新コンセプト有機太陽電池によって高効率化への道筋を拓く

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水平交互多層接合によってバルクヘテロ接合を超える

2019-02-19 分子科学研究所

概要

分子科学研究所の、平本昌宏教授、菊地 満氏(NEDO研究員)、伊澤誠一郎助教の研究グループは、従来の有機太陽電池の標準構造であった「バルクヘテロ接合」の代わりになる、「水平交互多層接合」による新コンセプト有機太陽電池の動作に、世界で初めて成功し、高効率化への道筋を拓きました。

有機太陽電池のバルクヘテロ接合(ブレンド接合)は、電子とホールを輸送するルート形成が技術的に非常に難しいという弱点があり、世界中で、相分離を利用した解決が模索されてきましたが、新しい有機半導体分子を合成してはそれをブレンドして性能を評価するという、トライアンドエラーに頼らざるを得ない状況が続いています。

今回、研究グループは、電子とホールを、基板に対して水平方向に取り出す「水平交互多層接合」という新しいコンセプトに基づいて有機太陽電池を設計・作製し、バルクヘテロ接合を超える方法を示しました。

具体的には、まず、有機分子のホールハイウェーと電子ハイウェーを作製して、ホール、電子をミリメーターのマクロな距離で、水平方向に取り出せることを証明しました。さらに、研究グループオリジナルの可動マスク機構を用いて、わずか5分子層のホールハイウェーと電子ハイウェーから成る「水平交互多層接合」を作製し、世界で初めて、太陽電池として動作させることに成功しました。

今回の、新コンセプト有機太陽電池は、水平方向に光電流を取り出すため、垂直方向の膜厚を限りなく厚くでき、種々の吸収波長領域を持つ、多様な有機半導体の組み合わせが自由自在に行えるようになり、太陽光スペクトルの大部分をフル活用して、飛躍的な効率向上が望めます。近い将来、有機太陽電池は、フレキシブル、カラフル、軽量、塗布可能、安価、等の利点を活かして、太陽電池の主役となっていくと考えています。

本研究は、科研費挑戦的研究(萌芽)およびNEDOのエネルギー・環境新技術先導プログラムの一環として行われ、米国化学会のエネルギー材料科学の専門誌『ACS Applied Energy Materials』の2月8日付(オンライン版)に掲載されました。

研究の背景

有機太陽電池のバルクヘテロ接合(ブレンド接合)(図1(a))は、1991年に研究代表者が発明し[平本ら, Appl. Phys. Lett., 58, 1062 (1991)]、有機太陽電池の世界標準になっています。これは、電子受容性(アクセプター性)と電子供与性(ドナー性)の有機半導体分子を混ぜ合わせたブレンド膜で、植物の光合成と同じく、アクセプター分子とドナー分子の間に起こる電子移動を利用して、光電流を発生できます。ただ、バルクヘテロ接合は、電子とホールを途切れずに輸送するルート形成が技術的に非常に難しいという弱点があり、世界中で、新しい有機半導体分子を合成してはそれをブレンドして性能を評価するという、トライアンドエラーに頼らざるを得ない状況が続いています。また、太陽光全てを吸収利用できる、1ミクロン程度のブレンド厚膜を作製することが困難でした。研究代表者は、バルクヘテロ接合の原理そのものが内包する、この欠点について、発明当初から問題意識を持ち続けてきました。

例えば、図1(b)のような、縦型超格子理想構造を作製できたとすると、電子とホールの取り出しの障害がなくなり、1ミクロン程度の膜厚も可能になると予想できます[平本ら, Appl. Phys. Lett., 88, 213105 (2006)]。しかし、この構造においては、電子、ホール輸送層の幅を、プラス電荷とマイナス電荷が結びついた励起子が拡散できる10ナノメーター(0.01 ミクロン)程度にすることが必要で、1ミクロンの厚膜を作るには、アスペクト比が100にも達し、現在の技術では作製できません。
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図1 (a) バルクヘテロ接合有機太陽電池。(b) 縦型超格子理想構造。

研究の成果

今回、研究グループは、電子とホールを、基板に水平な方向に取り出す「水平交互多層接合」(図2(a))を作製し、太陽電池として動作させることに、世界で初めて成功し、バルクヘテロ接合の弱点を克服する方法を示しました。この構造は、図1(b)の縦型超格子理想構造を90度回転させた構造にあたります。電子とホールを、水平方向に取り出すことが「水平交互多層接合」の本質です。この接合は、次の2つの大きな特長を持ちます。

