ホタルのゲノム解読に成功

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ホタルの光の遺伝子の進化が明らかに

2018/10/16  基礎生物学研究所,中部大学,米国マサチューセッツ工科大学

基礎生物学研究所の重信秀治特任准教授と中部大学の大場裕一准教授、別所学博士らの研究グループは「ヘイケボタル」のゲノムの解読に成功しました。また米国マサチューセッツ工科大学(MIT)と共同で、米国産ホタル「フォティヌス・ピラリス」のゲノムも解読しました。両者のゲノムを比較することにより、ホタルの仲間がどのように光る能力を手に入れたのか、その歴史の詳細が初めて明らかになりました。ホタルの発光は、ルシフェラーゼと呼ばれる酵素とルシフェリンと呼ばれる基質が反応することによって光を発生することが知られています。今回の研究により、進化の過程でホタルがどのようにして発光に必要なルシフェラーゼ遺伝子を獲得したのかが判明しました。
光らない生物でも普遍的に持っている、アシルCoA合成酵素と呼ばれる脂肪酸代謝酵素の遺伝子が進化の過程で何度も重複を起こして複数のコピーが存在するようになり、そのひとつが発光活性を持つルシフェラーゼに進化したことがわかりました。さらに、ルシフェラーゼはもう1度遺伝子重複を起こし、ひとつはホタルの成虫の発光器官で、他方は卵と蛹で発光するように進化したこと、そしてこれらのイベントが1億年以上前に起こったことがわかりました。また、研究グループは、ホタルと近縁な発光昆虫ヒカリコメツキのゲノムも解読し、この昆虫のルシフェラーゼもアシルCoA合成酵素を起源としているものの、ホタルとは独立に発光の能力を獲得したことも明らかにしました。近年、環境保全の観点からもホタルは注目されていますが、今回明らかにしたホタルのゲノム情報はその基盤情報としても重要です。本成果は,eLife誌に2018年10月16日付で掲載されました。
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図1:ヘイケボタルの成虫。今回のゲノム解読の試料に使ったIkeya-Y90系統。

