冬眠ハムスターの白色脂肪組織に冬支度の秘密をみる

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肥満や生活習慣病予防へも新たな視座

2019-01-28  北海道大学,東京大学,基礎生物学研究所

北海道大学低温科学研究所の山口良文教授,東京大学大学院薬学系研究科大学院生(当時)の茶山由一氏,三浦正幸教授,自然科学研究機構基礎生物学研究所の重信秀治准教授,福山大学薬学部の田村豊教授らの研究グループは,餌を貯蔵しながら冬眠する哺乳類シリアンハムスターが,冬眠時,エネルギーを蓄える機能をもつ白色脂肪組織において,脂肪を合成する同化系と分解する異化系の両方を著しく増強させることを解明しました。
冬眠する哺乳類は,長い冬眠の間,体内に貯蔵した大量の脂肪を効率的に燃焼させてエネルギーを取り出すと考えられていますが,その仕組みは多くの点が不明です。本研究の成果は,この仕組みに迫ることで肥満症や生活習慣病の理解にも新たな視座を与えうるものです。
なお,本研究は科学技術振興機構さきがけ(JPMJPR12M9),日本学術振興会科学研究費補助金(JP16H05127,JP16K15114,JP18K19321,JP26110005),細胞科学研究財団,かなえ医薬振興財団, 武田科学振興財団,積水化学自然に学ぶものづくり研究助成,他の支援を受けて行われました。また,本研究成果は,英国時間2019年1月28日(月)午前10時公開のFrontiers in Physiology誌に掲載される予定です。
fig1.jpg【背景】
冬眠は,長い冬を低体温の状態で乗り切る現象です。外気温に体温が左右されるカエルなどの変温動物は,寒冷環境下では低体温の冬眠状態となります。これに対し哺乳類は体内で熱を作り出すことにより体温を37ºC付近に維持する恒温動物であり,私たちヒトをはじめとする多くの哺乳類は冬眠できません。これは,長時間の低体温状態は心停止や組織障害を引き起こすためです。しかし,一部の哺乳類は,変温動物と同じように低体温状態で冬眠できます。これらの動物の冬眠を可能とする仕組みについては,いまだ多くの点が不明です。
冬眠を可能とする仕組みの一例に,脂肪の有効活用があります。冬眠するツキノワグマ,ヒグマやジリスなどは,秋になると体内に脂肪を大量に蓄えたのち巣穴にこもり,冬の間はほぼ絶食状態で貯蔵脂肪を燃焼させて生き延びます。一方,同じく冬眠する小型のシマリスやハムスターは,体内に貯蔵した脂肪を活用しつつもその量には限りがあるため,巣穴に蓄えた大量の餌を食べて冬の間を生き延びます。しかし,脂肪をうまく蓄えさらに有効活用するために,冬眠前や冬眠期間に体がどう変化するのかについて,その詳細は不明でした。
【研究手法】
山口教授らの研究グループは,冬眠の仕組みを調べるうえで有用なモデル生物*1であるシリアンハムスターに着目し,研究を行っています。温暖長日という夏の条件で育てたシリアンハムスターを,寒冷短日という冬の条件に置くと,数ヶ月そこで過ごしたのちに冬眠を始めます。この数ヶ月という期間は,夏仕様の冬眠しない体から,冬の冬眠可能な体へ変換するために要する時間であると考えられます。
本研究では,空腹時や冬眠時のエネルギー源として重要な中性脂肪を多量に蓄える組織である白色脂肪組織が,冬の冬眠可能な体ではどのような性質を示すのかに着目しました。そもそも夏と冬で白色脂肪組織の状態がどのように異なるのか,また夏から冬への変換過程で白色脂肪組織がどのように変化するのかについて,組織学的手法,次世代シーケンサー*2を用いた網羅的遺伝子発現解析手法,器官培養法,薬理学的手法等を用いて解析しました。
【研究成果】
冬眠できる体の状態を調べるために,夏条件(温暖長日)で飼育された冬眠しない状態のシリアンハムスターと,冬条件(寒冷短日)に長期間置かれ冬眠する状態になったシリアンハムスターとの比較解析を行いました。研究グループの先行研究で,夏条件で育てた個体を冬条件に移すと,体重や基礎体温が減少することが明らかになっていました。本研究ではその際の組織変化の詳細を調べました。
まず,冬条件に移した個体では,皮下と腹腔内で白色脂肪組織重量の減少が見られました。これは寒冷ストレス等により代謝が進んだためと考えられます。しかし不思議なことに,冬条件で2ヶ月以上過ごした個体や,その後冬眠をはじめた個体では,体重あたりの白色脂肪組織の割合の増加が認められました。これは,白色脂肪を保存しようとする働きであると考えられます。そこでこの仕組みに迫るべく,次世代シーケンサー解析により,皮下白色脂肪組織で発現する遺伝子情報を網羅的に取得しました。
