シロアリの兵隊分化を決定する遺伝子の発見

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女王とのかかわり合いが生み出す分化のしくみ

2018/07/26 富山大学  基礎生物学研究所

富山大学大学院理工学研究部(理学)の前川清人准教授と大学院理工学教育部の矢口甫氏(現 琉球大学熱帯生物圏研究センター博士後研究員)らの研究グループは,基礎生物学研究所の重信秀治特任准教授らと共同で,シロアリの兵隊分化を決定する遺伝子を発見しました。研究グループは,次世代 DNA シーケンサー(大規模塩基配列解読装置)を用いた網羅的な解析を行い,兵隊分化の初期に働く遺伝子を探索しました。その結果,兵隊に分化する個体では,リポカリンとよばれる輸送タンパク質遺伝子が極めて高く発現することを突き止めました。リポカリン遺伝子は,シロアリへの進化の過程で配列が特徴的に変化しており,タンパク質は腸の上皮細胞に局在していました。機能解析の結果,この遺伝子が女王からの栄養物質の受け渡し行動を介して,兵隊分化を生じさせることが明らかになりました。
本成果は,英国王立協会紀要「Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences」に掲載されました。
【研究の背景】
社会性(個体間で明確な繁殖上の分業をもつ)の生活様式の獲得は,単細胞から多細胞への進化と並び,生物の進化上のビッグイベントだったと考えられています。この生活様式の獲得には,個体間の強い結びつきが必要です。シロアリは家屋害虫として名高いですが,高度な社会性をもつ代表的な昆虫です。系統的にはゴキブリ類に含まれることが示されており,家族性(親が子の世話をする)のゴキブリとの共通祖先から進化したグループです。しかし,ゴキブリ様の祖先群が,どのようにして社会性を獲得したのかは,未だに謎のままです。社会性の進化において,最も重要なステップは,自らは繁殖しない不妊個体の獲得です。シロアリでは,巣の防衛を担う兵隊が,進化の過程で最初に獲得された不妊個体であると考えられています。そのため,兵隊の分化のしくみは,シロアリが社会性を進化させた背景を理解する上で必須の情報です。近年,私たちは,脱皮にかかわるホルモン(幼若ホルモン)の下流で働く,兵隊分化に重要な遺伝子経路を発見しましたが(Masuoka et al. 2018 PLoS Genetics; プレスリリース2018年 4月18日参照),より上流で兵隊分化のスイッチとして働く因子は不明でした。兵隊への分化には,個体間コミュニケーションの重要性が古くから示されてきましたので,それらの行動を調節する因子が特に注目されます。
【研究の内容】
シロアリは,ふつう一夫一妻で営巣し,女王は1ヶ月ほどで10から20個ほどの卵を産みます。その後しばらくの間(初期巣とよばれる段階)は,女王と王が協力して子虫を育てます(図1)。子虫は,ふつう3齢以上になると働きアリ(ワーカー)となり,巣内での様々な仕事に従事します。西日本の一部の山林に定着しているネバダオオシロアリの初期巣では,最も成長が進んだ3齢個体(第1幼虫とする)が,女王と王から腸内容物を高頻度に受け渡された結果,前兵隊とよばれる中間段階を経て兵隊に分化することがわかっています(図2)。一方,第1幼虫よりも若い個体(第2幼虫以降)は,女王や王からの腸内容物の受け渡し頻度は少なく,やがて4齢個体に脱皮します。本研究では,社会行動を介した兵隊分化のしくみを明らかにするために,基礎生物学研究所の共同利用機器である次世代 DNA シーケンサー(大規模塩基配列解読装置)を用いて,第1および第2幼虫の発生初期で発現する遺伝子群を網羅的に比較しました。その結果,第1幼虫で特異的に高発現する遺伝子が見いだされました。この遺伝子は,フェロモンなどの難水溶性の物質を運搬する働きを持つリポカリンタンパク質をコードしていました。遺伝子データベースを使って調べたところ,基本的にどの昆虫もこの遺伝子をもっていることがわかりました。