選択性の高いハイブリッド触媒を実現

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廃棄物少なく、医薬品合成に期待

2018/07/24 科学技術振興機構(JST),北海道大学,名古屋大学

ポイント
  • 医薬品など有用物質の合成で、鏡像異性体の選択性を高め、廃棄物が少ない化学変換を起こすには、複雑な構造を持つ高価なロジウム触媒が必要だった。
  • 市販されている単純な構造のロジウム触媒に、入手が容易な有機触媒を組み合わせたハイブリッド触媒を実現し、鏡像異性体の高い選択性と廃棄物の低減を両立した。
  • 組み合わせる有機触媒を自在に変えられるため、多様な化学変換に応用でき、次世代の医薬品など有用物質製造の迅速化や環境負荷の低減、費用の削減が期待される。

JST 戦略的創造研究推進事業において、北海道大学 大学院薬学研究院の松永 茂樹 教授、吉野 達彦 助教、名古屋大学 大学院工学研究科の石原 一彰 教授、波多野 学 准教授らは、市販の簡素なロジウム触媒注1)と有機触媒注2)を組み合わせる技術を開発しました。このハイブリッド触媒は、片方の触媒だけでは見られない鏡像異性体注3)選択性の高い触媒性能を持ち、廃棄物を減らして有用分子を合成できる技術へとつながりました。

医薬品合成では、鏡像異性体のうち片方だけを合成する化学変換が必要です。また、廃棄物の少ない医薬品合成には、原料の特定の位置の炭素-水素結合だけを狙った化学変換の実現も重要です。従来、この2つの要件を同時に満たすためには、多工程にわたる複雑な前処理を施した高価なロジウム触媒が利用されていました。調製に費用と手間がかかるため、大量に触媒を入手できないという問題があり、工業的な利用には制約がありました。

本研究では、市販されている簡素な構造のロジウム触媒と、容易に入手可能な有機触媒を、イオン性相互作用注4)を利用して1工程で組み合わせ、高性能のロジウム触媒を簡便に調製するハイブリッド化技術を開発しました。このハイブリッド触媒を利用することで、抗ウイルス活性が期待される核酸塩基誘導体注5)の化学変換において、狙った位置の炭素-水素結合だけを活性化し、鏡像異性体のうち片方を選択的に得ることに成功しました。

本研究で開発したハイブリッド触媒技術は、組み合わせる有機触媒を自在に変えることが可能で、汎用性の高い手法です。近年注目を集めている核酸医薬品注6)の核となる構造の生産において、環境負荷の低減や費用の削減に貢献すると期待されます。

本研究成果は2018年7月23日(英国時間)に「Nature Catalysis」誌のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 先導的物質変換領域(ACT-C)

研究領域:「低エネルギー、低環境負荷で持続可能なものづくりのための先導的な物質変換技術の創出」
(研究総括:國武 豊喜)

研究課題名:「医薬品開発研究を先導する多彩な協同機能触媒系の創製と応用」

研究代表者:松永 茂樹(北海道大学 大学院薬学研究院 教授)

研究期間:平成24年10月~平成30年3月

上記研究課題では、汎用金属を用いた触媒の創製を通じて、医薬品などの生産に応用可能な有用化合物の効率的合成法の開発に取り組みました。

<研究の背景と経緯>

互いに鏡に写した関係にある鏡像異性体(図1)は、化学的な性質は似ていますが、医薬品として利用する場合、両者の効き目が全く異なることが知られています。一方の鏡像異性体が優れた効果を示し、他方が重篤な副作用を起こすリスクもあるため、有用な鏡像異性体だけを選択的に化学合成する必要があります。そのため、医薬品の製造プロセスでは鏡像異性体のうち片方だけを選択的に合成する化学変換が求められます。

さらに、廃棄物の少ない効率的な医薬品の合成には、合成用触媒を利用して原料の狙った位置の炭素-水素結合だけを活性化することが重要です。従来、この2つの要件を同時に満たすためには、鏡像異性体を区別するユニットを強固に化学結合させる必要があり、多工程にわたる複雑な前処理を施したロジウム触媒が利用されていました(図2上段)。そのため、大量に触媒を入手できないという問題があり、工業的な利用には制約がありました。また、廃棄物の削減の観点からも改善の余地を残していました。

