マテリアルズインフォマティクスを活用してナノシート材料の高効率合成が初めて可能に

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実験科学者の経験や勘とデータ科学手法(人工知能)の協働

2019/01/10  科学技術振興機構,慶應義塾大学,東京大学

ポイント
  • グラフェンがノーベル物理学賞の対象となって以来、近年、環境・エネルギー分野などへの応用により特性向上が見込まれ、注目を集めている薄くて広い2次元ナノ材料(ナノシート)は、層状構造をはがす(=こわす)プロセスによって合成されており、どのように高効率(高収率)に合成するか、大きさおよび厚さの制御を実現するか、がブラックボックスであった。
  • マテリアルズインフォマティクス(MI)を活用し、収率と実験条件の相関関係の学習を行うことにより、試行錯誤に頼ることなく従来のおよそ5倍~10倍の量(高収率)でナノシートを得ることが初めて可能となった。
  • 本手法・成果は、本実験で用いた酸化チタンナノシートのみならずさまざまな化合物のナノシート材料の作製に適用可能であり、電池、触媒、センサーなどの多様な応用での研究開発を加速すると同時に、実験科学者もMIを積極的に活用することで実験をより高効率に進められることを示した。

JST 戦略的創造研究推進事業において、慶應義塾大学 理工学部の緒明 佑哉 准教授、中田 弦徳 大学院生(当時)らの研究グループは、JSTの五十嵐 康彦 さきがけ研究者(東京大学 大学院新領域創成科学研究科 客員共同研究員)らと共同で、層状構造をはがしてナノシート注1)を合成するプロセスを、マテリアルズインフォマティクス(MI)注2)により高収率化する手法を確立しました。

グラフェンに代表されるナノメートルスケールの厚さを持つ2次元ナノ材料(ナノシート)は、層状に積層した構造をバラバラにはがす(はく離する)ことで合成されてきました。ナノシート材料は、多くの表面を露出していること、柔軟であること、形状に特有な性質を示す可能性など、さまざまな応用展開が期待され、近年注目されています。

しかし、このナノシートを作るための「はがす」プロセスは、層状物質を「こわす」ことでもあり、量産のための収率向上、特性にも関連したサイズや表面の状態の制御を行うことは容易ではありませんでした。

本研究グループは、無機層状物質の層の間(層間)にあらかじめ有機分子を導入した層状の有機無機複合体を作製し、これをさまざまな有機溶剤へ投入することで、層間の分子と有機溶剤の親和性によって層状物質をバラバラにしてナノシートが得られないかを検討してきました。

本研究では、層状構造を持つ酸化チタンに対し、層間有機分子と有機溶剤の組み合わせを約100通りに変化させた実験を行い、ナノシートの収率を決定付けている要因をデータ科学的手法の1つであるスパースモデリング注3)により抽出しました。この学習結果に基づき、層間有機分子と有機溶剤の81通りの未知な組み合わせで、高収率にナノシートが得られる11通りの組み合わせを予測しました。この11条件で合成した結果、4条件では10%を超えるさらに高い収率となりました。ナノシートを高収率で合成する組み合わせを最少の実験数で得る手法を、世界で初めて実証したといえます。

本研究で確立した酸化チタンナノシートの収率向上の手法は、さまざまなナノシート材料の構造制御や応用を加速させる上で重要となります。また本成果は、実験科学者も従来からの「自らの経験と勘」および「自らのデータ」に加え、MIを活用することによって、新しい物質・機能の設計や探索を加速させることができることを示しています。

本研究成果は、2019年1月10日(ドイツ時間)に国際科学誌「Advanced Theory and Simulations」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 さきがけ

研究領域:「理論・実験・計算科学とデータ科学が連携・融合した先進的マテリアルズインフォマティクスのための基盤技術の構築」
(研究総括:常行 真司 東京大学 大学院理学系研究科 教授)

研究課題名:はく離挙動を制御する指針の確立によるナノシート材料の機能設計

研究者:緒明 佑哉(慶應義塾大学 理工学部 准教授)

研究実施場所:慶應義塾大学 理工学部

研究期間:平成28年10月~平成32年3月

本研究領域では、実験科学、理論科学、計算科学、データ科学の連携・融合によって、それぞれの手法の強みを生かしつつ相互に得られた知見を活用しながら新物質・材料設計に挑む先進的マテリアルズインフォマティクスの基盤構築と、それを牽引する将来の世界レベルの若手研究リーダーの輩出を目指します。

<研究の背景と経緯>

グラフェンがノーベル物理学賞の対象となって以来、ナノメートルスケールの厚さを持つ薄い材料であるナノシートが世界的に研究されています。ナノシートは比表面積注4)が高く柔軟で、形状によってさまざまな特性や機能の発現が期待され、近年、有機高分子、無機化合物など、さまざまな物質でナノシート材料が作製されてきました。

ナノシート材料の合成は、一般に、母体となる層状構造をバラバラにはがす「はく離」のプロセスによって作製されます。しかし、この層状構造をこわしていくプロセスを制御することは容易ではないため、収率の向上、広さや厚さを制御することが課題となっています。特に、酸化チタンなど層状構造を有する金属酸化物では、はく離手法が限定的であり、ナノシートの優れた特性が期待されながらもなかなか実用に近づいていませんでした。その現状に対し、本研究者らは、マテリアルズインフォマティクス(MI)の活用によってブレークスルーをもたらしました。