その結果,冬条件に長く置かれた個体では,夏の個体に比べ,中性脂肪を分解しエネルギーを取り出す異化反応に関わる酵素群の遺伝子発現量が増大することがわかりました。これは冬眠動物が貯蔵脂肪を用いて冬を乗り切ることから,予想された結果でした。意外なことに,冬条件の個体では,異化反応とは逆に中性脂肪や脂質の合成に関わる同化反応系の酵素群や,脂肪酸の不飽和化に関わる酵素群の遺伝子発現も増大していました。こうした,冬眠期における脂質同化系の亢進*3は,絶食状態で冬を乗り切るクマやジリスなどの冬眠動物では知られていない現象で,餌貯蔵型の冬眠動物ならではの性質といえます。不飽和化した脂肪酸は低温でも固まりにくくなるため,それ自身や細胞膜脂質の低温での流動性を高め,冬眠に備えた全身脂質組成の変化に必要と考えられます。さらにこれら脂質の異化系・同化系に関わる遺伝子群の同時発現亢進は,長期間の冬条件に置かれてから2ヶ月以降から生じることが時系列解析により判明しました。これは,先に観察した,白色脂肪の体重あたりの割合が増加する時期と一致します。つまりこの時点から,体が冬眠に先立ち,脂肪の効率的代謝系を発達させることが明らかとなりました。
また興味深いことに,こうした脂質の異化系・同化系の同時亢進は,冬眠終了*4とともに,冬眠前のレベルまで低下しました。これは,今回観察された脂質の異化系・同化系の同時亢進が,冬眠という現象と密接に関わることを意味しており,冬眠にとって重要な現象であると考えられます。
研究グループではさらに,これら脂質代謝の同時亢進がどのようなシグナル経路で制御されうるのかを,シリアンハムスターの白色脂肪組織の初代培養を用いて解析しました。その結果,肥満症や生活習慣病の治療標的でもある,PPARs(ペルオキシソーム増殖剤活性化受容体)と呼ばれる核内受容体を活性化させるシグナルが,冬眠期のシリアンハムスター生体内で生じることが示唆されました。
本研究ではこれ以外にも,長期間の冬条件に置かれたシリアンハムスターの白色脂肪組織の中には,ベージュ細胞と呼ばれる,褐色脂肪細胞に類似した細胞が少数ですが出現することも明らかにしました。褐色脂肪細胞は体のふるえを伴わずに熱を生み出す能力(非ふるえ熱産生能)を有することから冬眠に非常に重要な器官ですが,白色脂肪細胞内でのベージュ細胞の存在はこれまで冬眠動物では知られていません。褐色脂肪細胞やベージュ細胞は,熱産生能だけでなく他組織の代謝調節活性や内分泌組織としての役割も有することがマウスやヒトでの研究で近年明らかになりつつあり,冬眠動物におけるその機能の解明も今後の興味深い課題です。
【今後への期待】
冬眠の仕組みは,古くから人々の興味を惹きつけてきたにも関わらず,研究室での実験の難しさや冬眠動物での遺伝子機能解析の遅れなどにより,いまだその多くが謎のままです。本研究のように,近年進展の著しい遺伝子解析技術をシリアンハムスターなどの冬眠モデル生物の研究に適切に導入していくことで,夏の体と冬の体の違いをはじめ,長年の冬眠の謎に迫れると考えられます。
また本研究で明らかになった,冬眠動物の脂肪の効率的な貯蔵・燃焼の確立に関わる因子を今後明らかにすることで,肥満症や生活習慣病の理解に新しい視座を与え,その治療や予防に有効な手法も見いだせる可能性があります。
【用語解説】
*1 モデル生物 … 実験室での飼育や維持が比較的容易で,かつ遺伝学的背景が担保され分子生物学的解析手法などによりメカニズムの因果関係が検証できる生物のこと。多細胞生物ではマウス,ショウジョウバエ,シロイヌナズナ,ツメガエル,メダカなどが代表例。
*2 次世代シーケンサー … 遺伝子をコードするDNAやRNAの塩基配列を高速で大量に解読することができる機械のこと。
*3 亢進 … 機能が活発になること。
*4 冬眠終了 … 冬条件に置かれたシリアンハムスターの冬眠は,数ヶ月ののち,冬条件に置かれているにも関わらず自発的に終了する。
【論文情報】
論文名:Molecular basis of white adipose tissue remodeling that precedes and coincides with hibernation in the Syrian hamster, a food-storing hibernator(餌貯蔵型冬眠動物シリアンハムスターが示す,冬眠に先行しかつ一致する白色脂肪組織リモデリングの分子基盤)
著者名:茶山由一1,安藤理沙1,佐藤佑哉1,重信秀治2,姉川大輔1,藤本貴之1,泰井宙輝1,田村 豊3,三浦正幸1,山口良文41東京大学大学院薬学系研究科 遺伝学教室,2基礎生物学研究所,3福山大学薬学部,4北海道大学低温科学研究所 冬眠代謝生理発達分野)
雑誌名:Frontiers in Physiology(生理学の専門誌)
DOI: 10.3389/fphys.2018.01973
公表日:日本時間2019年1月28日(月)午後7時(英国時間2019年1月28日(月)午前10時)(オンライン公開)
【お問い合わせ先】
北海道大学低温科学研究所 教授 山口良文(やまぐちよしふみ)
【報道担当】
北海道大学総務企画部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)

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