(1) 水平方向に電子とホールを取り出すため、垂直方向の膜厚は輸送に無関係となり、限りなく厚くでき、全ての太陽光を吸収利用して、光電流を極限まで増大できます。
(2) 膜厚をオングストローム精度で制御でき、理想構造を自由に設計、作製できます。

「水平交互多層接合」(図2(a))においては、ホールと電子を、それぞれの電極まで、基板に水平な方向に取り出さなければなりません。このようなマクロな距離の電荷輸送の可能性を検討できるようになったのは、最近、100 cm2/Vs に近い超高速移動度が、有機半導体において報告されるようになったためです。シリコンの移動度が1000 cm2/Vs程度ですから、その約10分の1です。図2(a)(右)に、超高速ホール移動度を示す、有機半導体(C8-BTBT)の構造を模式的に示してあります。基板に水平に、強固なπスタッキングが形成され、水平方向に非常に高いホール移動度を示します。

「水平交互多層接合」を構成する最小単位は、ホールを水平方向に取り出すホールハイウェー(図2(b))と、電子を水平方向に取り出す電子ハイウェー(図2(c))の2つです。そこで、まず、ホールハイウェーと電子ハイウェーを、それぞれに作製して、ホール、電子をミリメーター程度の距離で、水平方向に取り出せるかを調べました。
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図2 (a) 水平交互多層接合。(b) ホールハイウェー。(c) 電子ハイウェー。

ホールハイウェーには、有機半導体(C8-BTBT)を用いました(図3(a))。1対の電極を0.05 mmから0.6 mmの間隔で表面に設けました。ホールは水平方向に輸送されて取り出されるので、移動距離は電極間距離に等しくなり、セルの特性は水平方向のホール輸送に支配されます。電子収集電極の左端(赤実線)がホールのスタートラインになります。ここで、電極間距離がホール飛程(ホールが水平方向に移動できる距離)よりも短い場合、ホールは電極に収集されますが、電極間距離がホール飛程よりも長い場合、ホールは電極に収集されません。このため、電極間距離がホール飛程に等しくなるところで、光電流が急減することが予想できます。光電流の急減は0.4 mmで起こりました(図3(a))。ホールが0.4ミリメーターの長距離動ける結果は、これまで1ミクロン以下の距離しか動けないのが常識とされてきたことを考えると、驚くべき結果です。

電子ハイウェーには、高速電子移動度を示すペリレン系有機半導体(PTCDI-C8)を用いました(図3(b))。0.2 mmで光電流の急激な減少が観測され、電子においても0.2ミリメーターの長距離動ける結果が得られました。
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図3 (a) ホールハイウェーセルと光電流の電極間距離依存性。スタートラインから0.4 mmで急減し、ホール飛程が0.4 mmであることがわかる。(b) 電子ハイウェーセルと光電流の電極間距離依存性。スタートラインから0.2mmで急減し、電子飛程が0.2 mmであることがわかる。

ホール飛程0.4 mm、電子飛程0.2 mmが得られたので、「水平交互多層接合」を両者の動ける距離(飛程)以内の0.14 mmに設定して作製しました(図2(a))。セルの作製にはカスタムメイド精密マスクシステム (図4(a)(b))を用いて、ホールハイウェーと電子ハイウェーをそれぞれ選択的に、ホール取り出し電極、電子取り出し電極に接続しました(図4(c))。そして、交互積層数を2層、4層、10層と増加させました(図5(c))。10層の場合、1層の厚さは10 nm(0.01ミクロン)となり、図1(b)の理想構造を水平にしていることになります。

このセルは、キャリアを0.14 mm長距離輸送しているにも関わらず、美しい光起電力特性を示しました(図5(a))。開放端電圧1.0 V、曲線因子0.48が観測されました。このように、「水平交互多層接合」を持つ有機太陽電池の動作に成功しました。

