iPS細胞を用いて遺伝性間質性肺炎の病態解析に成功

スポンサーリンク

間質性肺炎の原因究明の足がかりに

2109-02-15  京都大学,京都大学iPS細胞研究所,日本医療研究開発機構

概要

間質性肺炎は呼吸不全が徐々に進行する難病です。肺の細胞培養は技術的に難しく、これまで患者細胞を使った呼吸器疾患研究は困難な状況にありました。京都大学大学院医学研究科呼吸器内科学 平井豊博教授、興梠陽平同医員、呼吸器疾患創薬講座 後藤慎平特定准教授らは、京都大学iPS細胞研究所、京都大学大学院医学研究科呼吸器外科学、同形態形成機構学との共同研究において、遺伝性間質性肺炎を示すヘルマンスキー・パドラック症候群2型患者由来のiPS細胞から作成した肺胞上皮細胞の解析を行い、肺サーファクタントの貯留・分泌を担う「ラメラ体※」と呼ばれる構造に異常があることを明らかにしました。ラメラ体から分泌される肺サーファクタントは肺が正常に機能するために非常に重要な役割を担っており、この異常が本疾患患者での間質性肺炎の発症に影響している可能性が示唆されました。ラメラ体の異常や肺サーファクタントの分泌低下は他の間質性肺炎でも発症や進行に関与している可能性が過去に報告されており、iPS細胞を用いた間質性肺炎の研究の今後が期待されます。

本研究成果は、2019年2月15日に国際学術誌「Stem Cell Reports」にオンライン掲載されます。


研究の概略図

背景

間質性肺炎はさまざまな原因で肺のガス交換の場である肺胞に炎症や損傷が起こり、酸素の取り込みがうまくできなくなる疾患です。間質性肺炎の原因には関節リウマチや皮膚筋炎などの膠原病、職業上・生活上での粉塵、カビ・羽毛などの慢性的な吸入、特定の薬剤など様々あることが知られていますが、原因を特定できない症例も多く、特発性間質性肺炎と呼ばれています。特発性間質性肺炎の原因は不明ですが、遺伝的要因と環境要因の両者が関係していると考えられています。また、原因遺伝子の分かっている間質性肺炎も知られており、肺胞の維持に重要なサーファクタント蛋白質の遺伝子異常などが知られています。肺疾患の研究に必要な細胞を得るには、手術や気管支鏡検査など侵襲的な処置を要すること、細胞を得ても培養が困難で研究に十分な数を確保することが難しいこともあり、これまで患者さんの肺の細胞を使って間質性肺炎の病態研究を行うことは難しい状況がありました。

本研究グループは2014年にヒトiPS細胞から肺前駆細胞を単離して、三次元培養を行うことで肺胞上皮細胞を作成することに成功しました(文献1)。さらにiPS細胞から作成した肺胞上皮細胞は肺サーファクタントの構成成分であるサーファクタント蛋白質とサーファクタント脂質を産生しており、線維芽細胞とともに三次元で培養することにより長期に肺胞上皮細胞の性質が保たれることを示しました(文献2)。

ヘルマンスキー・パドラック症候群(HPS)は眼皮膚白皮症(目や皮膚の色素欠乏)と出血傾向(血が止まりにくい)を特徴とする稀な遺伝性疾患で、2型などいくつかのタイプでは間質性肺炎が起こることが知られています。本研究グループではヘルマンスキー・パドラック症候群2型(HPS2)の患者由来の細胞から作成したiPS細胞と、先に示したヒトiPS細胞から肺胞上皮細胞を作成する技術を合わせることにより遺伝性の間質性肺炎の病態解析ができないかと考えました。

研究手法・成果

今回の研究では遺伝性間質性肺炎を起こすHPS2の患者由来の細胞を用いて京都大学iPS細胞研究所 浅香勲教授の協力を得て作成したiPS細胞(疾患特異的iPS細胞)と、その遺伝子異常に対して同研究所 堀田秋津講師の協力を得てゲノム編集により修復した細胞(遺伝子修復iPS細胞)を作成しました。それぞれのiPS細胞から肺の細胞を作成して比較したところ、疾患特異的iPS細胞由来の肺胞上皮細胞内でラメラ体の分布に異常をきたすことが分かりました。この現象はHPS2患者の免疫細胞では、分泌小胞が分泌面に移動できない現象と類似しており、HPS2患者の肺胞上皮細胞においても分泌小胞の動きに異常を来たしていることを示唆するものです。また、疾患特異的iPS細胞由来の肺胞上皮細胞を電子顕微鏡にて確認すると、巨大に癒合したようなラメラ体が観察されました。これもHPS患者やHPSのモデルマウスでも報告されている現象と合致する結果でした。さらに、疾患特異的iPS細胞、遺伝子修復iPS細胞から作成した肺胞上皮細胞で肺サーファクタントの分泌を促す薬への反応を解析しました。FM1-43という脂質の分泌を見ることができる色素を用いて観察を行うと、遺伝子修復iPS細胞と比較して、疾患特異的iPS細胞から作成した細胞では分泌刺激薬に対する応答が減弱していることが分かりました。この結果と一致して、培養液中に分泌されたホスファチジルコリンという、肺サーファクタントの主成分である脂質を測定すると、やはり疾患特異的iPS細胞から作成した細胞ではその分泌が低下していることが明らかになりました。

