野生チンパンジーがヒョウの獲物を食べることを初めて観察

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人類の祖先は肉食獣から獲物を奪っていたか

2019-04-16 総合地球環境学研究所

概 要

総合地球環境学研究所の松本卓也外来研究員(日本学術振興会特別研究員(PD))や京都大学の中村美知夫准教授(理学研究科)らの研究グループは、野生チンパンジーがヒョウの獲物を手に入れて食べるところを世界で初めて観察しました。ヒョウが近くにいたにも関わらず、チンパンジーたちは手に入れた獲物を食べ続けたのです。さらに、本調査地(タンザニア、マハレ山塊国立公園)のチンパンジーがこれまでに動物の屍体と遭遇した事例をまとめた結果、屍肉を食べるのに重要な条件は「新鮮さ」と「食べ慣れた動物であること」で、「ヒョウが近くにいそうかどうか」は影響していない可能性が示唆されました。

これまで、人類(=チンパンジーと分かれた後の直立二足するヒト科の系統)が協力や言語を進化させる上で、肉食獣から獲物を横取りする「対峙的屍肉食」が重要であったと考えられてきました。ヒト(=ホモ・サピエンス一種のみ)と最も近縁なチンパンジーはそうしたことをする証拠がなかったからです。しかし、本研究から、チンパンジーが、状況によってはヒョウから獲物を横取りしうる可能性が示されました。この場合、対峙的屍肉食の起源はこれまで考えられていた以上に古く、人類の系統より前にまで遡ることになります。

松本外来研究員は、屍肉に対するチンパンジーの反応のデータを提供する等で本研究に参画しました。

本研究成果は、2019年4月に米国の国際学術誌「Journal of Human Evolution」にオンライン掲載されます。

(左上)手に入れた獲物を食べるチンパンジー(右上)まだ近くにいるヒョウを警戒するチンパンジー
(左下)獲物の喉にはヒョウの牙の跡が (右下)マハレには多くのヒョウが生息する

(左上)手に入れた獲物を食べるチンパンジー(右上)まだ近くにいるヒョウを警戒するチンパンジー
(左下)獲物の喉にはヒョウの牙の跡が (右下)マハレには多くのヒョウが生息する

  1. 背景

    人類進化の議論の中で、大型獣の狩猟を開始する以前の初期人類にとって「対峙的屍肉食」が非常に重要であったとする考え方があります。ライオンやヒョウといった大型肉食獣が獲物を仕留めた際に、初期人類が肉食獣に「対峙」して追い払い、獲物を横取りしていたという考えです(図1)。大型肉食獣は類人猿やヒトさえも襲って食べることがありますから、当然これは非常に危険なことです。このため、対峙的屍肉食をするためには、弓矢のような飛び道具や、多くの仲間を呼び寄せるための言語などが不可欠であったと考えられてきました。また屍肉食をすることで、動物性たんぱく質を安定して得られるようになったことが、大きくなっていった脳の維持に重要であったとも言われています。

    図1.初期人類による「対峙的屍肉食」のイメージ

    図1.初期人類による「対峙的屍肉食」のイメージ

    現生の生き物の中で最もヒトに近縁なチンパンジーは、日常的に小型の哺乳類を捕まえて食べます。また、稀に屍肉食をすることも知られていましたが、これまでヒョウから獲物を横取りするという証拠はありませんでした。ヒョウはチンパンジーにとって捕食者です。ですから、洗練された飛び道具も言語も持たないチンパンジーが、わざわざ危険を冒して肉を手に入れるとは考えられていなかったのです。こうしたことから、対峙的屍肉食は人類の系統になってから初めて出現したと考えられてきました。

  2. 研究手法・成果

    図2.手に入れた獲物を食べるチンパンジー

    図2.手に入れた獲物を食べるチンパンジー

    私たちは、今回初めてヒョウが近くにいる状況でチンパンジーが獲物の屍体を手に入れて食べるという事例を観察しました(図2)。調査地は、私たちのチームが50年以上にわたって野生チンパンジーの研究を続けてきたタンザニアのマハレ山塊国立公園です。

    獲物はブルーダイカーという小型のレイヨウの仲間で、チンパンジーが手に入れた時にはすでに喉に牙の跡があって血が流れており(図3)、ヒョウが殺した直後のものだと思われました。一連の事例を通して、ヒョウの姿が2回目撃されたほか、チンパンジーが頻繁に近くの藪に向かって警戒声を発していた(図4)ことから、獲物を殺したヒョウがしばらくの間近くに居続けたと考えられます。

    図3.獲物の喉にはヒョウの牙の跡が

    図3.獲物の喉にはヒョウの牙の跡が

    図4.まだ近くにいるヒョウを警戒するチンパンジー

    図4.まだ近くにいるヒョウを警戒する
    チンパンジー

    この観察を受けて、私たちは1980年から2017年までにチンパンジーが動物の屍体に遭遇した事例をまとめました。そうして集めた49の事例のうち、18例(36.7%)でチンパンジーは屍肉食をしていました。屍肉を食べた条件を調べてみると、屍体がまだ新鮮である際によく食べること、普段チンパンジーが狩猟して食べ慣れている動物種だとよく食べることが明らかになりました。この両方の条件を満たした場合、12例中9例(75.0%)で屍肉食が観察されました。一方、ヒョウによる痕跡がある場合(つまりヒョウが戻る可能性がある場合)に食べることを避けるわけではありませんでした。この結果からも、条件が揃えばチンパンジーがヒョウの殺した獲物を食べることがある可能性が示されました。

