山地の雲や霧がもたらした放射能汚染を解明

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航空機モニタリングと数値シミュレーションによる解明

2018/03/07 国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 国立大学法人茨城大学

【発表のポイント】

  • 東京電力ホールディングス株式会社福島第一原子力発電所事故の際に大気へと放出された放射性エアロゾル1)は、降雨に取り込まれて落下し、東日本に放射能汚染を引き起こしたと考えられていた。
  • 原子力機構、茨城大学等の研究チームは、航空機モニタリング2)と大気拡散モデルWSPEEDI-II3)のシミュレーションを用いた解析によって、東日本の山地では、放射性エアロゾルが霧や雲に取り込まれて落下していたことを明らかにした。
  • この知見は、東京電力ホールディングス株式会社福島第一原子力発電所事故の影響のあった山間部における汚染の実態解明に役立つと考えられる。また、PM2.5をはじめとする様々な大気汚染物質の挙動にも共通するものであり、環境科学分野の発展に役立つと期待されている。

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 (理事長 児玉敏雄、以下、「原子力機構」という) 福島研究開発部門 福島環境安全センター 放射線監視技術開発グループの眞田幸尚グループリーダーは、茨城大学や産業技術総合研究所の研究者や民間企業の技術者*と共同で、航空機による広域観測と数値シミュレーションを組み合わせた解析を行い、2011年の東京電力ホールディングス株式会社福島第一原子力発電所事故(以下、「福島第一原発事故」という)の際に我が国の多くを占める山地で引き起こされた放射能汚染のメカニズムを解明しました。

福島第一原発事故時に大気中へと放出された放射性エアロゾル(セシウム137)は、東日本の範囲に落下(沈着)し、放射能汚染をもたらしました。この汚染は、上空に広がった雨雲に取り込まれて降雨とともに落ちる湿性沈着が原因であると考えられてきました。しかし、日本の大部分を占める山地の降雨観測データは気象庁の観測所や測候所がないために不十分であり、加えて山地の中腹で放射能が高くなるという湿性沈着では説明できない現象も観測されています。そこで、本研究チームでは、航空機モニタリングとWSPEEDI-IIによる大気拡散シミュレーション、そして降雨の観測データを総合的に解析する手法をとり、その結果、山地においては霧や雲に取り込まれた放射性エアロゾルが陸上植生などに直接沈着する過程(霧水沈着)が地表汚染の引き金となっていたことを明らかにしました。この知見は、放射能汚染による健康影響評価の精度の向上に繋がるだけでなく、PM2.5などの大気汚染物質による地表汚染のメカニズムの解明(エアロゾル科学の発展)にも大きく貢献することが期待されます。

本研究成果は、2018年3月15日に総合的な環境学の専門誌である「Science of the Total Environment」の618号に掲載されます(2017年11月7日付でオンライン掲載済み)。

* 茨城大学(学長:三村信男)地球変動適応科学研究機関の堅田元喜講師、国立研究開発法人 産業技術総合研究所 (理事長:中鉢良治) 環境管理研究部門 大気環境動態評価研究グループの兼保直樹研究グループ長、株式会社ヴィジブルインフォメーションセンター、株式会社NESI及び応用地質株式会社の技術者

【研究の背景と目的】

環境中に放出された放射性エアロゾルは、風とともに大気中を拡散し、降雨などによって陸上に沈着します。福島第一原発事故時に大量に沈着したセシウム137については、放射能による健康被害が懸念されており、そのため、セシウム137の沈着過程4)を明らかにすることが重要です。一方、事故の直後から様々な研究教育機関で放射性エアロゾルの大気拡散シミュレーションが行われ、汚染の原因として雨天時に放射性エアロゾルが雨雲に取り込まれて落下する湿性沈着が指摘されてきました。しかしながら、事故により汚染した福島・栃木・群馬県などの山地では気象庁の観測所や測候所がないために降雨の観測データがほとんどなく、シミュレーション結果が正しいかどうかはわかりませんでした。加えて、事故の後、山地の中腹で空間線量率(地表沈着量)が高くなるという、湿性沈着では説明がつかない現象も観測されていました。そこで、標高による空間線量率の変化(高度分布)を詳細に捉えることができる航空機モニタリングとシミュレーションを組み合わせた新たな手法によって、現象の解明を目指しました。

