世界最北の有人島で菌類の新種を発見

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2019-01-16   情報・システム研究機構 国立極地研究所

図1:(A) V. ellesmerensisの顕微鏡写真。(B) YM寒天培地で15℃、7日間培養した時のV. ellesmerensisのコロニー。(C) M. hoshinonisの顕微鏡写真。(D) YM寒天培地で15℃、7日間培養した時のM. hoshinonisのコロニー。

国立極地研究所(所長:中村卓司)の辻雅晴特任研究員を中心とする研究グループは、世界最北の有人島として知られるカナダのエルズミア島における、氷河後退域での菌類の多様性調査の過程で、新種の菌類2種(図1)を発見し、それぞれVishniacozyma ellesmerensis(ヴィシュニアコザイマ・エルズミアエンシス)、Mrakia hoshinonis(ムラキア・ホシノニス)と名付けました。

この2種は氷点下でも成長が可能であることに加え、生育にアミノ酸やビタミンを必要としないことから、氷河後退域のような低温で栄養素が限られた環境での生育に適応した種であることが示唆されました。研究グループによるエルズミア島からの菌類の新種報告は昨年に続き2年連続となります。

この成果は国際的な微生物分類の専門誌International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiologyオンライン版に掲載されました。今後、発見された菌類の特徴を活かした微生物資源としての活用が期待されます。

研究の背景

カナダのエルズミア島は北緯83度に位置する世界最北の有人島として知られています。この島の北東部にある通称Walker氷河(図2)は、1959年〜2013年までの54年間に平均1.3m/年の速度で末端が後退して地面の露出が進んでいました。しかし、研究グループの調査の結果、2013年〜2016年にはその速さが3.3m/年となり、2.5倍に達していたことから、高緯度北極でも大きな環境変動が起きていることが示唆されました。氷河が後退して露出した裸地(後退域)は菌類の新たな生息場所となります。これらの場所に生息している菌類は土壌の形成や有機物の分解に重要な役割を果たしていることから、菌類相(注1)の変化は極地における生物群集の遷移(注2)や物質循環に大きな影響を及ぼします。

本研究グループではこれまでに、エルズミア島の氷山で菌類の調査を行い、昨年、2種の新種を報告しています。しかし、これまでのところ、Walker氷河後退域では、菌類の調査が行われていませんでした。

図2:(左):Walker氷河の位置。 (右):Walker氷河。2016年7月、田邊優貴子撮影。

研究の内容

2016年7月、研究グループの田邊優貴子助教(極地研)、W.F. Vincent教授(Universite Laval、カナダ)らは、Walker氷河における微生物調査のため、氷河の末端付近から後退域にかけての9地点で土壌試料を採取しました。これらの試料を日本に持ち帰り、極地研の辻特任研究員らが分析したところ、合計で325株の菌類が分離されました。さらに分離された菌類に対してリボソームDNAの塩基配列を用いた系統解析(注3)を行った結果、新種の担子菌酵母(注4)2種を発見しました。研究グループによるエルズミア島からの菌類の新種報告は昨年に続き2年連続となります。発見した新種はそれぞれ、エルズミア島にちなんでVishniacozyma ellesmerensis、第48次南極地域観測隊における調査などで極地の菌類研究の発展に貢献してきた星野保博士(産業技術総合研究所)にちなんでMrakia hoshinonisと名付けられました。

これらの新種について、詳しい生育の特徴を調べた結果、両種ともマイナス3℃という氷点下でも成長が可能であることが分かりました。また、生育にアミノ酸やビタミンを必要としないことも明らかとなりました。これらのことから、今回新たに発見した2種は氷河後退域のような低温かつ栄養素の限られた環境に適応した種であると考えられます。

今後の展望

今後は、Walker氷河後退域における菌類相の変化について解析を進める予定です。また、極地に生息している菌類の中には、低温で活性の高い酵素を持っているなど、極限環境を生き抜くための優れた特徴を有するものがあり、微生物資源としても注目されています。今回、発見した新種の菌類は低温でも脂質分解酵素やタンパク質分解酵素などの菌体外酵素を分泌します。これらの特徴が産業利用できる可能性についても検討する予定です。

注1 菌類相
ある特定の環境で生育する一群の菌類の構成。

注2 遷移
生物群集の移り変わりのこと。

注3
真核生物のリボソームDNAの中でも18S、5.8S、26Sの各リボソームRNAをコードする遺伝子の間に存在するITS領域の塩基配列を用いて系統解析した。この方法は、菌類の分類や同定に広く利用されている。

注4
菌類は大きく分けて子のう菌類(いわゆるカビ)と担子菌類(いわゆるキノコ)に分けられる。この担子菌類のうち、生活環の一部を単細胞で過ごす菌類のことを担子菌酵母という。

発表論文

論文1
掲載誌: International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology
タイトル:Vishniacozyma ellesmerensis sp. nov., a new psychrophilic yeast isolated from a retreating glacier in the Canadian High Arctic
著者: 辻雅晴(国立極地研究所 生物圏研究グループ 特任研究員)
田邊優貴子(国立極地研究所 生物圏研究グループ助教)
Warwick F. Vincent (Universite Laval、カナダ)
内田雅己(国立極地研究所 国際北極環境研究センター准教授)
DOI: 10.1099/ijsem.0.003206
URL: https://ijs.microbiologyresearch.org/content/journal/ijsem/10.1099/ijsem.0.003206/
公開日: 2019年1月3日

論文2
掲載誌: International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology
タイトル:Mrakia hoshinonis sp. nov., a novel psychrophilic yeast isolated from a retreating glacier on Ellesmere Island in the Canadian High Arctic
著者: 辻雅晴(国立極地研究所 生物圏研究グループ 特任研究員)
田邊優貴子(国立極地研究所 生物圏研究グループ助教)
Warwick F. Vincent (Universite Laval、カナダ)
内田雅己(国立極地研究所 国際北極環境研究センター准教授)
DOI: 10.1099/ijsem.0.003216
URL: https://ijs.microbiologyresearch.org/content/journal/ijsem/10.1099/ijsem.0.003216/
公開日: 2019年1月3日

研究サポート

本研究は北極域研究推進プロジェクト(ArCS)、JSPS科研費(若手研究(A)16H06211(辻)、若手研究(A)16H05885(田邊)、発酵研究所 若手研究者助成(Y-2018–004)および極地研プロジェクト(KP-309)の助成を受けて実施されました。

お問い合わせ

研究内容について
国立極地研究所 生物圏研究グループ 特任研究員 辻雅晴

報道について
国立極地研究所 広報室

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