ゆらめくオーロラをどう記録する?

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オーロラは語りかける。01

(聞き手:池谷瑠絵 写真:飯島雄二 公開日:2018/08/10)
大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構

天空を舞台に繰り広げられる、とてつもなく大きな自然現象──オーロラ。地球に生きる人類は、昔から、捉えどころのないその姿に目を見張り、時に記録してきた。現代における宇宙物理学のさまざまな研究対象のなかでも、オーロラは極めて複雑な現象だという。ノルウェーの科学者、カール・ステルマーが4万枚を越える写真から三角測量によって、初めてオーロラの高さを明らかにしたのが、およそ100年前。しかし今世紀までオーロラを立体的に見ることは、意外にも、人間の目には不可能と考えられていたという。日々進化するICT技術とビッグデータを駆使して挑む人類に、オーロラは今、何を語りつつあるのだろうか?──これから6回にわたり、オーロラ解明への道を、科学者とともに辿ってみよう。

答える人:片岡龍峰 准教授(国立極地研究所)

かたおか・りゅうほう。国立極地研究所 准教授。2004年、東北大学大学院理学研究科博士課程修了、博士(理学)。専門は宇宙空間物理学。地球と宇宙をつなぐ大スケールな現象であるオーロラの解明や、宇宙天気予報の研究で知られる。2015年、文部科学大臣表彰 若手科学者賞受賞。著書に『オーロラ!(2015年)』『宇宙災害(2016年)』他。2018年、NHKカルチャーラジオ科学と人間『太陽フレアと宇宙災害』講師を務める。


緑のオーロラは、地球に酸素がある証拠

私たちはふだん気にせずに暮らしているが、太陽光以外にも、宇宙からは電磁波や宇宙線と呼ばれるエネルギーの高い粒子などが昼夜を問わず降り込んでいる。このような地球の外にある宇宙という環境を考慮することなく、オーロラを理解することはできない。特にオーロラは、太陽活動と密接な関係がある。「太陽から吹き出す超高温で電離した粒子が、地球を取り巻く地磁気のバリアに遮られると大きな電流が生じます。オーロラは、この電流を担って宇宙から降り注いでくる猛スピードの電子を大気が受け止め、人間の目にも見えるほど明るく大気が発光する現象」と片岡龍峰准教授は解説する。太陽から吹き出す超高温で電離した粒子(プラズマ)を太陽風といい、これと地磁気、大気の3つが揃ってはじめてオーロラが生み出されるのだ。

このためオーロラは他の惑星にも見られ、たとえば木星や土星ではピンク色のオーロラが光る。「オーロラの色は基本的に大気の組成で決まるため、色によって大気の成分がわかります。地球では鉛直上空およそ100キロでは緑っぽい色、200キロでは赤色、90キロではピンク色になります」。象徴的なのは、緑のカーテンのような典型的オーロラが光るのは上空100キロであり、そこに多く含まれるのは、生命に欠かせない酸素だということだ。酸素原子が放つ緑のオーロラを見られるのは地球だけ……「オーロラを知ることは宇宙と地球、そして生命のつながりを知ることでもあるんです」と、片岡准教授は言う。

またオーロラは、基本的にオーロラオーバルと呼ばれる北極・南極域にリング状に生起する。太陽風によって磁気圏で生じた大量の電流が、地球の周りにある磁力線に沿って、2つの極へ向かって進入してくるためだ。しかし上空100キロもの宇宙空間で起こるオーロラはあまりに遠く、地上にいる私たちは左右の視差を使って立体視することができない。実は2010年、オーロラの3D映像の生成に成功し、同時に距離の計測方法も開発したのは片岡准教授だった。「身近で新しい技術をうまく使って、見えなかったオーロラの姿を観測していきたいという考えは、今も同じ」という。

カーテン状にゆらめく緑のオーロラ。地球で見られる典型的なオーロラだ。国立極地研究所南極・北極科学館のオーロラシアターにて(観測地:昭和基地)。

なぜオーロラは複雑なのか?

