生体内で神経を光刺激する世界最小のワイヤレス型デバイスを開発

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光遺伝学の新たなツールとして脳神経科学研究や医療の発展に期待

2018/04/20 奈良先端科学技術大学院大学 科学技術振興機構(JST)

ポイント
  • 光遺伝学(オプトジェネティクス)では小型の生体埋め込みデバイス開発が望まれていましたが、1mmクラスの超小型化は実現されていませんでした。
  • 本研究では、赤外光によるエネルギー伝送方式を採用することにより、世界最小の生体埋め込み対応ワイヤレス型光刺激デバイスを開発しました。
  • 本成果は、新しい光遺伝学ツールとして、脳科学や神経科学のほか、将来的には創薬・医療分野への貢献が期待されます。

奈良先端科学技術大学院大学(奈良先端大、学長:横矢 直和)先端科学技術研究科 物質創成科学領域の徳田 崇 准教授(兼任:JST 戦略的創造研究推進事業 さきがけ研究者)らの研究グループは、生体内で神経を光刺激するための世界最小のワイヤレス型デバイスを開発しました。

生命現象を光で操作する技術は光遺伝学(オプトジェネティクス)と呼ばれ、近年飛躍的な発展を遂げています。オプトジェネティクスでは、光を生体内の狙った部位に届けるための多様な技術が提案・実現されています。特に、生体内に埋め込み可能なワイヤレス型光刺激デバイスは、実験動物の負担を減らし、自由に行動させながら脳科学実験を行えるため、大きな期待が寄せられています。

オプトジェネティクスでは青色による光刺激が特に重要ですが、青色光は生体内にほとんど入っていきません。本研究では、生体内に届きやすい赤外光を照射し、そこからエネルギーを取り出して蓄積し、青色発光ダイオード(LED)を駆動して神経刺激光を発生させる手法をとりました。このため、最も一般的な半導体集積回路製造技術であるCMOS(相補型金属酸化物半導体)注1)技術を用いた超小型の光発電・制御チップを開発し、青色LEDなどと組み合わせて体積約1mm、重量2.3mgのワイヤレス型光刺激デバイスを実現しました。この技術により、脳科学・神経科学、ひいては創薬・医療分野の発展につながると期待されます。

本研究は、奈良先端科学技術大学院大学の太田 淳 教授、モントリオール理工科大学のMohamad Sawan(モハマド・サワン) 教授らと共同で行ったものであり、米国オンライン科学誌「AIP Advances」に2018年4月20日(米国東部時間)付けで掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

JST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域
「生命機能メカニズム解明のための光操作技術」
(研究総括:七田 芳則 立命館大学 総合科学技術研究機構 客員教授/京都大学 名誉教授)

研究課題名
完全ワイヤレス・インプランタブル光操作デバイスの実現

研究者
徳田 崇(奈良先端科学技術大学院大学 准教授)

研究実施場所
奈良先端科学技術大学院大学・モントリオール理工科大学

研究期間
平成28年10月~平成32年3月

JSTは本領域で、光によって生体を制御する革新的な技術の開発を目的とします。

上記研究課題では、生体内マイクロエレクトロニクスデバイス技術によって、オプトジェネティクスに応用できる光操作デバイスの実現を目指します。

<研究の背景と経緯>

今世紀に入って始まったオプトジェネティクスは急激な進歩を遂げ、脳神経科学をはじめとするバイオ分野の重要なツールとなっています。オプトジェネティクスでは、脳などの神経細胞に遺伝子操作を施し、光感受性タンパク注2)を発現させて光感受性を付与します。ChR2注3)などの代表的な光感受性タンパクは青色から緑色の光に反応します(波長0.45~0.6µm程度)が、この波長域の光は生体透過性が低いため、狙った場所を光刺激するために生体埋め込み型の光刺激技術が必要となります。当初は光ファイバーを利用した有線型光刺激が使われていましたが、現在は、小型・軽量・ワイヤレスの生体埋め込み光刺激技術の開発に多くの研究グループがしのぎを削っています。これまで多くの研究グループから、カード型乗車券などにも用いられている電磁波によるエネルギー伝送を用いた生体埋め込み型光刺激デバイスが報告されています。しかし電磁波による電力伝送は、デバイスサイズが1mm付近に至ると極端に効率が低下します。これは、電磁波を受信するアンテナのサイズがエネルギー伝送効率に直結するためです(図1a)。

<研究の内容>

徳田准教授らは、1mmクラスの超小型化のためには、電磁波方式でなく、太陽電池を用いた光電力伝送を利用するほうが合理的であると考えました。太陽電池は、面積を小さくしても得られる電圧は変わらず、電流のみが小さくなるという基本特性を持つためです(図1b)。青色光や緑色光は生体に強く吸収されるのに対し、より波長の長い赤色光や近赤外光(波長0.8~1.1µm程度)は、数mmから数cm程度の距離であれば生体内に侵入するため、埋め込み光刺激デバイスのためのエネルギー伝送に利用できます。本研究では、ごく小さな太陽電池でも、エネルギーが十分貯まるまで待ってから使えば、光刺激のための青色発光ダイオードを駆動できると考えました。

具体的な方法として、一般的な集積回路技術であるSi CMOS(相補的金属酸化物半導体)技術を利用して製造した1.25mm四方、厚さ0.15mmのチップ上に、発電能力がある超小型オンチップ太陽電池注4)17個と、電圧監視・LED制御回路を集積化しました(図2)。汎用技術で製造したCMOSチップに、独自の追加プロセス(加工処理)を施し、高性能のコンデンサ注5)チップと青色LEDチップを組み合わせることで、図3の生体埋め込み対応ワイヤレス型光刺激デバイスを実現しました。図2のデバイスに赤外光を照射すると、0.1~数秒程度の充電時間の後、十分にエネルギーが蓄積された時点で青色の発光が得られます(図4)。

