天の川銀河の中心領域に過去の大爆発の証拠 -もうひとつの超巨大星団か?

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2018/03/29  国立天文台野辺山宇宙電波観測所 慶應義塾大学
[概要]

慶應義塾大学大学院理工学研究科の辻本志保(修士課程2年)および理工学部物理学科の岡朋治教授を中心とする研究チームは、 太陽系から約3万光年の距離にある天の川銀河の中心部において、一つの異常に広い速度幅を有する特異分子雲を発見しました。 特異分子雲の大きさは約50光年で、内部に少なくとも5つの膨張する球殻状の構造を含んでいます。 これは約10万年前にここで起きた大爆発の証拠と考えられます。爆発のエネルギーは超新星爆発約10個分に相当し、 ここには数十万太陽質量の超巨大星団が潜んでいると推測されます。このような銀河中心部の巨大星団の中では、 恒星やブラックホールが合体を繰り返すことによって、「中質量」のブラックホールが形成されると考えられています。 今回見つかった超巨大星団は、そのような中質量ブラックホールの「ゆりかご」の候補と考えられ、 これは2012年に同チームによって発見された星団に次いで、天の川銀河で2例目の発見となります。
本研究成果は、3月28日発行の米国の科学専門誌『The Astrophysical Journal』に掲載されました。

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図2) 内部の超巨大星団によって駆動されるL=–1.2°分子雲の想像図。(クレジット:慶應義塾大学)

[本研究のポイント]
・天の川銀河の中心部において、約10万年前に起きた大爆発の証拠を伴う特異分子雲を発見した
・爆発のエネルギーは超新星約10個分に相当し、ここに最大級の巨大星団の存在が示唆される
・これは天の川銀河では2例目の、中質量ブラックホールの「ゆりかご」の可能性がある

[研究背景]
天の川銀河を含む多くの銀河の中心には、数百万太陽質量(※1)を超える質量をもつ巨大ブラックホールがあると考えられています。 しかしながら、これらの中心核超巨大ブラックホールの起源は未だ解明されていません。1つの説として、高密度星団内における恒星同士の暴走的合体によって形成された 「中質量ブラックホール」(※2)がさらに合体を繰り返し、銀河の中心に超巨大ブラックホールを形成するというものがあります。このシナリオを検証するためには、 この中質量ブラックホールおよび高密度星団の存在を、銀河中心の近傍において実際に確認する必要があります。 一方で、慶應義塾大学の研究チームは、国立天文台野辺山45m電波望遠鏡および国立天文台ASTE 10m望遠鏡を用いた観測結果から、 天の川銀河の中心領域に4つの異常な物理状態と広い速度幅を持つ特異分子雲(L=+1.3°分子雲、L=0.0°分子雲、L=–0.4°分子雲、L=–1.2°分子雲)を発見し、 それを2012年発表の論文で報告しました(図1a)。チームはそれらについて詳細な研究を進め、以下のような成果を挙げています。
・莫大な運動エネルギーと多数の膨張球殻構造で特徴づけられるL=+1.3°分子雲は、数十万太陽質量以上の巨大星団中で起きた
多数の超新星爆発に起因する構造と結論。 中質量ブラックホールの「ゆりかご」となり得る巨大星団を間接的に検出した
可能性を指摘(2012年報道発表)[1]
・L=0.0°分子雲は、銀河系中心核「いて座A*(スター)」を取り囲む回転ガス円盤であり、その分子組成から過去の中心核活動の
痕跡を確認(2014年報道発表)[2]
・L=–0.4°分子雲の運動状態が、10万太陽質量の点状重力源による重力散乱で説明出来ることを発見。内部に中質量ブラックホールの
存在を示唆(2016年報道発表)[3]。 その後、分子雲の中心付近に中質量ブラックホール候補天体 CO–0.40–0.22*
を発見(2017年報道発表)[4]

[研究内容・成果]
今回研究チームは、上記4つの特異分子雲のうち残された1つ、L=–1,.2°分子雲の詳細な観測を進めました。使用した観測装置は、 国立天文台野辺山45 m電波望遠鏡およびハワイ・マウナケア山頂のJames Clerk Maxwell Telescopeです。 取得した一酸化炭素分子の回転スペクトル線の強度分布(図1b、c)から、このL=–1,.2°分子雲が(1)直径約50光年の楕円状をしていること、 (2)少なくとも5つの膨張する球殻構造を内包すること、(3)超新星爆発の約10個分の運動エネルギーを有すること等が明らかになりました。 膨張球殻構造の大きさと膨張速度から、それらの年齢は約6万年から11万年と算出されました。加えて、 最も年齢の若い膨張殻構造の端において一酸化ケイ素分子の回転スペクトル線が検出されました。このことは、 解離性衝撃波を生じるような激しい爆発現象がL=–1,.2°分子雲の加速に深く関わっていることを意味するものです。 これが超新星爆発であると仮定すると、ここでは数万年に1発の頻度で超新星爆発が起きていることになります。 限られた空間領域にこれだけの頻度で超新星爆発が起きるということは、ここに大規模な恒星の集団があることを意味しており、 その質量は数十万太陽質量と評価されます。これはL=+1,.3°分子雲に付随する星団と比べるとやや小規模ではあるものの、 それでも天の川銀河の中では最大級の星団質量となります。つまり、L=–1,.2°分子雲は天の川銀河の中心部において2例目の、 中質量ブラックホールが形成される「ゆりかご」の候補と考えられます。