    これまで、チンパンジーがヒョウの獲物を食べるとは考えられていませんでした。これはどうしてでしょう。実は、私たちが研究するマハレ以外の多くのチンパンジー調査地では、すでにヒョウは地域絶滅しています。ヒョウがいない調査地ではヒョウが殺した動物の屍体はないわけですから、当然ヒョウの獲物を食べるといった観察ができるわけもありません。また、今回の観察ではヒョウのほうも人間の観察者に慣れていた可能性があります。これまでにもマハレでは似たような事例があったにも関わらず、ヒョウが慣れていなかったので逃げてしまっていた可能性もあるでしょう。

  3. 波及効果、今後の予定

    本研究成果によって、人類進化の議論で定説となりつつある屍肉食仮説は、今後少し見直される必要があると考えられます。「対峙屍肉食」は、人類の系統より前から現れていた可能性があるのです。

    私たちが集めた動物屍体との遭遇事例は、これまでに報告されている中では最大の数ですが、それでも動物屍体に出遭うことも、それらの屍肉を食べた例も決して多いとは言えません。これにはいくつかの理由が考えられます。一つは、チンパンジーが暮らす森林環境には、そもそも大型の草食獣が少ないから、というものです。初期人類が屍肉食をしていたと考えられるのは、より乾燥したサバンナのような環境でしたから、大型草食獣もより多かったと思われます。大型の動物の屍体の方が、長く残ると考えられることから、結果として森林環境よりも屍体が手に入りやすかった可能性があります。

    もう一つ考えられる理由として、森林は湿潤なので屍体の分解が早くなるから、というものが考えられます。現生の狩猟採集民は半分腐りかけたような肉でも長時間煮ることで食べることができますが、チンパンジーは生で肉を食べるため、新鮮な屍体しか食べられません。バクテリアが繁殖した肉を生で食べることが適応的とは考えられませんので、このことも、チンパンジーが屍肉食をする頻度を下げていると考えられます。

    図5.マハレには多くのヒョウが生息する

    図5.マハレには多くのヒョウが生息する

    私たちが研究しているマハレにはヒョウも高密度で生息していることが近年の調査で明らかになってきました(図5)。しかし、チンパンジーもヒョウも生息地の減少や密猟などによってアフリカの各地で次第に数を減らしています。ヒトに近い類人猿と大型肉食動物がどのような関わりをもって暮らしているのかを知ることは、両方の種が生息しているマハレのような調査地でないと不可能です。こうした潜在的捕食者との関係も含めた視点での類人猿研究は今後もますます重要になっていくと考えています。

  4. 研究プロジェクトについて

    研究チーム:中村美知夫(京都大学大学院理学研究科 准教授)、保坂和彦(鎌倉女子大学児童学部 教授)、伊藤詞子(京都大学野生動物研究センター 研究員)、松本卓也(総合地球環境学研究所 日本学術振興会特別研究員)、松阪崇久(大阪成蹊大学教育学部 准教授)、仲澤伸子(京都大学大学院理学研究科 博士課程学生)、西江仁徳(京都大学大学院理学研究科 日本学術振興会特別研究員)、坂巻哲也(京都大学霊長類研究所 研究員)、島田将喜(帝京科学大学生命環境学部 准教授)、高畑由起夫(関西学院大学総合政策学部 教授〔研究当時、現:同大学フェロー・名誉教授〕)、山上昌紘(京都大学大学院理学研究科 修士課程学生〔研究当時〕)、座馬耕一郎(長野県看護大学看護学部 准教授)

    マハレでの野外調査はタンザニア科学技術局、タンザニア野生動物研究所、タンザニア国立公園局の許可を得ておこないました。これらの諸機関に厚く御礼申し上げます。また、本研究は日本学術振興会科研費(#4903〔JP17H06381〕およびJP15H04429)による補助を受けました。

研究者のコメント

マハレでは50年以上にわたって野生チンパンジーの研究が続いていますが、まだまだ新しい発見は続いています。人間の本性を知る上でも、近縁種であるチンパンジーが自然な状態でどのような行動を見せるのか、今後も粘り強い観察が必要だと思っています。動物の野外研究は実験室での研究と違って簡単に成果が出るものではありませんが、大変魅力的なものです。新しい世代の人たちがそうした長期の研究プロジェクトに興味を持って下さることを願っています。

論文タイトルと著者
タイトル:
Wild Chimpanzees Deprived a Leopard of Its Kill: Implications for the Origin of Hominin Confrontational Scavenging(野生チンパンジーがヒョウの獲物を横取り―初期人類の対峙的屍肉食の起源に関する示唆)
著  者:
Michio Nakamura, Kazuhiko Hosaka, Noriko Itoh, Takuya Matsumoto, Takahisa Matsusaka, Nobuko Nakazawa, Hitonaru Nishie, Tetsuya Sakamaki, Masaki Shimada, Yukio Takahata, Masahiro Yamagami, and Koichiro Zamma
掲 載 誌:
Journal of Human Evolution

論文詳細(外部サイト)

お問い合わせ先

中村美知夫(なかむら・みちお)
京都大学大学院理学研究科・准教授

松本卓也(まつもと・たくや)
総合地球環境学研究所・外来研究員(日本学術振興会特別研究員(PD))

参考地図

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※本リリースは、複数の研究機関から発表されているものです。

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