ナノ合金の画期的な結晶構造制御法の開発に成功

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革新的材料の創製へ

平成30年2月6日

京都大学
九州大学
高輝度光科学研究センター
科学技術振興機構(JST)

ポイント

  • これまで自由に制御できなかったナノ合金材料の結晶構造が制御できることを明らかにした。
  • 金とルテニウムのナノ合金について、同一組成でも異なる結晶構造の作り分けに世界で初めて成功した。結晶構造が異なれば、触媒活性などの物質の性質が全く異なるため、結晶構造の作り分けで、同じ金属種・組成の合金で全く違う材料を創出できたと言える。
  • この手法の応用により、新規材料の設計や既存材料の性能向上が期待される。

京都大学 大学院理学研究科 草田 康平 特定助教、北川 宏 教授らの研究グループは九州大学 大学院工学研究院 松村 晶 教授、JASRIと共同して、ナノ合金の画期的な構造制御法の開発に成功しました。本成果は革新的材料の創製へとつながると期待されます。

ナノ材料は10-9メートル(ナノメートル)単位の精度で制御された次世代産業の基盤技術であり、家電製品や化粧品などの日用品から化学プラントにおける触媒などの工業用まで、幅広い用途が期待されている材料です。なかでもナノ合金材料は磁性体、触媒、光学材料などとして幅広く研究されています。

ナノ合金材料を設計する際には、金属元素の種類、組成、粒子サイズ、形状などが主な設計指針であり、結晶構造は金属元素の種類と組成により一義的に決まるため、制御できないものとして認識されていました。

本研究では、一般的なナノ合金粒子の合成方法である化学的還元法注1)の特徴をうまく利用することにより、金(Au)とルテニウム(Ru)という組み合わせによる固溶体ナノ合金合成において、面心立方格子(fcc)と六方最密構造(hcp)の固溶体ナノ合金を作り分けることに成功しました(図)。本成果は、ナノ合金材料の設計において結晶構造が新たな設計指針となり得ることを示したと言えます。

今回開発された手法はこれまで自由に制御できなかったものを新たな設計手法として利用できる可能性を示しました。さらに、他の合金系にも応用することが可能であると考えられるため、これまで工業的に広く利用されているナノ合金材料でも、合成方法を検討するだけでバルク注2)の合金状態図注3)にとらわれずに結晶構造を制御でき、その触媒性能などの向上や、既存材料の弱点を克服できることが期待されます。

本研究成果は、日本時間2018年2月6日付で英雑誌「Nature Communications」に掲載されます。

本研究はJST 戦略的創造研究推進事業(ACCEL)「元素間融合を基軸とする物質開発と応用展開」(研究代表者:北川 宏、プログラムマネージャー:岡部 晃博、研究開発期間:平成27年8月~平成32年3月)、一部は文部科学省のナノテクノロジープラットフォーム事業の九州大学 超顕微解析研究センター「微細構造解析プラットフォーム」の支援を受けて実施しました。

<背景>

単純な金属は、体心立方格子(bcc)、面心立方格子(fcc)、六方最密構造(hcp)という主に3つの基本的な結晶構造のうちのいずれかを持ち、合金の結晶構造は金属の種類の組み合わせと組成で決まっています。いくつかの金属は温度によってその結晶構造が変わります。例えば鉄は室温でbcc構造をとり強磁性体と

晶構造は金属の種類の組み合わせと組成で決まっています。いくつかの金属は温度によってその結晶構造が変わります。例えば鉄は室温でbcc構造をとり強磁性体として磁石にくっつきますが、911℃以上の高温ではfcc構造をとり非磁性体となって磁石に応答しなくなります。このように、結晶構造はその化学的・物理的性質と密接に関係しているため、結晶構造が変われば金属の物性は大きく異なります。

これまで、金属の結晶構造は、金属組織学注4)において明らかにされた状態図に従って変化し、自在に制御できるものではないと考えられてきました。当研究グループでは、バルクの状態図にとらわれず材料開発を行うため、粒径をナノメートルオーダーまで小さくすることで、混ざらない金属同士を原子レベルで混ぜる技術などを開発してきました。

また同グループは、2013年に白金族元素の1つであるルテニウム(Ru)の結晶構造を制御することには成功していました。ルテニウムは融点までの全温度領域で通常hcp構造のみをとりますが、合成条件によりfcc構造に変えることができました。これにより、一酸化炭素の酸化反応触媒活性を向上させることを見いだしました。しかしながら、合金で金属の組み合わせや組成を変えることなく結晶構造を制御した報告例はこれまで世界的にもありませんでした。

