新しいゼブラフィッシュ腫瘍モデルを作製し、 腸の腫瘍が肝臓に作用するメカニズムの一端を解明

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がんが個体に悪影響を与える仕組みの理解に向けて

2018/03/29

株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR) 科学技術振興機構(JST)

ポイント
  • がん(悪性腫瘍)が個体の全身にさまざまな悪影響を与える仕組みを明らかにするため、ゼブラフィッシュの後腸腫瘍モデルを作製しました。
  • 本モデルは、肝臓の肥大や炎症、全身の成長阻害、個体の死などさまざまな異常を示しました。これはマウスがんモデルやヒトがん患者でも観察されるものです。
  • 本モデルを活用し、後腸の腫瘍が、肝臓のコレステロール-胆汁代謝の異常を介して肝臓に炎症を引き起こすことを明らかにしました。
  • がんが肝臓に悪影響を与える仕組みの理解や、生体・臓器への影響を制御しながらがんと共存できる治療法の開発につながることが期待されます。

JST 戦略的創造研究推進事業において、ERATO 佐藤ライブ予測制御プロジェクト(佐藤 匠徳 研究総括/株式会社国際電気通信基礎技術研究所(以下「ATR」) 佐藤匠徳特別研究所 所長)の河岡 慎平 グループリーダー(ATR 佐藤匠徳特別研究所 主任研究員)らは、新しいゼブラフィッシュ注1)腫瘍注2)モデルを作製し、腸の腫瘍が正常な肝臓に作用するメカニズムの一端を明らかにしました。

がん注3)(悪性腫瘍)が個体の生理に異常をもたらすことは古くから知られています。しかしそのメカニズムに関しては、不明な点が多く残されています。その原因の1つとして、がんと個体の関係を全身的に調べる目的に特化したモデルが不足していることが挙げられます。

河岡グループリーダーらは、稚魚期のゼブラフィッシュは体が数ミリメートルと小さく、全身がほぼ透明であることから、腫瘍と個体の関係を全身的に調べる目的に適していると考え、稚魚期のゼブラフィッシュの後腸注4)に腫瘍を発生させるモデル系を作製しました。作製したモデルの全身を観察したところ、後腸の腫瘍が、肝臓の肥大や炎症、個体成長の阻害、個体の死などさまざまな悪影響を引き起こすことが分かりました。

本モデルを用いてさらに実験を行った結果、後腸の腫瘍が、肝臓のコレステロール-胆汁代謝注5)に作用することが分かりました。この作用には、肝臓において発現するコレステロール代謝酵素遺伝子cyp7a1注6)が関わっており、cyp7a1を介して実験的に代謝異常を緩和すると、後腸の腫瘍に依存的な肝臓の炎症が抑制されました。以上のことから、後腸の腫瘍が正常な肝臓にどのように影響するかというメカニズムの一端が明らかとなりました。

本研究は、国立遺伝学研究所 川上 浩一 教授、東京大学 鈴木 穣 教授の協力を得て行われました。

本研究成果は、2018年3月28日(英国時間)に「Disease Models & Mechanisms」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)

研究プロジェクト
「佐藤ライブ予測制御プロジェクト」

研究総括
佐藤 匠徳(株式会社国際電気通信基礎技術研究所 佐藤匠徳特別研究所 所長)

研究期間
平成25年10月~平成31年3月

上記研究課題では、生命現象の多階層システムの「根底にある支配的メカニズム」を解明し、さらに多階層システムの破綻と疾患との因果関係を明らかにします。そして、多階層システムの全体像から個別の現象までが統合的に捉えられる「いきものの設計図」を作製することを目指しています。

<研究の背景と経緯>

近年の分子生物学、医学の発展により、がんの実体に関する私たちの理解は大きく前進しました。対象とするがんの性質を調べ上げ、その性質に応じた治療もできるようになってきています。しかし、がんは治療に対する抵抗性を獲得することがあります。またがん治療の多くは副作用を伴います。従って、すべてのがん患者が根治を望める治療を受けられるわけではありません。その一方で、がんという局所の異常がいかにして正常な他の臓器に作用し、個体全体に異常をもたらすのかについては、非常に多くの謎が残されています。がんが個体に悪影響を与えるメカニズムを明らかにし、これを制御することにより、がんによる個体への悪影響を緩和し、がん患者のQOL(生活の質)を向上させる方法を発見できる可能性があります。

<研究の内容>

がんが個体に悪影響を与えるメカニズムを明らかにするためには、がんと個体の関係を観察しやすいモデルを作ることが有効であると考えられます。そこで本研究グループは、脊椎動物でモデル生物の1つであるゼブラフィッシュに着目しました。ゼブラフィッシュは哺乳類と類似した臓器を多く持っており、また稚魚は小さくほぼ透明であるという特徴を持ちます。稚魚のうちに腫瘍を発生するモデルを作ることによって上記の目的を達成しやすくなると期待をもって、新しいゼブラフィッシュ腫瘍モデルの開発に取り組みました。

その結果、ゼブラフィッシュ稚魚の後腸に腫瘍を発生するモデルを作製することに成功しました。本モデルは、最も有名ながん遺伝子の1つであるkrasG12D注7)を後腸特異的に発現するモデルであり、krasG12Dを発現すると、稚魚の後腸に100パーセントの確率で腫瘍が発生します。本モデルを用いることにより、腫瘍個体の肝臓に炎症が起きる様子や、肝臓が肥大化する様子、個体の成長が阻害される様子を、生きたままの個体で、容易に観察することができました。これらの症状はマウスがんモデルやヒトがん患者でも観察されることから、本ゼブラフィッシュ腫瘍モデルの妥当性が示唆されました。