ただし,各昆虫がもつ遺伝子を比較すると,シロアリとキゴキブリ(シロアリに最も近い現生のゴキブリ)では,配列が特徴的に変化していました。この遺伝子がコードするリポカリンタンパク質の局在を調べたところ,第1幼虫の腸の上皮細胞にあることが分かりました。さらに,RNA干渉とよばれる方法を用いて,第1幼虫での遺伝子の働きを抑制したところ,第1幼虫の半数以上がワーカーに脱皮し,兵隊の分化率が有意に減少しました(図2)。撮影された動画を用いて,この時期の幼虫の行動を観察すると,ワーカーに脱皮した第1幼虫では,女王からの腸内容物の受け渡し頻度が著しく減少していました(図3)。
fig1.jpg図1.ネバダオオシロアリの生殖虫(女王と王)が営巣した初期の巣。茶褐色の個体が生殖虫,白色の個体がワーカー,茶色の頭部と肥大化した大あごをもつ個体が兵隊。
fig2.jpg図2.初期巣の第1幼虫(最も早く3齢になった個体)と第2幼虫(2番目に3齢になった個体)の発生運命。第1幼虫は,前兵隊を経て兵隊に分化する。第2幼虫は,4齢個体に脱皮し,ワーカーとして働く。第1幼虫で特異的に発現するリポカリン遺伝子の発現を抑制すると,第1幼虫から4齢個体に脱皮する個体の割合が有意に増加した。
fig3.jpg図3.女王から第1幼虫に対する腸内容物の受け渡し行動の観察例。リポカリン遺伝子の発現抑制により,4齢個体に脱皮することになった第1幼虫では,この行動の頻度が顕著に低下した。女王と第1幼虫には,腹部の背面にそれぞれ白と黒のマークがつけられている。
本研究により,第1幼虫が兵隊に分化するためのスイッチとして働く遺伝子が初めて特定されました。この遺伝子の産物(リポカリン)は,女王との社会行動を制御することで,兵隊への分化を促すことが明らかになりました。興味深いことに,シロアリとキゴキブリの初期巣の社会構造は,兵隊の有無以外は極めて類似しており,どちらの親虫も腸内容物を受け渡すことで子虫に給餌します。シロアリにおける不妊個体(兵隊)の進化には,リポカリン遺伝子が獲得した新たな機能(雌成虫との社会行動のパターンを制御する)が重要だったのかもしれません。
【今後の展望】
兵隊の分化過程では,フェロモンを含む外因性のシグナルが社会行動を介して受容され,体内での幼若ホルモン量の上昇を含む生理的な変化に変換されていると考えられます。現時点では,兵隊分化を促進するシグナルの分子的な実体や,幼若ホルモン量を上昇させるしくみは,まだ良くわかっていません。本研究で見つかった,女王との社会行動を制御するリポカリン遺伝子は,外因性のシグナルと体内の生理環境を結びつける重要な因子かもしれません。今後,リポカリン遺伝子を手がかりにして,分子発生学的なネットワークを解析することで,兵隊分化の初期のしくみを解明できることが期待されます。
【発表論文】
“A lipocalin protein, Neural Lazarillo, is key to social interactions that promote termite soldier differentiation.”
Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences, 285: 20180707.
DOI: https://doi.org/10.1098/rspb.2018.0707
矢口甫1,2,重信秀治3,林良信4,宮崎智史5,栂浩平6,増岡裕大1,7,前川清人1*
1富山大学大学院理工学研究部,2琉球大学熱帯生物圏研究センター,3基礎生物学研究所,4慶応大学法学部,5玉川大学農学部,6日本大学文理学部,7農業・食品産業技術総合研究機構  *責任著者
【本件に関する問い合せ先】
<研究に関すること>
前川 清人(まえかわ きよと)
富山大学 大学院理工学研究部(理学)  准教授

<報道担当>
富山大学 総務部 総務・広報課

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