<研究手法・成果>

本研究では、ナノ合金粒子の結晶構造を制御するため、一般的な金属ナノ粒子の合成方法である化学的還元法の特徴に着目しました。化学的還元法は、粒径成長を抑制するポリマーなど保護剤の存在下で、金属前駆体(金属イオン)を還元剤で還元して原子に変え、それらを自己集合させることでナノ粒子を得る合成方法です。そのため、金属前駆体を還元するタイミングなどを制御することでさまざまなタイプの金属ナノ粒子を合成することが可能です。

これまで当研究グループはこの化学的還元法を用いて、バルクでは混ざらない金属の組み合わせで原子レベルに混ざった(固溶体)ナノ合金粒子などを開発してきましたが、合金を合成するには構成元素の前駆体を同時に還元する必要がありました。本研究では、その還元のタイミングにわずかな差をつけることで、合金を形成しつつも、その結晶構造を制御することを可能にしました。

合金の構成元素の元々の結晶構造が異なる場合(例えば1つの金属はfcc構造でもう1つの金属はhcp構造など)には、ナノ合金粒子の結晶構造は結晶核の構造に支配され成長していくと考えられます。そこで、合金形成の過程でわずかに早く還元し始めた金属が結晶構造を支配すると予想し、hcp構造のルテニウム(Ru)とfcc構造の金(Au)を用いて実証しました。金属前駆体の種類や反応条件を変え、RuイオンおよびAuイオンの還元スピードが異なるように絶妙に制御することで、hcp構造とfcc構造の固溶体合金を同組成で作り分ける事に成功しました。

ナノ合金結晶の構造は原子分解能走査透過型電子顕微鏡および大型放射光施設SPring-8注5)のBL02B2における放射光粉末X線回折注6)実験で、合金形成メカニズムは紫外可視分光および電気化学実験で明らかにしました。本研究のような結晶構造の制御はこれまで報告例がなく、これまで自由に制御できなかったものを新たな設計手法として利用できる可能性を示しました。

<波及効果、今後の予定>

本研究で用いた金は、光学ナノ材料として広く研究されているほか、工業プロセスでは酸化エステル化反応の触媒などに使用されていますが、およそ5000円/gと高価な元素です。一方、ルテニウムは貴金属の一種ですが、数百円/gと比較的安価です。ルテニウムは高融点の元素であり、工業用化学触媒や電子部品などとして利用されています。金とルテニウムの合金を作製し、その結晶構造の制御を行うことで、従来の金やルテニウムにはなかった特性を持つ材料が開発できると期待されます。

本研究では1つの例としてルテニウム(hcp構造)と金(fcc構造)の合金系を使用しましたが、同様の制御は異なる結晶構造を有する金属から構成される他の合金系にも応用可能と考えられます。そのため、合金状態図には存在しない結晶構造を持つ合金も合成が可能となり、これによって触媒や磁性材料など工業的に広く用いられているナノ合金材料の性能向上や弱点の克服が期待されます。

<参考図>

図 結晶構造の選択的制御

図 結晶構造の選択的制御

<用語解説>

注1)化学的還元法
金属前駆体中の金属イオンを還元剤で還元して原子に変え、その原子が自己集合して粒子が大きくなる過程を、保護剤を用いることで抑制し、ナノメートルオーダーの粒子を得る方法。
注2)バルク
大きな粒子径を持つ物質。一般的に市販されている金属粉末などはバルク状態にある。
注3)状態図
物質系の状態が状態変数によってどのように変わるかを示す図。状態変数としては温度、圧力、密度、多成分系ではこれらのほかに成分比などがとられる。
注4)金属組織学
金属・合金の結晶組織および構造と、金属の組成・加工状態・物性などとの関連を求める学問。
注5)大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転と利用者支援は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
注6)粉末X線回折
粉末にX線を照射すると、結晶を構成する原子や分子の規則正しい配列に応じた回折現象(回折パターン)が観測される。この回折パターンを解析することで、結晶中で原子や分子がどのように配列しているのかを明らかにすることができる。

<論文情報>

タイトル Selective control of fcc and hcp crystal structures in Au–Ru solid-solution alloy nanoparticles
著者名 Quan Zhang, Kohei Kusada, Dongshuang Wu, Tomokazu Yamamoto, Takaaki Toriyama, Syo Matsumura, Shogo Kawaguchi, Yoshiki Kubota and Hiroshi Kitagawa
掲載誌 Nature Communications
doi 10.1038/s41467-018-02933-6

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

北川 宏(キタガワ ヒロシ)
京都大学 大学院理学研究科 教授

<JST事業に関すること>

寺下 大地(テラシタ ダイチ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部

<SPring-8/SACLAに関すること>

公益財団法人 高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課

<報道担当>

京都大学 総務部広報課 国際広報室

九州大学 広報室

科学技術振興機構 広報課

 

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