【研究の手法】

解析には、原子力機構を中心とする研究メンバーが事故直後から実施してきた有人のヘリコプターを用いた航空機モニタリングによる高解像度の空間線量率の観測データと、様々な沈着過程が考慮されているWSPEEDI-IIを用いたセシウム137の大気中濃度と地表沈着量の計算結果を用いました。山地の解析対象として、放射能汚染が確認されている5つの特徴的なエリア(エリア1~5)を選定しました(図1)。それぞれのエリアの空間線量率の観測結果と地表沈着量の計算結果の高度分布を比較することで、シミュレーション結果の精度を確認するとともに、主要な沈着過程を調べました。

図1 航空機モニタリングによる観測結果とシミュレーションによる計算結果の比較。左:着目したエリア1~5の位置関係と航空機モニタリングによる空間線量率の空間分布、右上:エリア内の高度の存在割合(棒グラフ)と2012年6月における空間線量率の観測結果の高度分布、右下:2012年3月31日時点の放射性セシウム137の積算沈着量の高度分布。

【得られた成果】

福島第一原発(放出源)の遠方(エリア1)とごく近傍(エリア5)では、観測された空間線量率の変化が標高に対して小さく、シミュレーションの結果からはセシウム137の湿性沈着が起こった際に降雨が広い範囲で確認されていたことから、航空機モニタリングとシミュレーションは整合的でした。一方、その他の地域では、山地の中腹など特定の高度で空間線量率が高くなっていました(図1右上)。シミュレーションでは、湿性沈着による放射能汚染が計算されましたが(図1右下)、汚染が起きた際には降雨は見られず、観測結果を再現していませんでした。

さらに解析を進めると、標高によって空間線量率が変化する原因として霧水沈着が考えられることがわかってきました(図2)。事故当時、放射冷却などに伴う逆転層5)に伴う霧や山頂に発生する笠雲が発生しやすい条件が整っていました。さらに、山地には樹木が林立していることが多く、霧や雲にさらされる林縁部で沈着量が増大していた可能性も示されました。また、湿性沈着よりも霧水沈着の方が観測結果と近くなっている場合が確認されました。

図2 本研究で示唆された放射性エアロゾルの沈着過程の模式的説明。
放出源の遠方や近傍では湿性沈着が重要であったが、山地では逆転層で発生した霧や笠雲による霧水沈着が林縁部で増大していた可能性がある。

【波及効果と今後の展望】

本研究で得られた山地における放射性エアロゾルの沈着過程に関する新たな知見は、近年東アジアに深刻な健康被害をもたらしているPM2.5などの大気汚染物質にも共通するものであり、環境科学分野の発展に繋がると期待されています。今後、時期の異なった航空機モニタリングデータの解析を進めることにより、事故の実態を解明すべくさらなる研究に取り組んでいきます。

【波及効果と今後の展望】

雑誌名:Science of the Total Environment 618 (2018) 881–890

タイトル:Altitudinal characteristics of atmospheric deposition of aerosols in mountainous regions: Lessons from the Fukushima Daiichi Nuclear Power Station accident

著者:Y. Sanada1, G. Katata2, N. Kaneyasu3, C. Nakanishi1*, Y. Urabe4, Y. Nishizawa5

所属:1日本原子力研究開発機構, 2茨城大学, 3産業技術総合研究所, 4株式会社NESI, 5応用地質株式会社, *株式会社ヴィジブルインフォメーションセンター

【用語解説】

1) エアロゾル

気体中に浮遊する微小な液体または固体の粒子。

2) 航空機モニタリング

有人のヘリコプターを用いた放射線のモニタリング。現在でも原子力規制庁により、定期的に実施されており、そのモニタリング結果はホームページに公開されている。
規制庁HP: http://radioactivity.nsr.go.jp/ja/list/191/list-1.html

3) WSPEEDI-II(Worldwide version of System for Prediction of. Environmental Emergency Dose Information:世界版緊急時環境線量情報予測システム第2版)

原子力発電所などから放射性物質が大気中に放出される事態に備えて、大気拡散状況を迅速に予測するシステムであるSPEEDIの世界版。世界中の任意の地点から大気に放出された放射性物質の移流拡散および沈着過程を局地から領域・半球規模で計算できる。

4) 沈着過程

大気中に放出された汚染物質が地上に沈着する過程の総称。大気中のガスやエアロゾルが乱流により地上に運ばれ樹木や土壌に沈着する乾性沈着、雨滴に取り込まれて地上に落下する湿性沈着、そして霧水や雲水に取り込まれて乱流により地上に運ばれ沈着する霧水沈着がある。

5) 逆転層

夜間の放射冷却などによって地面付近が冷却されることにより、発生する上空に行くほど気温が高くなっている層。

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