<研究の内容>

本研究グループは、市販の簡素な構造のロジウム触媒と、自由自在に設計可能な有機触媒を組み合わせるハイブリッド化技術(図2下段)を開発しました。このロジウム触媒と有機触媒はいずれも入手が容易で、それぞれ単独では触媒機能が限定されるのに対し、両方を組み合わせるハイブリッド化により初めて高い触媒性能が発揮されました。本研究は、ロジウム触媒など金属触媒に関して豊富に蓄積された北海道大学の知見と、名古屋大学の有機触媒に関する独自の分子設計技術という、互いの研究グループの強みを融合した共同研究として行われました。

市販の簡素なロジウム触媒は、原料の目的の位置の炭素-水素結合だけを活性化する能力は高いものの、鏡像異性体のうち片方だけを選択的に合成するには不向きです。一方、有機触媒は、鏡像異性体のうち片方だけを合成する能力には長けていますが、原料の目的の位置の炭素-水素結合だけを活性化するには不向きです。この2つの触媒のハイブリッド化により、それぞれの触媒の長所を生かし、短所を補い合うことが可能となりました。

従来法ではロジウム触媒に対して、鏡像異性体を区別するためのユニットを強固に化学結合させるなど、5〜10工程にわたる複雑な前処理が必要でした(図2上段)。今回開発した技術では、ロジウム触媒をプラス、有機触媒をマイナスに帯電させ、弱いイオン性の相互作用を利用することで、1工程で簡便にハイブリッド化することに成功しました(図2下段)。この技術により、簡素で入手容易な触媒原料2つを組み合わせ、わずか1工程で高性能な触媒を生み出すことが可能となりました。弱いイオン性の相互作用を利用したハイブリッド化を、狙った位置の炭素-水素結合だけを活性化する能力を持つロジウム触媒に利用した初めての例です。

ハイブリッド触媒の応用例として、核酸塩基誘導体を化学変換しました。DNAやRNAに働きかける次世代医薬品として、核酸医薬品が注目されていますが、核酸塩基誘導体はこの核酸医薬品の核となる構造を持ちます。抗ウイルス活性が期待される核酸塩基誘導体の化学変換において、狙った位置の炭素-水素結合だけを活性化し、鏡像異性体のうち片方を選択的に得ることに成功しました(図3)。

<今後の展開>

本研究で開発したハイブリッド触媒技術は、組み合わせる有機触媒を自在に変えることが可能で、さまざまな化学変換反応に対応する高性能触媒を生み出せる、汎用性の高い手法です。市販の簡素なロジウム触媒を直接利用できるため、複雑な前処理を必要とせずに多様な有用分子を合成できる点で、従来法よりも優れています。環境負荷の低減や費用の削減につながり、持続可能な医薬品製造プロセス構築に貢献すると期待されます。

本研究では、従来法で調製したロジウム触媒とハイブリッド技術で調製した新しいロジウム触媒を、それぞれ構造の異なる原料に使用しており、厳密な触媒性能比較は行っていません。しかし、有機触媒部分を自由自在に変更できる利点を生かすことで、従来のロジウム触媒と同じ原料に対しても有効なハイブリッド触媒を開発できます。今後は、ロジウム触媒に限らず、ロジウムよりも安価なコバルト触媒へと拡張することで、さらなる費用の削減と工業合成への応用を目指した研究開発も進めていきます。

<参考図>

図1 鏡像異性体

図1 鏡像異性体

右手を鏡に写した時に左手と同じになるような関係を鏡像関係という。鏡像関係にある物質は互いに似ているが、重ね合わせることはできない。鏡像異性体とは互いに鏡像関係にある分子構造のこと。医薬品などにおいては、鏡像異性体では左手分子と右手分子で効き目が全く異なる。そのため、一方の鏡像異性体のみを選択的に製造する必要がある。

