遺伝子の機能欠損が高い頻度で顕性遺伝することを発見

2018/05/17 東京大学 産業技術総合研究所

発表のポイント

  • 遺伝子の機能欠損は多くの場合潜性遺伝(注1)すると考えられてきましたが、出芽酵母の必須遺伝子(注2)欠損株の細胞形態(注3)を網羅的に調べた結果、必須遺伝子のうち、約6割の遺伝子の機能欠損が逆に顕性遺伝(注4)することを明らかにしました。機能欠損変異が機能を持つ対立遺伝子(注5)によって補われないことから、顕性が潜性よりも必ずしも優れているわけではないことになります。
  • ひとつひとつの細胞の形態表現型(注6)を多くの観点から定量的に分析したことにより、多数の遺伝子の機能欠損が顕性を示すことが明らかにできました。
  • ヘテロ接合型(注7)で遺伝子欠損株(注8)が示した表現型は、遺伝子機能に密接に関係していることを明らかにしました。
  • この発見は、複雑な生物学的システムの解析や疾患遺伝子の診断、薬剤標的の探索に役立つことが期待されています。

発表概要

ヘテロ接合型は異型接合体とも呼ばれ、二倍体生物において遺伝子座が Aa のように異なる対立遺伝子を持つ状態を指します。Aが機能を持つ対立遺伝子でaが機能欠損突然変異である場合には、突然変異(a)が機能を持つ対立遺伝子(A)によって補われるので、機能欠損の表現型が現れない(顕性遺伝しない)ことが予想されます。それにも関わらず遺伝子機能欠損の表現型が現れる(顕性遺伝する)現象はハプロ不全(注9)と呼ばれ、例外的に見られる遺伝現象であると考えられてきました(図1)。

東京大学大学院新領域創成科学研究科の大貫慎輔特任研究員と大矢禎一教授(産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 客員研究員 兼務)の研究グループは、真核生物のモデルとして知られる出芽酵母において、必須遺伝子のヘテロ接合型変異株の単細胞形態表現型を高次元かつ網羅的に調べ、ハプロ不全は決して例外的な遺伝現象ではないことを発見しました。出芽酵母には1,112の必須遺伝子がありますが、全必須遺伝子の59%(657遺伝子)の欠損変異株が野生型株とは異なる細胞形態を示し、ハプロ不全性を示したからです(図2)。つまり6割近くの必須遺伝子の機能欠損が顕性遺伝したことになります。

今までの常識と異なり、遺伝子の機能欠損が頻繁に顕性遺伝するということには大きな意味があります。例えば、疾患遺伝子を1コピー持つ保因者にも特徴的な表現型が現れるということは、未然に疾患遺伝子の存在を把握して疾患を防ぐことにつながるかもしれません。また、機能を持つ対立遺伝子によって補われると考えられてきた機能欠損変異が顕性遺伝するということから、顕性と潜性の優劣の概念はリセットされることになるかもしれません。

発表内容

顕性遺伝と潜性遺伝はもともとGregor Mendelによって定式化され、現代の遺伝学において基本的な概念になっています。遺伝子の機能欠損はほとんどが潜性遺伝すると長い間考えられてきました。ハプロ不全は、ヘテロ接合体における遺伝子の機能欠損変異に起因して稀に見られる、遺伝子の機能欠損が顕性遺伝する現象で(図1)、はじめはショウジョウバエで研究されていました。1コピーの対立遺伝子の喪失が、癌や腫瘍形成、発達障害や神経障害を含むヒト疾患の原因になることが次々に明らかになってきたために、ハプロ不全性を示す遺伝子に大きな関心が寄せられてきています。特に、ゲノム中にハプロ不全性を示す遺伝子が一体いくつあるのかは多くの研究者の関心の的になっていました。

本研究では出芽酵母の二倍体株を使って、幾つの必須遺伝子がハプロ不全性を示すか、細胞形態を指標にして調べてみました。形態データを収集する際の条件の不一致によるばらつきを最小限に抑えるために、完全培地で培養した出芽酵母を初期対数期の正確なタイミングで集菌し、自動画像解析システムCalMorph(注10)を用いて各変異株について200個以上の細胞を解析しました。CalMorphに内蔵された自動画像識別器と分類器を活用することにより、高品質の501次元の形態情報を得ることができました。その結果、少なくともひとつ以上の形態的形質で異常を示す変異株が全必須遺伝子欠損株の59%あり(FDR=1%、注11)、また最小培地で培養することにより新たにハプロ不全性を示すものを加えると、合わせて75%もハプロ不全性を示す遺伝子が検出されました(図2)。この数は、細胞増殖速度を指標として算出されたハプロ不全性を示す遺伝子の割合がこれまでの研究では9%だったことからすると、極めて多くの必須遺伝子の機能欠損が顕性遺伝したことになります。この結果が、表現型を過大に評価したことによるものではないことは、形態情報をランダマイズ(注12)した時に得られる結果が野生型の繰り返し実験の結果とほぼ同じであることで確かめました。

