エイズウイルスがヒトの防御機構から逃れる仕組みを解明

スポンサーリンク

2019-04-23  横浜市立大学,日本医療研究開発機構

横浜市立大学学術院医学群 微生物学の梁 明秀 教授、宮川 敬 講師らの研究グループは、国立感染症研究所、徳島大学、京都大学、愛媛大学などとの共同研究により、エイズの原因となるヒト免疫不全ウイルスが宿主細胞内の防御システムから逃れる分子メカニズムを明らかにしました。

研究成果のポイント
  • ヒトのPIMキナーゼ(*1)でHIV-2タンパク質Vpxがリン酸化されることを発見。これにより、Vpxが細胞内の抗HIV因子SAMHD1(*2)を効率的に分解する。
  • PIM阻害剤の添加でSAMHD1が分解できなくなり、HIV-2の増殖が抑制されることが分かった。
  • ヒトが本来もつエイズウイルスに対する防御機構を利用した、新たな治療法開発への応用が期待される。


(図):PIMキナーゼによってHIV-2タンパク質Vpxがリン酸化されることで、細胞内の抗HIV因子SAMHD1が効率よく分解される

研究の背景

HIV(ヒト免疫不全ウイルス)が体内に侵入すると、免疫細胞が徐々に破壊され、普段は感染しない病原体に感染してさまざまな病気を発症しやすくなります。このような状態をエイズ(AIDS、後天性免疫不全症候群)と言い、全世界で3670万人以上がHIVに感染していると推測されています。一度感染したウイルスを体内から完全に排除する治療法は確立されておらず、HIV感染者は抗ウイルス薬を日常的に飲み続ける必要があります。また、ウイルス遺伝子に変異が入ることで既存の薬が効かなくなる薬剤耐性ウイルスの出現事例も多数報告されています。こうしたことから、感染自体を防ぐHIVワクチンの開発と並行して、既存薬が効かない耐性ウイルスにも効果のある新しい薬剤を常に作り続ける必要があります。

ヒトの細胞は、ウイルスに対する様々な防御手段をもっています。例えばSAMHD1タンパク質はヒト細胞が作り出す酵素の一種で、マクロファージやCD4陽性T細胞へのHIV感染を強く阻止します。一方、ウイルス側、とくに西アフリカに感染者の多いHIV-2は、ウイルス粒子内にVpxタンパク質をもっており、その働きにより細胞内でSAMHD1を分解します。結果としてHIV-2は骨髄系細胞やT細胞に感染することができます。研究グループは、新しい抗HIV薬の開発を目指す過程で、このVpxタンパク質の機能を抑制することを考えました。ウイルスタンパク質は、ヒトが細胞内にもつ「ウイルス調節因子」の助けを借りて機能することがほとんどであるため、まずはVpxのSAMHD1に対する働きを制御する因子の探索を行いました。

研究の内容

これまでの報告から、Vpxは細胞内でリン酸化修飾を受けることが知られていたため、研究グループは、これがSAMHD1に対する働きを制御する可能性を考えました。そこでリン酸化修飾に関わる400種類以上の宿主タンパク質群のうち、Vpxと相互作用するものを探索したところ、PIMキナーゼと呼ばれる宿主タンパク質がVpxとよく結合し、特異的にリン酸化することを見いだしました。さらに質量分析計を用いて詳しく調べたところ、Vpxの13番目のアミノ酸であるセリンがPIMキナーゼによりリン酸化されることが明らかになりました。このセリンを別のアミノ酸に置換すると、Vpxのリン酸化が起きなくなり、ウイルスの増殖が顕著に減少しました。また、分子動力学を用いた構造シミュレーションの結果、このセリンのリン酸化はSAMHD1との相互作用を強めることが予測され、生化学実験でそれが実証されました。