また、積層数を増やすことで光電流が急激に増大しました(図5(a)(c))。光電流の量子効率を有機分子(PTCDI-C8)層の膜厚に対して片対数プロットすると直線になり(図5(b))、傾きから、各層膜厚が10 nm(5つのPTCDI-C8分子に相当)の場合(図5(c)、右端)、励起子を光電流発生界面に捕獲する効率は79%に達することがわかりました。また、ホールと電子の各電極への収集効率も94%と非常に高いことが分かりました。これは、これまでバルクヘテロ接合でしかできなかった、励起子収集とキャリア収集の両立が、水平交互積層接合においても可能であることを証明する結果です。
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図4 (a) カスタムメイド精密マスクシステムの写真。(b) マスクの位置関係。スリット(1)とスリット(2)を往復して積層することで水平交互多層接合を作製する。スリット(3)とスリット(4)を通して蒸着することで、ホールハイウェーと電子ハイウェーをそれぞれ選択的に、ホール取り出し電極、電子取り出し電極に接続する。(c) 水平交互多層接合セルの詳細構造。
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図5 (a) 水平交互多層接合を持つ有機太陽電池の光電流―電圧特性。(b) 光電流量子収率のPTCDI-C8膜厚依存性。(c) 水平交互多層接合(2層、4層、10層)の模式図。トータル膜厚100 nm。10層において1層当たりの膜厚は10 nmでPTCDI-C8の5分子に相当。

今後の展開およびこの研究の社会的意義

「水平交互多層接合」は、バルクヘテロ接合を超える設計コンセプトです。現在、超高速移動度を持たない通常の有機半導体でも「水平交互多層接合」が作製できるように研究を進めています。垂直方向膜厚は輸送に無関係で限りなく厚くできるため(図6(a))、有機分子の吸収の多様性を活かして太陽光スペクトルの大部分を細かく分割して活用することで、20%以上の高効率化が望めます。なお、電極間距離がミリメーターのため、金属マスクで簡便に大面積モジュールを製造できます(図6(b))
有機太陽電池の効率は着実に向上しており、フレキシブル、カラフル、軽量、塗布可能、安価、等の利点を活かして、近い将来、太陽電池の主役となっていくと考えています。
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図6 (a) セルを多層化していくらでも厚くでき、太陽光スペクトルの大部分を利用できる。(b)ミリメーターの電極間距離のため、金属マスクで簡便に大面積モジュールを製造できる。

用語解説

1)励起子:
光照射によって生じたプラス電荷とマイナス電荷が引きつけあいペアになっている状態。プラスとマイナスが自由なホールと電子に解離して初めて光電流が観測される。

2)移動度:
電子やホールが動く速さを示す数値。有機半導体での最高値は100 cm2/Vsに迫っているが、シリコンの1000 cm2/Vs程度の10分の1。

3)飛程:
電子やホールが移動できる距離。

論文情報

掲載誌:ACS Applied Energy Materials

論文タイトル:“Lateral Alternating Donor/Acceptor Multilayered Junction for Organic Solar Cells” 「水平ドナー/アクセプター交互多層接合をもつ有機太陽電池」

著者(全員):Mitsuru Kikuchi, Masaki Hirota, Thidarat Kunawong, Yusuke Shinmura, Masahiro Abe, Yuichi Sadamitsu, Aye Myint Moh, Seiichiro Izawa, Masanobu Izaki, Hiroyoshi Naito, and Masahiro Hiramoto

掲載日:2019年2月8日(オンライン公開)
DOI:10.1021/acsaem.8b02135

研究グループ

本研究は、自然科学研究機構分子科学研究所(物質分子科学研究領域)の平本昌宏教授、菊地満(NEDO研究員)と、豊橋技術科学大学の伊崎昌伸教授、大阪府立大学の内藤裕義教授、日本化薬株式会社との共同研究により行なわれました。

研究サポート

本研究は、科研費挑戦的研究(萌芽)(課題番号:17K19110)「超バルクヘテロ接合有機太陽電池の開発」、および、NEDOのエネルギー・環境新技術先導プログラム研究テーマ「pn制御有機半導体単結晶太陽電池の開発」(研究代表者:平本昌宏)の一環として行われました。

研究に関するお問い合わせ先(研究代表者)

平本 昌宏(ひらもと まさひろ)
自然科学研究機構 分子科学研究所
物質分子科学研究領域 教授

報道担当

自然科学研究機構 分子科学研究所
研究力強化戦略室 広報担当

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