どうしてこのように多くの必須遺伝子の機能欠損変異が顕性遺伝したのかを調べるために、形態表現型の特徴をよく表している形質について調べました。出芽酵母の細胞形態に関する量的形質(注13)には、平均値を表す形質、割合を表す形質、分散を表す形質があります。例えば娘細胞の大きさに関する形質でいえば、娘細胞の大きさの平均値、娘細胞を持たない細胞の割合、娘細胞の大きさの分散値がそれぞれに相当します。それらの中で、分散を表す形質を数多く用いることで多くの必須遺伝子の機能欠損が顕性遺伝することを明らかにしました(図3)。分散を表す形質は、ひとつひとつの細胞の形質を調べた後で細胞集団における分散を計算して得られます。したがって、必須遺伝子の機能欠損の多くが顕性遺伝したのは、単細胞の形態表現型をより多くの観点から定量的に調べたことによることが明らかになりました。

今回の研究でハプロ不全性を示した遺伝子のうち、9割の遺伝子で、同じような機能を持つ遺伝子の欠損突然変異は類似した表現型を示すことが正順相関分析(注14)により明らかになりました(図4)。つまり、ハプロ不全性を示す表現型のほとんどに、どのような機能を持つ遺伝子が欠損したかがわかる目印がついていることになります。例えば、様々なタンパク質を正常に機能できるよう手助けをする働きのあるシャペロニン複合体は、8種類のサブユニットタンパク質が球状に集まって機能していますが、(図4左)、各サブユニットのヘテロ接合型変異株は互いに類似した目印がついていました(図4右)。このハプロ不全性の目印を用いることで必須遺伝子の機能を詳しく研究できます。以前から知られていた遺伝子間の機能的関係を確認できるだけでなく、今まで未知だった機能的関係を推測することができるようになりました。さらにハプロ不全性を示す表現型の類似性に基づいて、遺伝子機能ネットワークの全体像を提示することができました。ハプロ不全性を示す表現型の情報は、複雑な生物学的システムを解析するためだけでなく、細胞内薬物標的を探索するためにも今後使われることが期待されます。

謝辞

本研究は、科学研究費補助金(15H04402代表:大矢禎一)によって実施されました。

発表雑誌

雑誌名: PLOS Biology (オンライン版5月16日掲載)
論文タイトル: High-dimensional single-cell phenotyping reveals extensive haploinsufficiency
著者: Shinsuke Ohnuki1, Yoshikazu Ohya1,2* (*Corresponding author)
1東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻、2産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ(OPERANDO-OIL)
DOI番号:10.1371/journal.pbio.2005130
URL:http://journals.plos.org/plosbiology/article?id=10.1371/journal.pbio.2005130

添付資料

図1

図1 出芽酵母の野生型とヘテロ接合型遺伝子欠損株の模式図

緑色の線と青色の楕円は、それぞれは細胞壁と核を表す。ハプロ不全を引き起こしたヘテロ接合型の遺伝子欠損株は、正しい位置に核がなく、細胞壁の形が異質になる。

図2

図2 野生型酵母(+/+)とRNA ポリメラーゼIIサブユニットのヘテロ接合型変異株(RPC10/rpc10D)の蛍光顕微鏡写真

細胞壁、核およびアクチン細胞骨格は、それぞれ緑、青および赤で表している。RNAポリメラーゼのヘテロ接合型変異株の方が大きくて長い細胞が多いことがわかる。

図3

図3 観察する観点の数と検出されるハプロ不全性変異株の関係

細胞形態の分散を表す観点(緑)、平均を表す観点(青)、割合を表す観点(黒)、分散、平均、割合すべての観点(赤)を用いた時に検出されるハプロ不全性変異株の数を全必須遺伝子における割合で示した。

図4

図4 シャペロニン複合体の構造とヘテロ接合型遺伝子欠損変異株の形態類似性

(左)X線結晶構造解析によるシャペロニン複合体TRiC/CCTの立体構造(Dekker et al., 2011)。シャペロニン複合体TRiC/CCTは8つの必須サブユニットからなる(赤: Tcp1、青: Cct2、水: Cct3、黄: Cct4、灰: Cct5、紫: Cct6、茶: Cct7、緑: Cct8)。(右)ヘテロ接合型変異株の形態類似性。円中に示されたシャペロニン複合体の各遺伝子を欠損したヘテロ接合型変異株間の形態類似性を相関係数で示す。値は1に近いほど形態表現型(目印)が類似することを示し、線の色は赤が濃いほど1に近い。相関係数の値はどの組み合わせでも0.7以上であり、シャペロニン複合体TRiC/CCTとして同じ機能を持つ遺伝子の欠損突然変異は類似した表現型を示していることがわかる。