さらに、腫瘍による個体への悪影響を引き起こす遺伝子を発見するための実験を行いました。その結果、腫瘍を持つ個体が、コレステロール代謝酵素遺伝子cyp7a1に依存的なコレステロール-胆汁代謝に異常を来すことが分かりました。興味深いことに、腫瘍個体における本代謝異常を実験的に回復させたところ、肝臓の炎症が緩和されました。一方、この操作は、肝臓の肥大や個体成長阻害、個体の死には影響しなかったため、腫瘍と個体の関係をつなぐ遺伝子は複数あることが示唆されました。以上から、後腸の腫瘍と正常な肝臓の関係についての個体レベルのメカニズムの一端が明らかとなり、新しく作製したゼブラフィッシュ腫瘍モデルの有用性が示されました。

<今後の展開>

本研究で作製したゼブラフィッシュ腫瘍モデルを用いれば、マウスがんモデルと比較して、より安価に、短期間で、全身的に、多くの個体を用いて実験を行うことができます。また、前述のように、本モデルは、マウスがんモデルや、ヒトがん患者でも観察されるような異常を示します。本モデルを活用した薬剤、あるいは遺伝学的なスクリーニング注8)を行うことで、cyp7a1のような、がん-個体の関係に重要な遺伝子を発見できると考えられます。そのようにして発見された遺伝子を起点として、がんが肝臓に悪影響を与える仕組みの理解や、生体・臓器への影響を制御しながらがんと共存できる治療法の開発につながることが期待されます。

<参考図>

図1

図1

図2 新しいゼブラフィッシュ腫瘍モデルの特徴と本研究が明らかにした腫瘍-肝臓クロストーク

図2 新しいゼブラフィッシュ腫瘍モデルの特徴と本研究が明らかにした腫瘍-肝臓クロストーク
  • (A)本モデルの特徴
    ゼブラフィッシュは、体が数ミリメートルと小さく、全身がほぼ透明で、発生が早いなどがんと個体の関係を全身的に調べるという目的に適した特徴を備えています。
  • (B)後腸の腫瘍が引き起こす全身の異常
    本モデルを用いれば、腫瘍により引き起こされたさまざまな悪影響を、生きたままの個体で効率的に研究することができます。実際に、がんが肝臓に作用するメカニズムの一端を解明することができました。
<用語解説>
注1)ゼブラフィッシュ
モデル生物の1つ。マウスと比較して安価に飼育できること、一度に大量の個体を手に入れられること、稚魚期は体のサイズが小さく、透明であるなどの特徴を持っており、発生学や神経科学、腫瘍学などさまざまな分野で利用されています。
注2)腫瘍
細胞の異常増殖により形成される集団。このことを細胞の過形成ともいいます。良性腫瘍、悪性腫瘍に分けられます。注3)がんも参照。
注3)がん
悪性腫瘍の別名。細胞の過形成(腫瘍)のうち、組織浸潤し、血管やリンパを介して過形成が発生した場所とは異なる場所に移動し得るものを指します。この定義は形成された腫瘍のかたちやふるまい(組織学)に基づいており、厳密には良性、悪性という言葉と、当該腫瘍が体に悪いかどうかということには直接の関係はありません。実際、本研究で作製したモデルは組織学的には良性腫瘍ですが、個体にさまざまな悪影響を及ぼします。
注4)後腸
ゼブラフィッシュの後腸は、組織の構造や遺伝子の発現の観点から、哺乳類の小腸、結腸、直腸に当たるものであるとされています。
注5)コレステロール-胆汁代謝
コレステロールから胆汁が作られる一連の代謝反応。哺乳類の胆汁の主成分は胆汁酸、ゼブラフィッシュの胆汁の主成分は胆汁アルコールです。
注6)cyp7a1
コレステロールから胆汁が作られる一連の代謝反応の律速段階を担う代謝酵素遺伝子。ゼブラフィッシュから哺乳類まで、進化的に保存されています。
注7)krasG12D
最も有名ながん遺伝子の1つ。krasたんぱく質の12番目のアミノ酸グリシンが、遺伝子変異によってアスパラギン酸へと置換されています。
注8)薬剤・遺伝学スクリーニング
薬剤や、遺伝子の破壊、過剰発現などを利用して、研究対象である生命現象に重要な薬剤、遺伝子を探す(スクリーニングする)こと。
<論文情報>

タイトル:“A novel zebrafish intestinal tumor model reveals a role for cyp7a1-dependent tumor-liver crosstalk in tumor’s adverse effects on host”
(新しいゼブラフィッシュ腫瘍モデルから明らかとなったcyp7a1依存的な腫瘍-肝臓クロストーク)

著者:Sora Enya, Koichi Kawakami, Yutaka Suzuki, Shinpei Kawaoka

doi:10.1242/dmm.032383

<お問い合わせ先>
<研究に関すること>

ERATO 佐藤ライブ予測制御プロジェクト
株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR) 佐藤匠徳特別研究所 担当

<JST事業に関すること>

科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部
大山 健志(オオヤマ タケシ)

<報道担当>

株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR) 経営統括部 企画・広報チーム
URL:http://www.atr.jp/index.html

科学技術振興機構 広報課