全国のソメイヨシノの花びらに付着したDNAを解析し、環境中に存在するDNAの由来を調査

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2018/03/19 国立遺伝学研究所

ライフサイエンス統合データベースセンター(DBCLS)

生命ネットワーク研究室・有田研究室

Collaborative environmental DNA sampling from petal surfaces of flowering cherry Cerasus × yedoensis ‘Somei-yoshino’ across the Japanese archipelago

Ohta T, Kawashima T, Shinozaki NO, Dobashi A, Hiraoka S, Hoshino T, Kanno K, Kataoka T, Kawashima S, Matsui M, Nemoto W, Nishijima S, Suganuma N, Suzuki H, Taguchi Y, Takenaka Y, Tanigawa Y, Tsuneyoshi M, Yoshitake K, Sato Y, Yamashita R, Arakawa K, Iwasaki W

Journal of Plant Research 2018, Epub ahead of print. DOI:10.1007/s10265-018-1017-x

概要

複数の研究機関から研究者が参加した研究プロジェクト「お花見プロジェクト」によって、ソメイヨシノの花びら表面に付着した環境DNAのサンプルを収集し、DNAの由来を解析しました。プロジェクトはクラウドソーシングのアプローチを採用し、150名以上の協力者を得て、2015年春に全国の577地点からサンプルを収集しました。プロジェクトチームは、収集された環境DNAの塩基配列を高速DNAシーケンサーによって解析し、データベースに登録された配列と比較することで、その由来を調べました。その結果、ソメイヨシノの花びらの表面から、ソメイヨシノ自身のものと思われるDNAの他に、スギを始めとする異なる植物由来と考えられるDNAが存在することがわかりました。本研究プロジェクトは全ての研究データを公開しており、関連する環境DNAの研究にとって貴重な参照データとなることが期待されます。また、短い期間のうちに全国規模でサンプルを集めた世界でも珍しいプロジェクトとして、科学研究におけるクラウドソーシングの有効性を示すことができました。

Figure1

図1: サンプリングの様子。桜の花びらを綿棒状の採取キットでぬぐうことで、表面に付着する環境DNAを採取する。

背景

生命の設計図とも呼ばれるDNAは、生物の組織や分泌物の飛散によって、環境中のいたるところに存在していることがわかっています。このように特定の生体サンプルではなく、環境中から検出されたDNAは環境DNAと総称され、人工物の表面や生物の体表面からも見つかります。環境DNAの由来を調べることで、そのDNAが見つかった場所が、どのような生物が存在する環境であるかを知ることができます。樹木などの植物の表面にも環境DNAは付着しており、これらを調べることは植物の生育している環境のことを知る手がかりになります。特に花を咲かせる植物において、開花直前まで外界に晒されていない花びら表面に付着する環境DNAを調べることで、開花してからの環境の情報を読み取ることができると考えられます。

ソメイヨシノ (学名 Cerasus × yedoensis ‘Somei-yoshino’) は沖縄県や北部北海道を除く日本全国で見ることのできる桜の一種で、観賞用にも人気のある桜の品種として親しまれています。ソメイヨシノは特定の気候条件が整った際に、一週間程度の短い期間だけ開花するという特徴を持っています。さらに、ソメイヨシノは自家不和合性の品種であり、接木で増やされ全国に広まりました。つまり、全てのソメイヨシノは同じゲノムを持つクローンだということです。そのため、ソメイヨシノの開花後、花びら表面に付着する環境DNAを全国から集めて解析し、比較することによって、環境DNAを通した生息環境の比較を行うことができると考えられます。しかし、開花の期間が短く、また全国の様々な場所で見られるソメイヨシノに付着したDNAのサンプルを大量に得ることは、単独の研究チームでは時間と費用の両面が問題となり、困難でした。そこで、全国に点在する研究者に呼びかけ、ソメイヨシノからDNAをサンプリングしてもらい、集まったサンプルを比較解析する「お花見プロジェクト」が2015年に企画されました。

成果

お花見プロジェクトでは、最新の高速DNAシーケンサーに関する研究交流を行っている「NGS現場の会」を通して、全国の大学や研究所、企業に所属する研究者に参加を呼びかけ、環境DNAのサンプリングを依頼しました。その結果、約150名の協力者を得て、577ものサンプルを集めることに成功しました。サンプルは沖縄県を除く全ての都道府県から届き、2015年の最も早い開花時期であった3月中頃から、最も遅い開花時期であった5月前半のうちにサンプリングが完了しました。協力者には、環境DNAを採取するための綿棒状のキットを送付し、ソメイヨシノの花びらの表面をぬぐうことで環境DNAを採取してもらいました (図1)。

研究チームは、集められた環境DNAサンプルから微生物の系統判別に用いられる 16S rRNA と呼ばれるDNA配列を対象に、高速DNAシーケンサーで配列の解読を行いました。これによって、開花して数日から一週間という短い期間においても、環境DNAが花びらに付着していることが明らかになりました。さらに、得られた塩基配列をデータベースに登録された情報と比較することで、環境DNAが何の生物に由来するものかを調べました。結果として、桜の花びらから様々な生物に由来するDNAが見出されました。特徴的なものとして、スギと思われる植物に由来するDNAが付着しているサンプルが多く見出されました。この結果は、開花後間もないソメイヨシノの花びらに、スギ花粉が飛散し、付着している可能性を示唆しています。しかし同時に、ソメイヨシノの花びらに付着した環境DNAの由来をさらに正確に調べるためには、より精度の高いサンプリング方法と、DNA配列解析の工夫が必要であることもわかりました。

展望・波及効果

本プロジェクトでは、短期間に広範囲の地点から環境DNAのサンプルを得るために、クラウドソーシングを採用し、同手法が科学研究においても重要な手段となり得ることを示しました。さらに、開花後1週間前後という短い期間にしか採取できないサンプルを、日本全国という大規模な範囲から得ることに成功した世界でも例の少ないプロジェクトとなりました。また、同じ条件で開花するクローン植物というユニークな性質をもつソメイヨシノに付着する環境DNAを数多く採取し解析した結果は、関連するプロジェクトにとって優れた参照データになる可能性があります。ソメイヨシノという日本に馴染みの深い植物を通して、環境DNAの解析による様々な研究成果にも目が向けられることを期待しています。

研究プロジェクトについて

お花見プロジェクトは、NGS現場の会 第四回研究会 の主催者チームによって企画されました。同研究会の参加者を通してお花見プロジェクトへの参加者を募り、サンプルの収集を行いました。収集されたDNAの塩基配列解析は研究会主催者チームによって行われました。塩基配列データの解析は、プロジェクト参加者からの希望者によって行われました。塩基配列データや、関連するサンプルの情報は、全て国立遺伝学研究所 DNA Data Bank Japan (DDBJ) に寄託され、一般に公開されています。プロジェクトにおけるサンプリングキットの購入や配布、DNA解析の費用は NGS現場の会 第四回研究会 の運営費から支出されました。データの解析の一部は、遺伝学研究所のスーパーコンピューターシステムを利用しました。

補足情報

Journal of Plant Research に掲載された論文の Fig. 1b において、説明文では “ID 005789” とありますが、これは正しくは “ID 005754” の誤りです。論文のデータの解釈や結論には影響を与えないため、修正 (Erratum) は出版されませんが、この場で訂正させていただきます。

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