【研究の背景】
初夏の夕闇に幻想的な光を放ちながら舞うホタルは、古来より日本人にとって馴染みの深い昆虫です。ホタルの光は科学者をも魅了してきました。ホタルは発光生物学のモデル生物として、その発光のメカニズムや、発光による個体間コミュニケーション(成虫ホタルの発光は求愛行動、卵や幼虫期の発光は警告に利用されていると理解されている)などの研究が世界の研究室で行われてきました。現在では、ホタルの発光は、ルシフェリンを基質としたルシフェラーゼ酵素による、酸素とATPを使った触媒反応により生み出されることが分かっており、この仕組みを使った発光技術はバイオテクノロジーの世界においても広く活用されています。しかし、ホタルがいつどのように「発光」という新規機能を獲得し進化してきたのか、その過程と遺伝基盤は不明でした。今回、日米の共同チームは2種のホタル(ヘイケボタル[用語解説1]とフォティヌス・ピラリス)と、その近縁種のヒカリコメツキ[用語解説2]のゲノムを解読し比較することにより、発光の進化を紐解くことに成功しました。
【研究の成果】
基礎生物学研究所の重信秀治准教授と中部大学の大場裕一准教授、別所学博士の研究グループは、ヘイケボタル(学名:Aquatica lateralis)(図1) のゲノムの解読に成功しました。また米国マサチューセッツ工科大学 (MIT) の Timothy R. Fallon氏や Jing-Ke Weng 准教授らのチームは、北米産ホタル、フォティヌス・ピラリス(学名: Photinus pyralis) のゲノムを解読しました。ヘイケボタルのゲノムは9億塩基対、フォティヌスのゲノムは4億7千万塩基対のDNAから構成されており、その中にそれぞれ約1万5千個の遺伝子を同定しました。
ヘイケボタルとフォティヌス・ピラリスはともに甲虫の仲間でホタル科に属しますが、分岐年代は約1億5百万年前と推定されています(図2)。日米の共同チームは日米のホタルゲノムを比較することにより、ホタルの発光の進化過程の理解を目指しました。ホタルの発光は、ルシフェラーゼと呼ばれる酵素がルシフェリンを基質として、酸素とATPを使って光を発生することがすでに明らかになっていますが、今回のゲノム解析によりルシフェラーゼ遺伝子がどのように生まれ、どのように変化を遂げてきたか、その過程が明らかになりました。ルシフェラーゼ遺伝子の起源は、光らない生物でも普遍的に持っているアシルCoA合成酵素と呼ばれる脂肪酸代謝酵素の遺伝子であること、この遺伝子が何度も重複を繰り返しそのひとつが発光活性を持つルシフェラーゼに進化したことが明らかになりました(図3、図4)。遺伝子重複[用語解説3]を繰り返した形跡が、ヘイケボタルとフォティヌスの両方のゲノムに共通に残っていました。さらに、ルシフェラーゼはもう1度遺伝子重複を起こし、ひとつはホタルの成虫の発光器官で、他方は卵と蛹で発光するように進化しました。この特徴もヘイケボタルとフォティヌスの両方に共通にみられることから、これら脂肪酸代謝酵素遺伝子の高度な重複とルシフェラーゼ酵素遺伝子の1回の重複のイベントは、ヘイケボタルとフォティヌスの共通祖先で1億5百万年以上前に起こったと解釈することができます。また研究チームは、プエルトリコ産ヒカリコメツキの一種(学名:Ignelater luminosus)のゲノムも解読しました。ヒカリコメツキはホタル科に近いコメツキムシ科に属し、ホタルとは1億1500万年前に分岐したと推定されていますが(図2)、発光の進化がホタルとヒカリコメツキの共通祖先で一度起きたのか、それとも独立に進化したのか、専門家の間でも長い間論争になっていました。ホタルとヒカリコメツキのゲノムを比較した結果、ヒカリコメツキのルシフェラーゼも高度に重複したアシルCoA合成酵素を起源としているものの、ホタルとは独立に発光の能力を獲得したことが明らかになりました(図4)。このように、ホタルやヒカリコメツキのルシフェラーゼの発光進化においては、遺伝子の重複が鍵だったと言えます。

fig2.jpg図2:今回の研究で解析したホタル2種とヒカリコメツキの系統関係。
mya = 百万年前。矢頭は発光器を示す。

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図3:ホタルにおけるルシフェラーゼ遺伝子の進化の模式図

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図4:ホタルおよびヒカリコメツキのルシフェラーゼ相同遺伝子の系統樹。Alat: ヘイケボタル、Ppyr: フォティヌス・ピラリス、Ilum: ヒカリコメツキ、Tcas: コクヌストモドキ、Dmel: キイロショウジョウバエ。ACS: 脂肪酸アシルCoA合成酵素。PACS: ペルオキシソーム型脂肪酸アシルCoA合成酵素。