fig1-1024図1) (a) 国立天文台野辺山 45m 電波望遠鏡および国立天文台 ASTE 10m 望遠鏡で得られた 一酸化炭素(CO) 115 GHz/346 GHz 回転スペクトル線強度の広域合成図。 (b) James Clerk Maxwell Telescopeで得られたL=–1.2°分子雲周辺のCO 346 GHz 回転スペクトル線積分強度分布と (c) 銀経-速度分布。(d) 天の川銀河の中心部を上から見た模式図。(クレジット:慶應義塾大学/国立天文台/East Asian Observatory)

[今後の展開]
これら2つの巨大星団はどこで誕生したのでしょうか? 1つの手がかりとして、両者は天の川銀河の中心に対してほぼ対象に位置していることが挙げられます。 これはガスの運動も考えあわせると、これらの巨大星団が1つの閉じた軌道上にある事を意味しているのかもしれません(図1d)。その軌道上では、 数千万年前に爆発的な星形成(スターバースト)が起きた可能性が考えられます。これらの星団中で形成された中質量ブラックホールが、 星団とともに中心核へ落ちていき、超巨大ブラックホールの形成・成長に貢献することになるのでしょう。 一方で、大きな謎が1つ未解明のまま残っています。天の川銀河の中心部に存在が示唆された2つの超巨大星団は、赤外線などの他の波長では全くその姿が見えないことです。 このことは、星団中にある星の質量分布が通常とは全く異なっている可能性を示唆しています。中性子星や白色矮星といった、 恒星進化の「なれの果て」を多分に含んでいることも考えられます。爆発にも、超新星爆発のみならず、 中性子星同士の合体などの過程が大きく寄与している可能性もあり、興味深い研究課題となっています。

参考文献
[1] 慶應義塾大学プレスリリース(2012年7月20日)
「天の川銀河の中心部に巨大ブラックホールの「種」を発見」
[2] 慶應義塾大学プレスリリース(2014年9月18日)
「天の川銀河中心の巨大ブラックホールを周回するガスリングの化学組成を初めて明らかに」
[3] 慶應義塾大学プレスリリース(2016年1月15日)
「天の川銀河の中で二番目に大きなブラックホールを発見」
[4] 慶應義塾大学プレスリリース(2017年9月5日)
「天の川銀河で中質量ブラックホール候補の実体を初めて確認」
[5] 国立天文台野辺山宇宙電波観測所ニュース(2014年9月18日)
「天の川銀河中心の巨大ブラックホールを周回するガスリングの化学組成を初めて明らかに」
[6] 国立天文台野辺山宇宙電波観測所ニュース(2016年1月15日)
「天の川銀河の中で二番目に大きなブラックホールの兆候を発見」

原論文情報
本研究成果は、3月28日発行の米国の天体物理学専門誌『The Astrophysical Journal』に掲載されました。論文の題目、および著者と所属は以下の通りです。
“Detection of Another Molecular Bubble in the Galactic Center”
辻本志保(慶應義塾大学 大学院理工学研究科 修士課程2年)
岡 朋治(慶應義塾大学 理工学部 物理学科 教授)
竹川俊也(慶應義塾大学 大学院理工学研究科 博士課程3年、日本学術振興会 特別研究員)
山田真也(慶應義塾大学 大学院理工学研究科 修士課程2年)
徳山碩斗(慶應義塾大学 大学院理工学研究科 修士課程2年)
岩田悠平(慶應義塾大学 大学院理工学研究科 修士課程2年)
Justin A. Roll(慶應義塾大学 大学院理工学研究科 修士課程2年)
『The Astrophysical Journal』, 856, Number 2, 2018 April 1
プレプリント URL : http://arxiv.org/abs/1803.07237
doi : 10.3847/1538-4357/aab36b

用語説明
※1) 太陽質量 :天文学で使われる質量の単位。1 太陽質量 =1.99×1030 kg。
※2)中質量ブラックホール :大質量星の残骸である「恒星質量ブラックホール」 (質量は太陽の数十倍程度)と銀河中心核の「巨大ブラックホール」 (質量は太陽の数百万倍以上)との間にある、中間的な質量のブラックホールのこと。

研究内容についてのお問い合わせ先
慶應義塾大学 理工学部 物理学科 教授 岡 朋治(おかともはる)
岡研究室

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