2(a)を参照)。図 2(a) では中央に紐状の DNA が観察されており、DNA 上に見える縞模様が DNA のらせん構造を表しています。 DNA の両端では右巻きの 2 重らせん構造が観察されているのに対し、中央では左巻きの 2 重らせん構造が可視化されています。また、DNA の 2 重らせん構造には広い溝と狭い溝が存在していることが知られており、赤矢印と青矢印に示したように分子像においても詳細な構造が観察されていることがわかります。さらに、 AFM により左巻き DNA および右巻き DNA の表面電荷密度計測を行い、左巻き DNA が右巻き DNA に比べて帯電が弱いことを明らかにしました (図 2(b)を参照)。AFM を用いて一分子内での表面電荷密度の違いを明らかにした例としては本結果が世界で初めての成功例となります。
図 2: (a) は周波数変調原子間力顕徹鏡(FM-AFM)を用いて観察した右巻き DNA (B-DNA) および左巻き DNA (ZDNA) の分子像. 赤い矢印と青い矢印はそれぞれ幅の異なる溝を示している. (b) は右巻き DNA と左巻き DNA の表面電荷密度. 暗い領域は帯電が強いことを示しており、明るい領域が左巻き DNA、暗い領域が右巻き DNA に対応している.

3.波及効果、今後の予定
本研究成果により、これまでの知見と合わせることで左巻き DNA の生体機能における役割解明が期待されます。また、FM-AFM により生体分子の局所的な帯電状態を計測することができることが明らかとなりました。これから、FM-AFM を用いたナノスケールでのさまざまな生体分子の構造観察や物性評価、さらにはナノバイオデバイス評価や新規分子標的薬の開発などが強く期待されます。

4.研究プロジェクトについて
本研究は日本学術振興会科学研究費補助金 (課題名 高分解能原子間力顕微鏡 ・分光法による生体分子間認識 ・相互作用力の直接可視化、原子間力顕微鏡を用いた固液界面における構造ゆらぎと水和構造との相関に関する研究) の支援を受けました。

<研究者のコメント>
膨大な種類の生体分子は、その各々が固有で特異的な機能を有していますが、分子レベルでどのように動作しているかはまだ未解明な領域が数多くあります。本研究で得られた成果により、DNA の機能解明にさらに一歩近づいたと言えると思います。今後、生体分子の医薬・産業品を進めて行く上で、AFM は必要不可欠な計測手法としてさらに発展していくものと期待しています。

<論文タイトルと著者>
タイトル:Molecular-scale visualization and surface charge density measurement
of Z-DNA in aqueous solution
著   者:Hiroaki Kominami, Kei Kobayashi, Hirofumi Yamada
掲 載 誌:Scientific Reports DOI 10.1038/s41598-019-42394-5

<補足説明>
*1 原子間力顕微鏡(AFM)による3次元フォースマップ法
周波数変調 AFM(FM-AFM)では、探針が取り付けられたカンチレバーの共振周波数シフトの距離依存性(周波数シフトカーブ)から電気2重層力などの相互作用力を定量的に求めることが可能である。測定対象領域上での3次元的な周波数シフトデータを取得すれば、試料上の3次元相互作用力(電気2重層力)分布および表面形状の再構成が可能となり、取得した周波数シフトカーブ(従ってフォースカーブ)と測定位置との対応が明確となる。この手法は3次元フォースマップ法と呼ばれ、溶液環境下においても計測可能である。通常、探針を z 方向に走査して通常の周波数シフトカーブ測定を行い、x 座標を変化させながらこれを繰り返すことで、z-x 面内の周波数データを取得、さらに y 方向に探針を動かすことで、最終的に3次元のフォースマップデータを得る。

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