統合失調症の労働状態の推定法の開発

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2018/06/28 国立精神・神経医療研究センター

病前からの認知機能低下の推定値による確率モデルの有用性

【本研究成果のポイント】
■ 統合失調症患者の病前からの認知機能低下※1の推定値が、労働状態と関連することを示した。
■ 病前からの認知機能低下の推定値などの関連する要因により、労働状態を確率的に推定する方法を提示した。
■ 労働状態の推定結果の適切なフィードバックは、統合失調症患者の社会復帰の促進に役立つと考えられる。

◆ 概要
大阪大学大学院連合小児発達学研究科の橋本亮太准教授、福島大学人間発達文化学類の住吉チカ教授らは、
1)病前からの認知機能低下の推定値が労働時間と関連することを見出し、図1

また2)病前からの認知機能低下の推定値を含む関連要因により、週当たり一定時間以上働ける確率を推定する方法を開発しました(図1)。
本研究で示す確率モデルに基づいて、その将来的な労働環境の適正化に役立つ情報を提供することができます。従って、統合失調症患者の社会復帰可能性について、患者やその家族への適切なフィードバックがなされ、よりよい精神科医療の実現に貢献すると考えられます。本研究成果は、米国科学雑誌Schizophrenia Researchに平成30年6月28日(午後8時:日本時間)に発表されました。

◆ 研究の背景
統合失調症は約100人に1人が発症する精神障害です。幻覚・妄想などの陽性症状、意欲低下・感情鈍麻などの陰性症状、認知機能障害が中核的な症状であり、多くは慢性化・再発の経過をたどります。さらに多くの患者において、発症後、認知機能の低下が見られ、それが患者の自立した生活や社会への復帰、特に労働状態の回復を困難にしています。
橋本准教授らのグループは、患者ごとの個別の認知機能低下を測定する方法がなかったため、病前の認知機能の推定値と現在の認知機能指標を用いて、個人ごとの病前からの認知機能の低下を推定する方法を見出し、更に臨床現場で使えるような簡便な現在の認知機能の推定法を開発しました。これらを用いた患者ごとの個別化医療に貢献する認知機能障害の推定法の普及を、全国で講習を行って進めており、この内容は日本神経精神薬理学会が作成した「統合失調症薬物治療ガイドー当事者・家族・支援者のためにー」にも、取り上げられています(過去のプレスリリース参照※2)。
しかし今まで、病前からの認知機能低下の推定値を因子として組み込んだ労働状態の推定は行われていませんでした。また、実際に推定を行い、その結果を統合失調症患者やその家族にフィードバックする方法も提示されていませんでした。

◆ 研究の内容
「研究の背景」に挙げた問題を踏まえて、本研究では、1)労働状態と関連する要因について病前からの認知機能低下の推定値を中心に検討し、2)有効な因子を用いて労働状態の推定を実践することを目的としました。図2
病前と比較して認知機能が保たれていると推定される群、病前から認知機能が低下していると推定される群、健常者群間において、様々な変数の群間比較を行い、労働状態と関連する要因として病前からの認知機能低下の推定値を含むいくつかの因子を見出しました。統合失調症を含め、精神疾患患者の労働状態に関わる要因は今までにも研究されて来ましたが、病前からの認知機能低下の推定値が労働状態に関連することが示されたのは初めてです。

図3認知機能が保たれている患者は96%の確率で20時間以上仕事ができると推定される。一方認知機能が低下している患者は53%の確率で20時間以上時間ができると推定される

次に病前からの認知機能低下の推定値を含むいくつかの労働状態に関連する因子を独立変数、労働状態を従属変数として、ロジスティック回帰分析※3を行いました。
労働状態は、1時間、10時間、20時間、30時間/週の基準を設け、基準以上・未満で二値化しました(図2)。解析の結果、病前からの認知機能低下の推定値は労働状態の推定に有効な変数であることが確認されました。またロジスティック回帰分析のモデルから得た推定式から、認知機能低下の推定値とともに有効だった因子(精神症状と社会機能)を用いて、各患者が基準値以上働ける確率についても推定する方法を提示しました(図2・3)。