肺サーファクタントは肺胞がつぶれないために分泌される非常に重要な物質であり、例えば出生直後に肺サーファクタントが十分に分泌されない場合には呼吸窮迫症候群(RDS)という重篤な呼吸障害が起こることが知られています。新生児期以外の肺サーファクタントの必要性については分かっていないことも多いのですが、今回の研究結果や先に述べたようにサーファクタント蛋白質の遺伝子変異によって間質性肺炎が引き起こされることが知られていることから、肺サーファクタントの異常がHPS2以外の間質性肺炎の発症に関係している可能性があると考えられます。

今回の研究で、動物モデルやHPS2患者の他種の細胞で報告されている現象が多く観察されたことから、ヒトiPS細胞から作成した肺胞上皮細胞が、従来入手が困難であった患者由来の細胞を用いた研究に有用であることが示唆されました。また、研究の過程では京都大学大学院医学研究科呼吸器外科学(伊達洋至教授)の協力を得て肺胞上皮細胞に発現するNaPi2bという蛋白質に対する抗体が、ヒトの成人肺やiPS細胞から作成した肺胞上皮細胞から、肺の幹細胞として重要な2型肺胞上皮細胞を選別するのに有用であることも見出すことができ、このことも今後の呼吸器研究に大きく役立つものと期待されます。

波及効果、今後の予定

iPS細胞は増殖能と分化能を持っているため、希少疾患の患者さんからiPS細胞を樹立すれば、研究目的でたくさんの肺胞上皮細胞を作成することが可能です。今回の研究により、ヒトiPS細胞由来の肺胞上皮細胞が遺伝性の呼吸器疾患の病態解明に利用できることが示されました。同様の方法が他の遺伝性間質性肺炎の研究にも応用可能と思われ、他施設の研究者とも協力しながら症例を集積し、iPS細胞の樹立と解析を進めています。将来は遺伝性の間質性肺炎の解析から得られた知見により、原因不明とされる特発性間質性肺炎の原因究明と治療薬の開発を目指して研究を進めていく予定です。

研究プロジェクトについて

本研究は京都大学大学院医学研究科呼吸器内科学、同呼吸器疾患創薬講座のほか、iPS細胞研究所臨床応用研究部門(堀田秋津講師)、同基盤技術研究部門(浅香勲教授)、京都大学大学院医学研究科呼吸器外科学(伊達洋至教授、陳豊史准教授)、同形態形成機構学(萩原正敏教授)の協力により行われました。また、本研究は日本医療研究開発機構再生医療実現拠点ネットワークプログラム、日本学術振興会科学研究費助成事業、公益財団法人武田科学振興財団および杏林製薬株式会社からの研究助成によって実施されました。

研究者のコメント

間質性肺炎は難治性・進行性の疾患で、患者さんには在宅酸素を使用中の方、肺移植登録中の方も多くいらっしゃいます。こうした患者さんの肺から細胞を採取して研究を行うことは難しく、iPS細胞から作成した肺胞上皮細胞はそうした倫理的問題を克服できる大きなツールだと感じています。研究を継続して、間質性肺炎をはじめとした難治性呼吸器疾患の病態解明・治療薬開発につなげたいと考えています。

参考文献
  1. Gotoh et al. (2014). Generation of alveolar epithelial spheroids via isolated progenitor cells from human pluripotent stem cells. Stem Cell Reports 3, 394-403.
  2. Yamamoto et al. (2017). Long-term expansion of alveolar stem cells derived from human iPS cells in organoids. Nat Methods 14, 1097-1106.
用語解説
※ ラメラ体(lamellar body):
2型肺胞上皮内に存在する特徴的な層状構造の細胞内小器官。内部に肺サーファクタントを貯蔵し、これを肺胞の中に放出させることで肺の虚脱が防がれている。
参考図表


図1 疾患特異的iPS細胞由来の肺胞上皮細胞におけるラメラ体の分布の異常(スケール = 10 μm)


図2 疾患特異的iPS細胞由来の肺胞上皮細胞におけるラメラ体の巨大化(スケール = 1 μm)

図3 疾患特異的iPS細胞由来の肺胞上皮細胞におけるラメラ体の分泌応答の低下(スケール = 10 μm)
細胞核(N)の周囲にラメラ体(赤)が分布し、疾患iPS細胞由来の肺胞上皮細胞では刺激後に分泌を反映する発光(緑)の増強が見られない。

論文タイトルと著者
タイトル:
In Vitro Disease Modeling of Hermansky-Pudlak Syndrome Type 2 Using Human Induced Pluripotent Stem Cell-Derived Alveolar Organoids(ヒトiPS細胞由来肺胞オルガノドを用いたヘルマンスキー・パドラック症候群2型の疾患モデリング)
著者:
Yohei Korogi, Shimpei Gotoh, Satoshi Ikeo, Yuki Yamamoto, Naoyuki Sone, Koji Tamai, Satoshi Konishi, Tadao Nagasaki, Hisako Matsumoto, Isao Ito, Toyofumi F. Chen-Yoshikawa, Hiroshi Date, Masatoshi Hagiwara, Isao Asaka, Akitsu Hotta, Michiaki Mishima, Toyohiro Hirai
掲載誌:
Stem Cell Reports
DOI:
10.1016/j.stemcr.2019.01.014
お問い合わせ先
本研究内容に関して

氏名(ふりがな):後藤 慎平(ごとう しんぺい)
所属・職位:京都大学大学院医学研究科 呼吸器内科学・呼吸器疾患創薬講座・特定准教授

AMED事業に関して

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
戦略推進部 再生医療研究課

スポンサーリンク
スポンサーリンク