最近は、日進月歩に進化する高感度カメラを使って、アラスカの夜空の観測記録に取り組む。「人間の目で追える変化には限界があります。人間の限界よりも高感度かつ高速に、連続的に撮影し、1年で約500テラバイトぐらいのデータを取得しています。このデータで、オーロラを見直したら、どんな世界が見えてくるか?」と、期待をかける。というのも「オーロラは、ものすごく複雑なんです」と片岡准教授は言う。「流体的、電磁気的、そして量子的に説明される現象であり、オーロラの電子は大気と宇宙を接続する電流を担ってしまう。しかもそれらが互いに1,000倍から100万倍ぐらいのエネルギーギャップがあって、何段階ものエネルギーの変換が起こっています」。

20年ぐらい前までは研究も、オーロラ、放射線、宇宙線などの専門分野ごとに分かれて行われていた。しかし、基本的な物理は共通しており、もっとも複雑な現象がオーロラなのだという。「たとえばプラズマの流体力学と電磁気学は、それぞれが対象とする現象をよく説明できるまで発達しているのだけれども、では、それらのつなぎ目のような部分はどうなっているのか? つまり、ゆっくりした目に見える変化は、流体的なものでだいたい説明できるんです。一方、見えないものは電磁気的な解釈でほぼ説明できる。オーロラをすごく速く撮ることで、まさに見える・見えないのつなぎ目が可視化でき、それがプラズマの物理とオーロラ解明の鍵のひとつになるのでは」と狙いを定める。

日本に出た、赤いオーロラの話

ところでオーロラは日本にも、さらには世界じゅうにも出る可能性があるという。これは巨大磁気嵐と呼ばれる現象で、地球全体を覆う地磁気の力が弱くなり、通常では降りこまない低緯度まで電流が流れ込み、あちこちに赤いオーロラを光らせる。「赤いオーロラは、現代的な問題なんですよ。非常に強い放射線も伴うので人工衛星を故障させたり、異常な誘導電流によって変電所を破壊し世界規模の停電を引き起こしたりします。また地球の地磁気の軸は揺れ動いており、たとえば2018年現在ではアメリカのほうに傾いているので、もしも磁気嵐が起きればアメリカのほうに赤いオーロラが出やすいということになります」。太陽の活動が活発になりコロナ質量放出と呼ばれる爆発を始めると、1週間ぐらいは連続して爆発し続け、現代社会にとって危険な太陽風が吹き荒れる「最悪の宇宙環境になる」という。

2017年、片岡准教授は、勅撰集の撰者でもある歌道の宗匠、藤原定家(1162-1241)が56年にわたって克明に記した『明月記』や江戸時代の古典籍から、赤いオーロラを見出す研究成果を相次いで発表した。これが実は、巨大磁気嵐が過去にどういうタイミングで起きており、最大でどの程度の規模だったのかを明らかにする研究なのである。「滅多に起こらないイベントなので、だからこそその稀少な例を古典籍に頼る価値があるんです」。きっかけは、片岡准教授が代表を務めた国立極地研究所、国文学研究資料館、総合研究大学院大学(総研大)連携による学際研究「オーロラ4Dプロジェクト(2015〜2017年)」だ。これらの大学共同利用機関が集まる立川キャンパスという、いわば地の利を活かして文理の専門家が集まり、豊富な史料を多角的に読み込んだ。

その結果、『明月記』に、1204年2月、京都でオーロラが数日間連続して見えたという記述が、さらにその後、中国の歴史書『宋史』に、同じ日に太陽に大きな黒点が観測されたという記述が見つかった。「当時の地磁気の状況を計算してみると、地磁気の軸が日本に傾き、過去3,000年間で最も日本にオーロラが見えやすい状況だったんです。プロジェクトにより、定家の記述が日本最古の連続巨大磁気嵐の証拠であることを正確に位置づけることができました」。(プレスリリース2017年3月21日はこちら