◆ 本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究で提示した労働状態についての推定法により、統合失調症患者やその家族が、患者の社会復帰について有用な情報を得ることができます。患者と医師で情報を共有して、治療方針を決めることを共同意思決定(Shared decision making: SDM)といいますが、精神科医療ではこの根拠となるような情報が少なく、まだまだ十分に普及しているとは言えない状況にあります。このような情報を患者・家族・支援者と医師で共有することによって共同意思決定が普及することが期待され、患者の治療への動機付けや、その家族まで含めた生活の質の向上にも大きく貢献すると考えられます。本研究は、国内の多施設共同研究体制(COCORO※4)の枠組みで取り組まれたものであり、国内共通の評価基準を与えるものです。今後は、国立精神・神経医療研究センターにて精神保健研究所 児童・予防精神医学研究部の住吉太幹部長を中心に国内外に発信し、診療ガイドラインへの反映を行い、臨床現場に届くよう普及していくことが期待されます。

◆ 研究支援
この研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED) 障害者対策総合研究開発事業「主体的人生のための統合失調症リカバリー支援― 当事者との共同創造co-productionによる実践ガイドライン策定」(研究代表者:福田正人:群馬大学)および革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト「大規模脳画像解析とヒトー霊長類を連結するトランスレータブル脳・行動指標開発にもとづく精神疾患の病態神経回路解明」(研究代表者:笠井清登:東京大学)の支援により行われました。

◆ 特記事項

図4  本研究は、大阪大学医学部附属病院神経科・精神科にて、今までに集積してきた日本随一の精神疾患のリサーチリソース・データベース「ヒト脳表現型コンソーシアム」を活用して得られた成果です(図4)。臨床研究における中核的な拠点である大阪大学医学部附属病院では、トランスレーショナル・リサーチを推進していますが、神経科・精神科では、詳細な脳機能データの付随する血液サンプルを3000例以上集めています。ヒト脳表現型コンソーシアムを発展させ、COCORO※4を設立しALL JAPANの共同研究体制で、統合失調症患者の認知・社会機能プロジェクトなど、様々なプロジェクトに取り組んでいます。

◆ 用語解説
※1 病前からの認知機能低下
ウェクスラー式知能検査で得られた現在のIQから推定病前IQ(JART: Japanese Adult Reading Test)との差を病前からの認知機能低下の推定値とし、それがマイナス10点以上の場合、認知機能低下が生じていると定義される。

※2 過去のプレスリリース参照
1. 統合失調症の認知・社会機能を予測する手法を開発 ― 患者の社会復帰を支えるツールとして期待 ―
2. 統合失調症薬物治療ガイドについて~誰でもわかりやすく読める統合失調症薬物治療ガイドライン~
※3 ロジスティック回帰分析
推定に有効と思われる変数(独立変数)を用いて、基準値上・下のようにカテゴリ化した変数(従属変数)を推定する解析手法。推定に有効な独立変数が明らかになる。これらを用いて、個々人の確率を推定する回帰式を得る。本研究では、従属変数を労働状態としているが、そのカテゴリ化の基準として、1時間、10時間、20時間、30時間/週を設けている。従って4つのロジスティック回帰分析を行っている(図3のプロット図は20時間/週基準の例)。
※4 COCORO
Cognitive genetics collaborative research organization(認知ゲノム共同研究機構)のことで、精神疾患のオールジャパンの多施設共同研究を行う研究組織。詳細は、以下のURLを参照。
http://www.sp-web.sakura.ne.jp/lab/cocoro.html
◆ 本件に関する問い合わせ先
<研究内容に関すること>

大阪大学大学院連合小児発達学研究科附属子どものこころの分子統御機構研究センター
大阪大学大学院医学系研究科情報統合医学講座精神医学教室 兼任
橋本亮太
<AMED事業に関すること>
国立研究開発法人日本医療研究開発機構
戦略推進部 脳と心の研究課

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