(ほぼ)摩擦なし:分子の世界のベアリング

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2018/05/15 東京大学 科学技術振興機構(JST) 首都大学東京

ポイント

  • ナノサイズの分子の世界で、球状分子を回転子、筒状分子を外枠とした分子ベアリングを作りだしていました。
  • 今回、ナノサイズの分子の世界では、ほとんど摩擦のない回転ベアリングが実現できることを発見しました。
  • 固体の中で超高速回転するベアリングの新しい機能開発が期待されます。

東京大学 大学院理学系研究科の磯部 寛之 教授(JST ERATO磯部縮退π集積プロジェクト 研究総括)の共同研究グループは、ナノサイズの分子のベアリング注1)においては、ほとんど摩擦のない回転運動(慣性回転)が実現できることを発見しました。研究グループは、これまでに炭素原子と水素原子からできた分子を使って、「筒」と「回転子」からなる分子のベアリングを作り出していました。この分子ベアリングは、筒分子が回転子を非常に強固に捕まえていることが特徴でしたが、今回、精密な測定を行うことで「筒の中で回転子が慣性回転している」ことが明らかとなったものです。この測定は固体試料で行われており、「強固に保持されていても・固体の中でも」「滑らかな慣性回転が実現できる」という、一見、相反するようなことがナノサイズの世界では実現できることを示しています。分子機械の世界では、思いもよらない発見がいまだ隠されていることを示す成果であり、今後、ナノ科学・ナノ材料分野でのさらなる展開が期待されます。

研究成果は、国際学術雑誌「Nature Communications」に2018年5月15日に掲載されます。

今回の研究成果は、東京大学の磯部グループ、首都大学東京の真庭グループの共同研究によりもたらされたものです。

本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業総括実施型研究(ERATO)「磯部縮退π集積プロジェクト」および科学研究費助成事業の一環として進められました。X線回折による分子構造決定には、一部、高エネルギー加速器研究機構(KEK) フォトンファクトリー(PF)PF-AR NE3Aの最先端設備が活用されています。また、固体NMR装置の一部は、物質・材料研究機構微細構造解析プラットフォーム(文部科学省 委託事業ナノテクノロジープラットフォーム)の最先端設備が活用されています。

<発表内容>

分子と分子が接触すると、そこには相互作用が生じ、通常、接触した分子は動きにくくなります。このときの分子の運動は、ブラウン運動注2)や拡散運動として広く知られています。分子同士の接触や衝突により、分子の動きに変化が生じる現象です。大きく重い物体では「慣性」に支配された慣性運動が主に観測されますが、小さく軽い分子の世界では、分子同士の相互作用が無視できなくなり、一般に慣性運動が観測されにくくなるものです。

研究グループは、これまでに筒状の分子の中に球状の分子を閉じ込めた新しい物質を作り出していました(図)。筒の中の球状分子が回転するという、あたかもベアリングのような運動が実現されていることから「分子ベアリング」と称されています。研究グループは、今回、まず結晶解析という手法を使い、固体中での筒内の球状分子の回転が温度に依存していそうだということを見つけました。温度を上げると回転の方向が乱れることが示唆されたものです(図)。そこで、次に研究グループは、内部の球状分子の回転速度を精密に測定しました。確実な結論を得るためには精密な測定とその解析に数年を要しましたが、ついに内部の球状分子の回転が「慣性回転」となっていることを明らかにしました。実に213GHzの超高速回転が60度で記録されたものです。筒状分子と球状分子は、極めて密接に接触しており、その間の相互作用は非常に強いものであることがわかっていました。さらに今回の測定はすべて「固体」の状態で行われたものです。つまり、「強い分子間相互作用」および「固体内での束縛」が存在する中で、「滑らかな慣性回転」が実現できることを示した驚きの成果となります。大きな物体では、分子間相互作用を主因に摩擦が生じますが、今回の成果は小さなナノサイズの世界では、分子間相互作用が大きくとも、ほとんど摩擦がないベアリングが実現できることを示すものです。

筒状分子は、キラリティ注3)と呼ばれる右巻きのらせん構造を持っています。ボルトの中にらせん状の溝と同じ対称性であることから、今後、さらに運動方向の制御などが可能になるのではないかと期待しています。筒状分子は単層カーボンナノチューブ注4)の「剛直で筒状」という構造を模した分子であることから、カーボンナノチューブの中でも同じような奇妙な物理現象が起こりうることを示す成果ともなります。

<参考図>

図1 分子ベアリングの電子密度分布を示した図

図1 分子ベアリングの電子密度分布を示した図

黒い部分が電子の存在する場所を示している。温度を上げることで、内部の球状分子由来の電子の存在する場所が分散していく様子が見られている。

図2 分子ベアリングの結晶構造(上面)

図2 分子ベアリングの結晶構造(上面)

図3 分子ベアリングの結晶構造(横面)

図3 分子ベアリングの結晶構造(横面)

枠(赤)がベアリングの筒状分子。内部の球状分子(C60)は複数の位置に観察され、その場で回転していることを示唆している。図2は上から見た図で、図3は横から見た図。

<用語解説>

注1)ベアリング
軸受。筒状の枠の中、軸や回転子が容易に回転できる機械要素のこと。例えば、自転車や自動車の車輪や、ハンドスピナの中に備わっている。
注2)ブラウン運動(拡散運動)
分子などの小さな粒子は、例えば液体中では、まわりの液体分子と衝突することで、運動方向を変え、不規則に行ったり来たりする動きを示す。この現象がブラウン運動(拡散運動)として知られる。
注3)キラリティ
右手と左手のように鏡に映った像(鏡像)同士が重ね合わさらない性質。キラリティが存在することをキラルと称す(「キラル」はギリシア語の「手」を意味する言葉に由来する)。鏡像関係にあるキラルな分子のうち、どちらか一方のみが存在する物質、あるいはその特性は、光学活性と称される。なお、カーボンナノチューブの分野では炭素の並び方を「キラリティ」と称しているが、本来は誤用である。
注4)カーボンナノチューブ
飯島 澄男 教授(東北大学 大学院理学研究科出身、現 名城大学)が1991年に発見した、ダイヤモンド、非晶質、黒鉛、フラーレンに次ぐ5番目の炭素材料。グラフェンシートが直径数ナノ(10億分の1)メートルに丸まった極細チューブ状構造を有している。カーボンナノチューブはその丸まり方、太さ、端の状態などによって、電気的、機械的、化学的特性などに多様性を示し、次世代産業に不可欠なナノテクノロジー材料として、今なお、世界中で最も注目されている材料である。現在、入手可能なカーボンナノチューブは、さまざまな構造を持つものの混合物であり、国際純正・応用化学連合(IUPAC)により「分子性物質(Molecular Entity)」ではなく「化学種(Chemical Species)」として定義される物質となっている。

<論文情報>

タイトル
Ratchet-free solid-state inertial rotation of a guest ball in a tight tubular host
(強固な筒状ホスト内での球状回転子の歯止めのない固体内慣性回転)
著者名
Taisuke Matsuno, Yusuke Nakai, Sota Sato, Yutaka Maniwa & Hiroyuki Isobe*
(*責任著者)
doi10.1038/s41467-018-04325-2

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

磯部 寛之(イソベ ヒロユキ)
東京大学 大学院理学系研究科 化学専攻 教授

佐藤 宗太(サトウ ソウタ)
東京大学 大学院理学系研究科 化学専攻 特任准教授

<JST事業に関すること>

古川 雅士(フルカワ マサシ)
科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部

<報道担当>

東京大学 大学院理学系研究科・理学部 広報室

科学技術振興機構 広報課

 

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