図2 簡素なロジウム触媒と有機触媒のハイブリッド化

図2 簡素なロジウム触媒と有機触媒のハイブリッド化

従来法では、ロジウム触媒に鏡像異性体を選択する性能を付与するためには、5〜10工程を経る複雑な前処理が必要な上、高価だった。市販の簡素なロジウム触媒と有機触媒をハイブリッド化する新手法では、弱いイオン性の相互作用を利用することで、わずか1工程で高性能化が実現した。原料の特定の炭素-水素結合の活性化と、鏡像異性体の選択的な合成の両方を同時に実現可能な高性能触媒を簡便に入手できるようになった。

上段:従来法では、ロジウム触媒(赤部、Rh)に対して鏡像異性体を選択するユニット(青部)を強固な化学結合で組み込み、複雑で多工程の前処理を施す。触媒は高性能だが調製に費用と手間がかかり、大量生産には不向きだった。

下段:新手法では、市販の簡素なロジウム触媒と有機触媒を弱いイオン性の相互作用でハイブリッド化する。1工程で高性能な触媒を調製できる。

図3 抗ウイルス活性が期待される核酸塩基誘導体の化学変換への応用例

図3 抗ウイルス活性が期待される核酸塩基誘導体の化学変換への応用例

ハイブリッド触媒を駆使することで、核酸塩基誘導体の迅速で多種多様な化学変換が可能となった。核酸塩基誘導体中に多数存在する炭素-水素結合のうち、黄色で示した部分のみを活性化し、化学変換を経て鏡像異性体を選択的に得ることに成功した。上記の核酸塩基誘導体は、創薬研究において近年注目を集めている核酸医薬品の核となる構造としても有用であり、核酸医薬品の迅速な探索や費用の削減、低環境負荷での製造プロセスへの応用が期待される。

<用語解説>
注1)ロジウム触媒
貴金属のロジウムを中心に持つ触媒。ロジウム分子触媒は、化学変換では特定の炭素-水素結合を活性化する働きがある。
注2)有機触媒
金属元素を含まず、炭素、水素、酸素、硫黄などの元素のみから構成される触媒。多種多様な触媒を自由に設計するのに役立つ。本研究では、強い酸性を示すスルホン酸を利用した。ロジウム触媒のように、金属部が触媒性能の中心を担う場合と対比して用いられる。
注3)鏡像異性体
左手、右手の関係のように、互いに鏡に写した関係にある分子構造(図1)。鏡像異性体は互いに重ね合わせることができない。化学的な性質は似ているが、医薬品として利用する場合、効き目が全く異なる。一方の鏡像異性体が優れた効果を示し、他方が重篤な副作用を起こすリスクもあるため、有用な鏡像異性体だけを選択的に化学合成する必要がある。
注4)イオン性相互作用
正と負のイオンの間に働く結合状態。複数の電荷が関与するため、分子間に働く力としては水素結合より強い。
注5)核酸塩基誘導体
核酸塩基とは、DNAやRNAなどを構成する核となる構造のこと。代表的なアデニン、グアニン、シトシン、チミン、ウラシルに加え、多種多様な核酸塩基が天然に存在する。人工的に化学修飾された核酸塩基の誘導体は、医薬品設計において重要な構造として活用される。
注6)核酸医薬品
化学合成により製造された核酸または化学修飾された核酸誘導体を利用し、DNAやRNAなどに直接働きかける医薬品。低分子医薬品、抗体医薬品に続く次世代の医薬品として大きな注目を集めている。これまで治療が困難であった疾病に有効な革新的医薬品の創出が期待されている。
<論文タイトル>

“Pentamethylcyclopentadienyl rhodium(III)/chiral disulfonate hybrid catalysis for enantioselective C-H bond functionalization”
(ペンタメチルシクロペンタジエニル ロジウム触媒とキラルスルホン酸アニオンのハイブリッド化触媒による鏡像異性体選択的な炭素-水素結合の化学変換)
DOI:10.1038/s41929-018-0106-5

<お問い合わせ先>
<研究に関すること>

松永 茂樹(マツナガ シゲキ)
北海道大学 大学院薬学研究院 教授

<JST事業に関すること>

古川 雅士(フルカワ マサシ)
科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課

北海道大学 総務企画部 広報課

名古屋大学 総務部 総務課 広報室

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