ヒトiPS細胞の分化傾向調節遺伝子SALL3を同定

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目的細胞に分化しやすいiPS細胞株を選別可能に

2019-05-15  国立医薬品食品衛生研究所,日本医療研究開発機構

国立医薬品食品衛生研究所 再生・細胞医療製品部の佐藤陽治部長、安田智室長、黒田拓也主任研究官らの研究グループは、藤田医科大学医学部 松山晃文教授との共同研究により、ヒトiPS細胞株の分化傾向を予測するためのマーカー遺伝子としてSALL3を同定しました。ヒトiPS細胞は三胚葉(外胚葉、中胚葉、内胚葉)全ての系譜に分化することのできる能力(多分化能)を持ちますが、細胞株によって各系譜への分化のしやすさ(分化傾向)にバラツキがあることが明らかになっています。そのため、目的とする細胞への分化に適した細胞株を選択することの重要性が注目されています。ヒトiPS細胞において、今回同定したSALL3の未分化状態での発現量を測定することにより、相対的に発現量が高い細胞株は外胚葉に分化しやすく、逆に発現量が低い細胞株は中・内胚葉に分化しやすいことが予測できます。

本研究成果は、英国科学雑誌“Nature Communications”に2019年5月15日10時(日本時間5月15日18時)に掲載予定です。

1.研究の背景

ヒトiPS細胞は多分化能を持つことから、すべての胚葉(内胚葉・中胚葉・外胚葉)に分化することが可能です。しかしながら、各胚葉への分化のしやすさ(分化傾向)は細胞株間でバラツキがあることが明らかになっています。そのため、目的細胞に分化しやすい細胞株を選択することは、ヒトiPS細胞由来製品を製造する上で非常に重要なポイントと考えられます。しかしながら、ヒトiPS細胞の分化傾向のバラツキの原因については明らかになっておらず、分化しやすい細胞株を選択するためには、実際に分化をさせて調べる必要があります。したがって、ヒトiPS細胞の未分化状態での分化傾向予測マーカーの必要性が高まっていました。

2.研究の概要と成果

本研究では、10株のヒトiPS細胞を用いて分化傾向と相関の高い遺伝子を網羅的に探索することにより、分化傾向予測マーカーの同定を試みました。その結果、外胚葉に分化しやすい細胞株で発現が高く、中・内胚葉へ分化しやすい細胞株で発現の低いSALL3遺伝子を同定しました(図-1)。


図-1 SALL3の発現量と分化傾向の関係性

ヒトiPS細胞はSALL3の発現量が高いと外胚葉に分化しやすく、逆に発現量が低いと中・内胚葉に分化しやすい。SALL3は分化傾向を調節する分岐器(ポイント)の機能を持つ。

また、SALL3遺伝子の過剰発現細胞株では外胚葉への分化が促進され、逆に、発現抑制細胞株では中・内胚葉への分化が促進されることを示しました。さらに、SALL3の機能解析を進めた結果、SALL3はDNAメチル基転移酵素(注1)の一つであるDNMT3Bに結合し、Wntシグナル関連遺伝子(注2)においてgene body領域のDNAメチル化(注3)を阻害することを明らかにしました。このgene body領域のDNAメチル化は遺伝子発現を促進する働きがあることが近年報告されており、SALL3はエピジェネティック修飾(注4)を制御することにより、各胚葉への分化傾向を調節していることが考えられました。本研究の結果から、SALL3は特定の胚葉への分化を調節する能力があり、分化傾向予測マーカーとしての有用性も強く示唆されました。

3.研究の意義と展望

目的細胞へ分化しやすいiPS細胞の選択は、自家移植(注5)で患者さん由来のiPS細胞を樹立する時、他家移植(注5)で再生医療用iPS細胞ストック(注6)から細胞株を選ぶ時、また、ドラッグスクリーニングで疾患iPS細胞を樹立する時など、様々な場面での活用が想定されます。

また、再生医療等製品を製造する上で、SALL3を利用した目的細胞に分化しやすいiPS細胞株の選択は(1)最終製品への目的外細胞混入リスクの低減、(2)最終製品へ残存未分化細胞混入リスク(注7)の低減、(3)最終製品の収率の改善、(4)製造工程の期間短縮などに貢献することが期待されます。

本研究で用いたアプローチは、他の目的細胞への分化傾向予測マーカーの同定方法としても応用可能と考えられ、再生医療の実現化に向けて大きく貢献するものと期待されます。

4.特記事項

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の医薬品等規制調和・評価研究事業における研究課題「再生医療等製品の原料等となる細胞等の品質及び安全性の評価に関する研究」(研究代表者:佐藤陽治 国立医薬品食品衛生研究所 再生・細胞医療製品部長)の一環として行われました。

論文情報
タイトル(訳):
SALL3 expression balance underlies lineage biases in human induced pluripotent stem cell differentiation
(ヒトiPS細胞の分化傾向はSALL3の発現バランスにより規定される)
著者:
黒田拓也、安田智、城しおり、松山さと子、草川森士、田埜慶子、三浦巧、松山晃文、佐藤陽治
雑誌名:
Nature Communications
用語説明
(注1)DNAメチル基転移酵素
DNAメチル化を触媒する酵素。哺乳類では、維持型メチル化活性を担う酵素としてDNMT1、新生型メチル化活性を担う酵素としてDNMT3AおよびDNMT3Bが同定されている。
(注2)Wntシグナル関連遺伝子
分泌性の細胞間シグナル伝達タンパク質で、細胞の増殖や初期発生時の体軸形成、器官形成などの重要な生物学的機能を制御している。ヒトではこれまで19種類のWNT遺伝子が同定されている。
(注3)gene body領域のDNAメチル化
一般的にプロモーター領域のDNAメチル化により遺伝子発現が抑制されることが知られているが、近年の研究で、遺伝子構造内部のgene body領域のDNAメチル化は、遺伝子発現を促進することが明らかになってきている。
(注4)エピジェネティック修飾
DNAの配列変化によらない遺伝子発現を制御・伝達するシステムで、DNAメチル化、ヒストン修飾が関与している。
(注5)自家移植と他家移植
患者自身から取り出した組織や細胞を同じ患者さんに移植することを自家移植(自己移植)という。一方、ドナーから提供された組織や細胞を患者さんに移植することを他家移植(同種移植)という。
(注6)再生医療用iPS細胞ストック
京都大学iPS細胞研究所(CiRA)では、HLA(ヒト白血球抗原)の型をホモ接合体(免疫拒絶反応が起きにくい組み合わせ)の細胞を有する健康なドナーから採取した細胞からiPS細胞を作製し、あらかじめ様々な品質評価を行った上で、再生医療に使用可能と判断できるiPS細胞株を保存し、医療・研究機関や企業に提供している。
(注7)残存未分化細胞混入リスク
未分化なES/iPS細胞には腫瘍形成能(造腫瘍性)があることから、残存ES/iPS細胞による造腫瘍性のリスクが存在する。
お問い合わせ先
本研究成果に関するお問い合わせ先

国立医薬品食品衛生研究所
再生・細胞医療製品部
部長 佐藤 陽治

AMED事業に関するお問い合わせ先

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
創薬戦略部 医薬品等規制科学課