カイコの「核を持たない精子」の形成に関わる遺伝子の特定に成功

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2019-04-30 基礎生物学研究所

基礎生物学研究所の酒井弘貴研究員と新美輝幸教授らの共同研究チームは、カイコの核を持たない「無核精子」の形成に関わる遺伝子の同定に成功しました。
自然界には大きさや形が異なる二種類の精子をつくる動物が存在します。昆虫のチョウやガの仲間では、卵との受精に用いられる「有核精子」と、核を持たない(つまり遺伝情報を持たない)無核精子の二種類の精子が形成されます。無核精子は核が無いため、自らは受精できませんが、カイコを用いた研究から、無核精子は有核精子が受精するために必須であることがわかっていました。核が無いにも関わらず重要な働きをする無核精子ですが、この特徴的な精子がどのような遺伝子によって作られるのかは全く不明でした。今回研究チームは、エス・エックス・エル (Sxl) 遺伝子が、カイコにおける無核精子の形成に関わることを、ゲノム編集技術を用いて明らかにしました。研究チームはさらに、交尾してオスからメスへ送られた無核精子がメスの体内で有核精子の移動に必須であることを明らかにしました。
本研究は基礎生物学研究所 進化発生研究部門の酒井弘貴研究員と新美輝幸教授、名古屋大学の柳沼利信名誉教授、後藤寛貴元特任助教(現 遺伝学研究所)、大島宏之元大学院生、岩手大学の佐原健教授、由利昂大元大学院生、京都大学の大門高明教授からなる共同研究チームにより実施されました。本研究成果は米国科学アカデミー紀要 (Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America) に掲載予定で、2019年4月30日にオンライン先行公開されました
【研究の背景】
動物の中には、卵と受精する精子とは大きさや形が異なり、自身は受精することができない異型精子と呼ばれる特徴的な精子を形成する種が知られています。異型精子を形成する種は、昆虫のチョウやガ、巻き貝のタニシ、魚類のカジカなどで報告されています。異型精子に魅了された著名人としては、漫画家の手塚治虫が挙げられます。手塚治虫は、タニシ異型精子の電子顕微鏡による観察で、医学博士を授与されています。これまで異型精子に関する研究の多くは、形態学的あるいは生態学的な観点から進められてきましたが、異型精子の形成に関わる遺伝子は、どの種においても明らかとなっていませんでした。チョウやガの仲間は、異型精子の一種で核を持たない無核精子を形成します。有核精子と無核精子は、精子のもととなる共通した細胞(精原細胞)に由来しますが、精子の形成過程の初期段階で核に違いが生じ、その後、無核精子となる精子は核を失います(図1)。本研究チームは、チョウやガの仲間であるカイコの利点を活かして、この無核精子の形成に関わる遺伝子や無核精子の役割を明らかにすることを試みました。
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図1. 有核精子と無核精子の形成

【研究の成果】
ショウジョウバエのSxl遺伝子は、性決定において最も重要な役割を果たすことが知られています。Sxl遺伝子は様々な昆虫に存在しますが、性を決める機能はショウジョウバエの仲間だけに限られ、他の昆虫ではその機能は全く不明でした。本研究グループは、カイコにおいてSxl遺伝子の機能を明らかにするため、Sxl遺伝子がどの器官で働いているかを調べたところ、無核精子の形成過程で働いていることが予想されました。Sxl遺伝子の精子の形成過程での機能を明らかにするために、最新のゲノム編集技術によってSxl遺伝子の機能が阻害されたカイコを作出しました。その結果、Sxl遺伝子が働かないカイコでは、無核精子に異常が生じることが明らかになりました。さらに、カイコの利点を利用した交配実験によりSxl遺伝子が働かなくても、有核精子は正常であることがわかりました。これらのことから、Sxl遺伝子は無核精子形成に必要な遺伝子であることが判明しました。
Sxl遺伝子が働かないカイコは、正常な無核精子ができないため次世代を作ることができませんでした。なぜ、無核精子がないと次世代を作ることができないのでしょうか。 カイコのメスは交尾によって受け取った精子を一時的に交尾嚢と呼ばれる袋状の器官に蓄えます。そして、交尾嚢に蓄えられた精子は、受精の時まで精子を貯めておく受精嚢と呼ばれる器官に移動します。Sxl遺伝子が働かないカイコの有核精子は交尾嚢には存在しましたが、受精嚢には存在しませんでした(図2)。このことから、無核精子は交尾嚢から受精嚢への精子の移動に必要であることが分かりました。
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図2. メス体内での精子の移動

【今後の展望】
本研究は、異型精子の一種である無核精子の形成に必要な遺伝子を明らかにしたことに大きな意義があると言えます。異型精子形成に必要な遺伝子を世界で初めて特定したことから、異型精子の進化過程の解明に繋がることが期待されます。
また、本研究は、無核精子が交尾嚢から受精嚢への精子の移動に必要であることを明確に示しました。本研究成果から、無核精子が有核精子を輸送する可能性が考えられますが、実際にどのように精子を輸送しているのかを明らかにすることが今後の課題となります。一見するとあまり重要そうでない核を欠失した精子が、メスの体内での有核精子の移動に必要であることを示したことは、今後の精子研究に大きな影響を与えるものと考えられます。
【発表雑誌】
雑誌名:米国科学アカデミー紀要 (Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)
掲載日:2019年4月29日付
論文タイトル:Dimorphic sperm formation by Sex-lethal
著者:Hiroki Sakai, Hiroyuki Oshima, Kodai Yuri, Hiroki Gotoh, Takaaki Daimon, Toshinobu Yaginuma, Ken Sahara, Teruyuki Niimi
DOI: 10.1073/pnas.1820101116 (https://www.pnas.org/content/early/2019/04/25/1820101116)
【研究グループ】
基礎生物学研究所 進化発生研究部門の酒井弘貴研究員、新美輝幸教授および名古屋大学の柳沼利信教授、後藤寛貴研究員、大島宏之大学院生、岩手大学の由利昂大大学院生、佐原健教授、京都大学の大門高明教授からなる共同研究チーム。
【研究サポート】
本研究は、科学研究費助成事業 (16H01260, 17J05973) などの支援を受けて行われました。
【本研究に関するお問い合わせ先】
基礎生物学研究所 進化発生研究部門
教授 新美 輝幸(ニイミ テルユキ)

【報道担当】
基礎生物学研究所 広報室

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