MIは、これまでにも理論科学者、計算科学者、データ科学者を中心に活用され、データ駆動型の材料開発が近年急速に進んでいます。実験科学者は、主に自らの経験と勘を頼りに研究を進め、優れた物質の合成、構造の制御、特性の向上を実現してきました。実験科学者も、経験や勘とMIの相乗効果(協働)により、自らの持つ比較的小規模なデータセットからであっても、ブラックボックスとなっているプロセスや現象を解明し、より効率的な研究が可能になると期待できます。

<研究の内容>

本研究者らは、無機層状化合物の層間に有機分子を導入した層状有機無機複合体を合成し、これを層間有機分子と親和性の高い有機溶剤中に分散させることで、ナノシートを合成する手法を開発していました。これまでも、層間に導入する有機分子と分散させる有機溶剤の相互作用が重要であることは経験的に把握していたものの、実際にナノシートの構造制御はできていませんでした。

今回、層状構造を有する酸化チタンをモデル物質として、層間有機分子と有機溶剤の約100通りの組み合わせでナノシートを合成し収率を測定しました。この測定データに加え、この挙動を支配していると考えられる因子とともに学習データセットを作成しました。データ科学的手法の1つであるスパースモデリングを活用することで、収率と強く相関していると考えられる少数の要因(記述子)を抽出しました。以上の結果より、層間有機分子と有機溶剤の未知なる組み合わせをテストとして準備し、実験を行う前に高収率にナノシートが得られる条件を予測しました。

実際に、予測した条件で合成すると、高収率にナノシートを得ることができました。これまで、酸化チタンなどの遷移金属酸化物ナノシートは、反応時間5~10日で10%前後の収率でしたが、本実験では、5日で50%前後に収率を向上できました。

層状物質のはく離は、層状構造をこわすプロセスでもあり、これを制御することは容易ではないと考えられてきました。しかし、本研究者が開拓してきたナノシートの作製手法に対し、研究者の経験や勘に加え、データ科学的手法(人工知能)を組み込んだMIを活用することで、ブラックボックスであったプロセスが制御可能となることが分かりました(図)。

<今後の展開>

本研究で確立したMIを活用した手法は、ナノシートのサイズなどの他の構造制御や、他のさまざまな層状化合物にも適用可能であり、ナノシート材料の応用研究の加速が期待されます。さらに本成果は、これまでデータ科学的手法に馴染みが薄かった実験科学者も、「自らの経験と勘」や「自らのデータ」だけではなく、スパースモデリングを始めとするデータ科学的手法やMIとの相乗効果によって、物質探索や機能開拓の加速が可能であることを示しています。

<参考図>

図1

図 MIの活用によるナノシート合成の高効率化

マテリアルズインフォマティクス(MI)を活用したことで、ナノシートの合成におけるブラックボックスを解明し、高収率な合成手法の探索を省力化した。

<用語解説>
注1)ナノシート
厚さが原子1個分から100nm程度と薄いシート状の材料で、2次元ナノ材料とも呼ばれる。グラフェン、硫化モリブデン、金属酸化物、粘土鉱物、錯体などが多く研究されている。
注2)マテリアルズインフォマティクス(MI)
コンピューターによる情報科学の手法を材料科学に取り入れた学問分野。さまざまな材料を組み合わせて繰り返し実験を行う従来の手法に比べ、新規材料や代替材料の探索などを効率よく行うことが可能となる。材料情報科学とも呼ぶ。
注3)スパースモデリング
現象を説明する要因は少数(スパース)であるという仮定に基づき、適切な規範に従ってデータに含まれる主要因を抽出する方法。少ない情報から全体像をつかむことができ、MRI画像の鮮明化など多くの分野で利用されている。本研究で対象としたナノシート合成では、ナノシート合成の収率を説明するのに重要な要因は少数(スパース)であるという仮定に基づいて適用することで、収率を予測するための重要な要因を抽出した。
注4)比表面積
ある物体について単位質量あたり、または単位体積あたりの表面積のこと。界面化学やコロイド化学、触媒化学などで指標として使われる。ナノシートは比表面積が高い材料である。
<論文情報>

タイトル:“Materials-Informatics-Assisted High-Yield Synthesis of 2D Nanomaterials through Exfoliation”
(マテリアルズインフォマティクスを活用したはく離による高効率な2次元ナノ材料の合成)

DOI:10.1002/adts.201800180

<お問い合わせ先>
<研究に関すること>

緒明 佑哉(オアキ ユウヤ)
慶應義塾大学 理工学部 応用化学科 准教授

五十嵐 康彦(イガラシ ヤスヒコ)
科学技術振興機構 さきがけ研究者
東京大学 大学院新領域創成科学研究科 客員共同研究員

<JST事業に関すること>

松尾 浩司(マツオ コウジ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ICTグループ

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課

慶應義塾 広報室

東京大学 大学院新領域創成科学研究科 広報室

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