さらに江戸時代の図版には、力強い扇形に光の筋が描かれており、「最初は絵画表現の一部だと思っていましたが、自分で計算して生成された図が、まさに古典籍に表現されていた扇形を再現したのには、非常に驚きました」と片岡准教授は振り返る。「科学的な証拠が揃ってくると、今度は絵の見え方が変わってきて、オーロラが空全体に立体的に覆い被さるように現れたために、2ページにわたってどーんと描いたんだろうと納得できるようになってきました。この緯度ならば、磁気圏に溜まったエネルギーがどれくらいで、それがいかに強い磁気嵐であったかなども示すことができました」。

1770年9月のオーロラを描いた『星解』(松阪市郷土資料室所蔵、三重県松阪市提供)の複写。片岡准教授の研究室にて(プレスリリース2017年9月20日はこちら)。

世界大停電に備えるための「宇宙天気予報」

磁気嵐を含め、人間や人工物に影響を与える宇宙環境の変動を「宇宙天気」と呼ぶ。2018年からの宇宙天気予報によると、過去50年の激しく、したがってオーロラオーバルが活発に爆発した時期は終わって、比較的静かで爆発の少ない状況になるのではないかというのが専門家の大方の予測だという。「それも、ちょっと楽しみなんですよ」と、片岡准教授は言う。「今までとは全く違う太陽活動が見えてきて、たとえば逆に宇宙線は強くなるなど、太陽極小期ならではの宇宙環境や地球への影響がこれから詳しくわかってくるはずです。オーロラオーバルの内側に、種類の違うオーロラも観測されるはずです」。

「一方、太陽活動が弱まってくるから、世界大停電の対策は忘れていいということは全くないんですね。全体的な太陽風の吹き方が弱いときには、ひとつ爆発が起こると、周りの圧力がないためにかえって爆風が広がり地球にヒットしやすくなるという面もある」という。「巨大磁気嵐は歴史的に見ると結構ランダムに来ていて、油断はできない」のだそうだ。宇宙環境やオーロラについて知るほど、地上にいる私たちの未来も少し違って見えてくる……オーロラ解明にはそんな効果もあるようだ。


宇宙から降り込んでくる銀河宇宙線の伝播計算を専門とする、茨城工業高等専門学校の三宅晶子准教授。どんな性質の宇宙線がどの量やってきたかを知ることは、太陽系のさらに外にある広い宇宙の成り立ちを知る大きな手がかりになるのだそうだ。宇宙線は「人類がたどり着けない世界がどうなっているかを教えてくれる存在」と関心を持つ。一方宇宙線には、人類にとって被ばくというネガティブな側面もある。2017年、三宅准教授は片岡龍峰准教授らとの共同研究により、航空機高度での宇宙線被ばく量を2024年まで予測した。「黒点数が多く太陽が活発に活動している極大期は、宇宙線は伝播途中で多くのエネルギーを失って太陽圏外に押し戻されやすく、太陽活動の極小期には比較的整った磁場にのって、宇宙線が地球近傍にたくさん降り込んできます」と三宅准教授は言う。「太陽圏の磁場は11年周期で極性反転しており、また太陽の自転に合わせてばたばた波打ちながら広がるカレントシートと呼ばれる磁気中性面は、太陽が活発になるにつれて非常にぐちゃぐちゃした構造になっていくことが、既にさまざまな観測からもわかっています」。そこでこの周期的な太陽圏の磁場の変動を考慮した宇宙線の伝播モデルを開発し、今後2024年までの航空機高度での宇宙線による被ばく量について、より詳細に予測を行った。その結果、前回の極小期(2009年)と比べて、太陽活動極小期前後の5年間での年間被ばく量平均値が約19%増加するという結果が得られたという(プレスリリース2017年5月12日はこちら)。

(聞き手:池谷瑠絵 写真:飯島雄二 公開日:2018/08/10)
大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構

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1702地球物理及び地球化学
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