次に、siRNAを用いてPIMキナーゼの発現を抑制した細胞にHIV-2を感染させたところ、ウイルスの感染は低く抑えられました。この細胞ではVpxが存在するにも関わらず、細胞内のSAMHD1がほとんど分解されておらず、SAMHD1による抗ウイルス活性が持続していたと考えられます。

既知のPIM阻害薬の1つAZD1208を、HIV-2を感染させたマクロファージに添加すると、長期間にわたりウイルスの増殖が抑制されました。このことから、AZD1208という既存の抗がん剤に、HIVタンパク質Vpxの機能阻害という作用もあることが明らかとなり、ドラッグリポジショニングによる新規抗ウイルス剤の可能性が示されました。

本研究では、宿主PIMキナーゼがVpxのSAMHD1に対する働きを制御するウイルス調節因子であることを明らかにしました。また、PIMキナーゼを阻害することにより、HIV-2の複製を効果的に阻止できることを初めて示しました。

今後の展開

HIV-2感染維持に重要なウイルス調節因子がPIMキナーゼという酵素の一種であったことから、変異しやすいウイルスタンパク質ではなく、この酵素を標的とすることで、耐性を獲得しにくい新たなエイズ治療法開発への応用が期待できます。PIMキナーゼの標的であるVpxの13番目のセリンは、ウイルスの進化の過程で保存されており、この部位のリン酸化はVpxの機能に必須な領域であると予想されます。したがって、PIM阻害剤などを用いてこの部位のリン酸化を阻止することで、現存するすべてのHIV-2の増殖を抑制することが可能であると考えられます。今後は、既存のPIM阻害薬などを用いた動物実験などを行うとともに、Vpxのリン酸化領域を模倣したペプチドや化合物などを探索することで、ウイルス–宿主間相互作用を標的とした新しいタイプの治療薬開発へ展開させたいと考えています。

用語説明
*1 PIMキナーゼ:
ヒトが体内で作り出す酵素の一種で、タンパク質にリン酸を付加する機能をもつ。PIMキナーゼは、セリン・スレオニンをリン酸化する酵素で、リンパ性悪性腫瘍を誘発することが知られている。
*2 抗HIV因子SAMHD1:
ヒトは本来、ウイルスから生体を守るいくつかのタンパク質をもつ。SAMHD1はその一種であり、HIVの侵入後に起こるウイルスゲノムの逆転写過程を強く阻害して感染を抑制する。
掲載論文
論文タイトル:
PIM kinases facilitate lentiviral evasion from SAMHD1 restriction via Vpx phosphorylation
著者:
Kei Miyakawa, Satoko Matsunaga, Masaru Yokoyama, Masako Nomaguchi, Yayoi Kimura, Mayuko Nishi, Hirokazu Kimura, Hironori Sato, Hisashi Hirano, Tomohiko Tamura, Hirofumi Akari, Tomoyuki Miura, Akio Adachi, Tatsuya Sawasaki, Naoki Yamamoto, and Akihide Ryo.
雑誌名:
Nature Communications
DOI番号:
10.1038/s41467-019-09867-7

※本研究は『Nature Communications』に掲載されます。(英国時間4月23日10時00分付:日本時間4月23日18時00分付オンライン)

本研究への支援

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)エイズ対策実用化研究事業「HIV感染制御の網羅的解析による潜伏機序の解明とその治癒戦略策定」「ウイルス感染伝播の時空間的解析法の開発」、文部科学省「イノベーションシステム整備事業先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラム」、日本学術振興会、横浜医学振興財団の支援を受けて行われました。

お問い合わせ先
本資料の内容に関するお問い合わせ

公立大学法人横浜市立大学
学術院医学群 微生物学
教授 梁 明秀

取材対応窓口、詳細の資料請求など

公立大学法人横浜市立大学
研究企画・産学連携推進課長
渡邊 誠

AMED事業に関するお問い合わせ

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
戦略推進部 感染症研究課(エイズ対策実用化研究事業)

スポンサーリンク
スポンサーリンク