<本研究の意義>

本研究で実現したデバイスの体積は約1mm、重量は2.3mgであり、これまでの報告例と比較して最小です。本成果の技術により、実験動物の負担を低減し、自由に行動させながら、より自然に近い形でオプトジェネティクス研究を行うことが期待できます。一般向け工業製品ではありませんが、研究開発のためのツールとして、脳科学・神経科学の発展、ひいては創薬や医療の発展に寄与することができます。徳田准教授は一年以内に、共同研究中のグループとの詳細な実証研究を進めたいと考えています。

<参考図>

図1 (a)電磁波電力伝送(アンテナコイル)と(b)光電力伝送(太陽電池)の、超小型化における違い

図1 (a)電磁波電力伝送(アンテナコイル)と(b)光電力伝送(太陽電池)の、超小型化における違い

電磁波による電力伝送では、エネルギーの受信にアンテナコイルが使われますが、超小型化すると、「電圧」と「電流」の両方が小さくなってしまいます。一方太陽電池では、「電圧」がそのままで、「電流」だけ小さくなります。とても小さくした場合には、太陽電池方式のほうが、失われた電圧を補う(電波を強くしたり、回路を追加したりする)必要がなく、電力の無駄を小さく、簡単な機構で青色光を出すことができます。

図2 オンチップ太陽電池集積型CMOS光受電・LED駆動チップ

図2 オンチップ太陽電池集積型CMOS光受電・LED駆動チップ

1.25mm×1.25mmのSi CMOS集積回路上に、17個のオンチップ太陽電池と、電圧を監視してLEDの駆動を制御する制御回路を搭載しています。このチップで赤外光を電気エネルギーに変換し、外部のコンデンサに電力を貯めます。電力が十分に貯まったらLEDへの電力供給を行い、青色発光を得ます。

図3 実現したワイヤレス型光刺激デバイスの(a)構造と(b)写真

図3 実現したワイヤレス型光刺激デバイスの(a)構造と(b)写真

図2のチップと、コンデンサ1個、青色LED1個を集積化して、生体埋め込み可能な光刺激デバイスを実現したものです。体積は約1mm、重量は2.3mgであり、現時点で世界最小の生体埋め込み対応ワイヤレス光刺激デバイスです。図3(b)は米国1セント硬貨(厚さ1.55mm)のふちに載せて撮影したものです。

図4 ワイヤレス型光刺激デバイスの動作の様子

 

図4 ワイヤレス型光刺激デバイスの動作の様子

図3のデバイスの動作の様子です。デバイスはスライドガラスの中央に置かれ、スライドガラス下に置いた赤外線懐中電灯からの赤外光で照らされています。赤外線を太陽電池によって電気に変換し、必要なエネルギーが貯まるごとに、自動的に青色LEDを駆動して光刺激を行います。掲載オンライン論文誌のサイトでは動作状態の動画が提供されています。

<用語解説>
注1)CMOS(相補型金属酸化物半導体)
金属と酸化物と半導体(Metal / Oxide / Semiconductor)の積層構造(MOS構造)によって実現される電界効果トランジスタ(FET)を基本素子として利用する半導体集積回路のうち、現在主流となっているものです。半導体としてSiを用いるものが一般的であり、現在の半導体集積回路の大半はSi CMOS技術によって製造されています。
注2)光感受性タンパク
光を受けて特定の動作を行う機能を持った生体分子です。オプトジェネティクスは、単細胞生物が持っていた光感受性タンパクを哺乳類の神経細胞に発現させて光感受性細胞とすることに成功したことにより始まりました。
注3)ChR2
オプトジェネティクスで利用される最も代表的な光感受性タンパクで、青色の光によって神経細胞の活動を引き起こします。もともとは植物性の単細胞生物であるクラミドモナスが持っているタンパクで、これを遺伝子操作技術によってほかの生物に発現させて利用します。
注4)オンチップ太陽電池
市販の太陽電池より性能は落ちますが、CMOS集積回路技術を使って、チップ上に小さな太陽電池構造を作ることができます。本研究ではこれを用いて光から電気エネルギーへの変換を行っています。
注5)コンデンサ
電気を貯めることができる素子で、あらゆる電子機器、電気機器に利用されている基本的な素子の1つです。さまざまなサイズと容量(貯められる電気の量)の素子があります。本研究では1mm以下のチップコンデンサと呼ばれるものを利用しました。
<論文情報>

タイトル:“1mm3-sized Optical Neural Stimulator based on CMOS Integrated Photovoltaic Power Receiver”
(CMOSチップ集積型光受電技術による1mmの光刺激デバイス)

著者名:Takashi Tokuda, Takaaki Ishizu, Wuthibenjaphonchai Nattakarn, Makito Haruta, Toshihiko Noda, Kiyotaka Sasagawa, Mohamad Sawan, and Jun Ohta

doi:10.1063/1.5024243

<お問い合わせ先>
<研究に関すること>

徳田 崇(トクダ タケシ)
奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 物質創成科学領域 光機能素子科学研究室 准教授

<JST事業に関すること>

川口 哲(カワグチ テツ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部

<報道担当>

奈良先端科学技術大学院大学 企画・教育部 企画総務課 広報渉外係

科学技術振興機構 広報課

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