用語解説・補足説明

注1:潜性、潜性遺伝
対立遺伝子のうち特徴が現れにくい遺伝子のことを潜性、そのように遺伝することを潜性遺伝と呼ぶ。従来は劣性、劣性遺伝子と呼んでいたが、遺伝子に優劣があるとの誤解を避けるため「潜性(せんせい)」と呼ぶようになった。
注2:必須遺伝子
出芽酵母などの微生物の遺伝学の用語で、遺伝子を機能欠損すると増殖できなくなる遺伝子のこと。増殖に必須な遺伝子という意味で必須遺伝子と呼ぶ。
注3:細胞形態
顕微鏡で観察できる細胞の形と外観。出芽酵母では、細胞外形、細胞骨格のひとつであるアクチン繊維、核DNAなどの染色画像から細胞形態が観察されている。
注4:顕性、顕性遺伝
対立遺伝子のうち特徴が現れやすい遺伝子のことを顕性、そのように遺伝することを顕性遺伝と呼ぶ。従来は優性、優性遺伝子と呼んでいたが、遺伝子に優劣があるとの誤解を避けるため「顕性(けんせい)」と呼ぶようになった。
注5:対立遺伝子
対立形質を規定する個々の遺伝子。
注6:形態表現型
顕微鏡で観察できる細胞の形質が表れたもの。出芽酵母では、細胞外形、細胞骨格のひとつであるアクチン繊維、核DNAの染色画像から読み取れる細胞の特徴を指す。
注7:ヘテロ接合型
二倍体生物において、異なる対立遺伝子を持っている状態。
注8:遺伝子欠損株
ゲノム内のある特定の遺伝子を失っている状態の生物。二倍体生物の場合には1コピーの遺伝子のみ失っている場合にはヘテロ接合型の遺伝子欠損株と呼ぶ。
注9:ハプロ不全、ハプロ不全性
二倍体生物が持つ一対の遺伝子のうちの1つに突然変異がおこっても、ほとんどの遺伝子ではもう一方の野生型遺伝子から作られるタンパク質で不足分をまかなえるため、突然変異は潜性になる。しかし例外的に野生型遺伝子1つから作られるタンパク質で量が不足する場合には、全体として機能が不全になって突然変異に起因する表現型がみられる。このような現象がハプロ不全である。
注10:CalMorph
出芽酵母に特化した細胞の画像解析システム。細胞壁、アクチン、核を特異的に検出できる蛍光試薬で出芽酵母の細胞を三重染色し、取得した蛍光顕微鏡像を画像解析することにより、内部構造も含む細胞形態を定量的に記述することが可能である。このシステムでは、単細胞レベルで細胞の大きさ、母細胞と芽の大きさの比、 核の位置などの数値を得ることができるだけでなく、200以上の細胞の観察から平均値を表す形質、割合を表す形質、分散を表す形質などを含む501の形態に関する形質を定量的に調べることができる。
注11:FDR
FDR(False Discovery Rate)は統計的検定を行う際の閾値。FDRを1%として検定した場合、顕性として検出された表現型の個数のうち、誤って検出されている(偽陽性の)割合の期待値が1%であることを示す。FDRをゼロに近づけて検出を行うと、偽陽性の個数が減少する代わりに、検出される個数も減少し、誤って検出されない(偽陰性の)割合が増加する。
注12:ランダマイズ
データの数字などを無秩序に並び換えること。これにより、偶然にその事象がどの程度の頻度で見られるかがわかる。
注13:量的形質
生物が示す表現型(形質や性質)のうち、数値で表されるもの。
注14:正順相関分析
多変量解析の一つであり、2群間の相関が高くなるような重み付けを与えて新たな変量を合成して作成する手法で、1936年にHotellingによって考案された。回帰分析と主成分分析を組み合わせた手法で、例えば遺伝子機能と形態表現型の間に存在する関係に着目して、遺伝子機能(gCV)と形態表現型(pCV)のセットを新たに定義し、両者の間の関係を分析する。それぞれのgCV とpCVは対になって強く相関しているため、pCVはどのような機能を持つ遺伝子が欠損したかを示す目印とみなすことができる。