ホタルのゲノム情報は、ルシフェラーゼ遺伝子以外にも発光の進化について多くの重要な知見を与えてくれました。例えば、ルシフェラーゼの基質であるルシフェリンはその化学構造は明らかになっているものの、ルシフェリンがどのような代謝経路を経て合成されるかはまだ分かっていません。研究グループは、RNA-seq [用語解説4]という技術を使って、発光器の遺伝子発現解析を行い、発光器で高い発現を示す遺伝子を網羅的に探索し、ルシフェリン合成や保存、再生に関わる遺伝子や、その他にも発光機能を支える遺伝子の候補を多数見いだすことができました。また、発光の過程に共生細菌が関与している可能性についても指摘しました。
【今後の展望】
今回のゲノム解析から、ルシフェラーゼ遺伝子の遺伝子の進化については極めて詳細な進化過程を明らかにすることができましたが、ホタル発光はルシフェラーゼ遺伝子のみで実現できるものではありません。発光を支える他の遺伝子群の解析は今後の課題となりますが、今回解読したゲノム情報やRNA-seqデータがその重要な基盤となり、これらの遺伝子の解析が加速度的に進むことが期待されます。
ホタルの発光の仕組みを使った発光技術は、化学発光検出システムとして、遺伝子発現のモニタリングなど、バイオや医療の世界で広く活用されています。私たちが解読したゲノム情報は、化学発光検出システムの改良のために役立ちます。
近年、環境保全の観点からもホタルは注目されています。ホタルの地域多型や生態系を遺伝的にモニタリングするための参照データとして、今回解読したゲノム配列は重要な基盤情報の役割を果たすと考えられます。
【発表雑誌】
雑誌名 eLife
掲載日  2018年10月16日掲載
論文タイトル:Firefly genomes illuminate parallel origins of bioluminescence in beetles
著者:Timothy R. Fallon, Sarah E. Lower, Ching-Ho Chang, Manabu Bessho-Uehara, Gavin J. Martin, Megan Behringer, Humberto J. Debat, Isaac Wong, John C. Day, Christian J. Silva, Kathrin F. Stanger-Hall, David W. Hall, Robert J. Schmitz, David R. Nelson, Sara M. Lewis, Shuji Shigenobu, Seth M. Bybee, Amanda M. Larracuente, Yuichi Oba, Jing-Ke Weng
DOI: 10.7554/eLife.36495
【研究グループ】
本研究は、基礎生物学研究所の重信秀治准教授、中部大学の大場裕一准教授、別所学博士(現所属:米国モントレー湾水族館研究所)の日本の研究グループと、マサチューセッツ工科大学 (MIT) の Timothy R. Fallon氏や Jing-Ke Weng 准教授ら米国の研究グループを中心とした国際的な共同研究チームの成果です。
【研究サポート】
ヘイケボタルのゲノム解読は、基礎生物学研究所のモデル生物・技術開発共同利用研究の課題として実施されました。ヘイケボタルのゲノムは、重信秀治特任准教授ほか山口勝司技術職員らのチームにより基礎生物学研究所生物機能解析センターの次世代シーケンサーを用いてシーケンスされました。
【用語解説】
1. ヘイケボタル:ゲンジボタルと並んで日本を代表するホタル。北海道から九州まで広く分布し、幼虫は水田などの水の中で生活する日本の里山環境によく適応した生態を持っている。近年、開発や里山環境の変化によりその数が減少しつつある。今回のゲノム解析に用いたヘイケボタルは、桐蔭学園高校の生物教諭、池谷治義氏から提供を受けた。このヘイケボタルは、池谷氏が1990年に横浜市で採取した個体を30世代以上も近親交配を重ねて確立されたほぼ純系の系統。今回、Ikeya-Y90系統と名付けられ、現在、桐蔭学園高校、基礎生物学研究所、中部大学の3ヶ所で維持されている。さらに、今年からはMITにも分与され、アメリカでも系統維持がはじまった。
2. ヒカリコメツキ:コメツキムシ科の昆虫には発光する種類がいくつか知られており、一般にヒカリコメツキと呼ばれる。分布は、中米から南米およびメラネシアの一部の島。ホタルとは異なり前胸背側と腹部に発光器がある。
3. 遺伝子重複と生物進化:生物進化において、遺伝子の重複が重要な役割を果たしていると考えられている。大野乾博士の著書「Evolution by gene duplication」は特に有名。重複した遺伝子の一方は機能的制約から解放され、突然変異が蓄積する。多くの場合、突然変異が蓄積した遺伝子は、機能が失われ偽遺伝子化し消失するが、新たな機能を獲得したり(neofunctionalization)、機能が特化したり(subfunctionalization)することがある。今回のホタルルシフェラーゼの例では、重複したアシルCoA合成酵素から発光という新規機能を獲得したのがneofunctionalization、ルシフェラーゼが2つに重複して、一つは成虫発光器もう一つは卵・蛹で発光するように機能が特化した過程がsubfunctionalizationに相当する。
4. RNA-seq:次世代DNAシーケンシング技術を用いた、網羅的遺伝子発現解析の手法。
【本研究に関するお問い合わせ先】
<研究に関すること>
基礎生物学研究所 生物機能解析センター
特任准教授 重信 秀治(しげのぶ しゅうじ)
中部大学 応用生物学部
准教授 大場 裕一(おおば ゆういち)

【報道担当】
基礎生物学研究所 広報室
中部大学 学園広報センター

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