偏極陽子と原子核の衝突反応で大きな左右非対称性を発見

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極小世界のビリヤード実験

2018-01-09 理化学研究所,日本原子力研究開発機構

要旨

理化学研究所(理研)仁科加速器研究センター理研BNL研究センター実験研究グループの秋葉康之グループリーダー、延與放射線研究室の中川格専任研究員とキム・ミンジョン国際プログラム・アソシエイト(研究当時)、日本原子力研究開発機構の谷田聖研究副主幹らが参画するPHENIX実験国際共同研究グループ[1]は、米国ブルックヘブン国立研究所(BNL)の「RHIC(リック)衝突型加速器」[2]を使って、偏極陽子と金原子核の衝突反応により生成される中性子の飛び出す方向に、左側へ約15%の偏りがあることを発見しました。

陽子を含む全ての粒子には、地球の自転に似た「スピン」と呼ばれる、向きを表す性質があります。また、複数の粒子のスピンの向きを揃えた状態を「偏極」と呼びます。偏極陽子が原子核との衝突により中性子に姿を変える際、生成された中性子の飛び出す方向に“左右の偏り”が生じることを「左右非対称性」があるといいます。2007年、理研の研究グループはRHICを使って偏極陽子と偏極していない陽子を衝突させた結果、生成された中性子が偏極陽子の進行方向に対して右側に約5%多く飛び出すことを発見しました注1)。この左右非対称性は、のちに「強い相互作用[3]」の理論で説明されました。

この理論では、陽子のスピンの向きが同じなら、衝突相手が陽子よりも大きい原子核でも、中性子生成の左右非対称性は衝突相手が陽子の場合と大きくは変わらないと予想されています。例えばビリヤードで、真上から見て反時計回りの回転を与えた突き玉を標的玉に当てると、突き玉は右側に弾かれます。このとき、標的玉をより大きく重いボーリング玉に変えても、やはり突き玉は右側に弾かれると予想されます。弾かれる方向に影響するのは突き玉の回転方向と考えられるためです。

そこで、国際共同研究グループは、この予想を検証するためにRHICを使って衝突エネルギー200 GeV(ギガ電子ボルト、ギガ=10億)で、偏極陽子と、陽子より大きく重い粒子であるアルミニウムおよび金の原子核を衝突させる実験を世界で初めて行いました。その結果、アルミニウム原子核との衝突では、中性子生成に左右非対称性はほとんどみられませんでしたが、金原子核との衝突では、中性子が左側へ約15%より多く飛び出すことを発見しました。この結果は予想と全く逆で、国際共同研究グループは非常に驚きました。

本研究は、米国の科学雑誌『Physical Review Letters』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(1月8日付け:日本時間1月9日)に掲載されます。

注1)Y. Fukao, et al., “Single Transverse-Spin Asymmetry in Very Forward and Very Backward Neutral Particle Production for Polarized Proton Collisions at s**(1/2) = 200-GeV.” Phys. Lett. B650 (2007) 325-330.

背景

陽子を含む全ての粒子には、地球の自転に似た「スピン」と呼ばれる向きを表す性質があり、複数の粒子のスピンの向きを揃えた状態を「偏極」といいます。偏極陽子は衝突により中性子に姿を変えた際、その中性子の飛び出す方向に“左右の偏り”が生じると、この偏りを中性子生成の「左右非対称性」といいます。

2007年、理研の実験研究グループは、米国ブルックヘブン国立研究所の「RHIC(リック)衝突型加速器」(図1)を使って衝突エネルギー200 GeV(ギガ電子ボルト、ギガ=10億)で、偏極陽子と偏極していない陽子を衝突させる実験を行いました。その結果、偏極陽子の進行方向に対し、生成された中性子は右側に約5%多く飛び出すことを発見しました。これは、同様の衝突を200回繰り返した場合、中性子が105回は右側に飛び出し、95回は左側に飛び出すことを意味しています。

この現象を、ビリヤードを例に、キューで突く玉を陽子、突いた玉を当てる標的玉も陽子として考えてみます。突き玉に回転を与えずに標的玉に当てた場合、突き玉が標的玉の右側部分に当たるのか左側部分に当たるのかの“当たり具合”によって、突き玉は左側か右側に弾かれます。これを何度も繰り返すと統計的に平均化され、突き玉が弾かれる方向は左右どちらも同じ回数、つまり「左右対称」になります。しかし、図2のように、真上(垂直方向上)から見て反時計回りの回転を与えると、突き玉の当たり具合に加えて、突き玉の回転力が作用するため、左右対称性は崩れます。

ビリヤードでは標的玉は静止していますが、偏極陽子の衝突実験では図3のように、標的である偏極していない陽子や原子核は偏極陽子に向かって動いてきて、衝突します。そして実際の実験で衝突後に観測されるのは、偏極陽子の進行方向(ゼロ度方向)に飛び出してくる中性子です。

この偏極陽子が中性子に変わる現象は、後に「強い相互作用」で理論的に説明されました。強い相互作用は、「中間子[3]」と呼ばれる粒子を交換することにより力を伝える相互作用のことです。衝突の際に偏極陽子中にあった中間子が偏極陽子の電荷を持ち出すため、偏極陽子は衝突後に電気的に中性な中性子に姿を変えます。強い相互作用のモデル計算によれば、この現象は偏極陽子の衝突相手が陽子でも重い原子核でも、飛び出す中性子の左右非対称性はあまり変わらないと予想されていました。

図2のビリヤードの例でも、衝突相手が突き玉と同じであっても大きなボーリングの玉であっても、左右非対称性に影響するのは突き玉の回転力であり、直感的には相手の大きさや重さは関係ないと考えられます。つまり偏極陽子のスピンの向きが同じなら、衝突相手が陽子であっても原子核であっても、左右非対称性はあまり変わらないと考えられます。

そこで、その予想を検証するために、国際共同研究グループは偏極陽子と重い原子核の衝突実験を行いました。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、RHICを使って衝突エネルギー200 GeV(ギガ電子ボルト、ギガ=10億)で、偏極陽子と偏極していないアルミニウム(陽子13個、中性子14個、質量数27)および金(陽子79個、中性子118個、質量数197)の原子核を衝突させる実験を行いました。どちらの原子核も、陽子に比べてかなり大きく重い粒子です。高エネルギーの偏極陽子と原子核を衝突させるのは世界で初めての試みです。

実験では、PHENIX実験[1]の偏極陽子と原子核が衝突する地点から偏極陽子の進行方向へ18 m離れた場所に設置したゼロ度カロリメータ(ZDC、粒子のエネルギーを測定する装置)を用いて、衝突によって生成される中性子を観測しました(図4)。ZDCは偏極陽子の進行方向の延長線から左右に5 cm程の感度領域を持っているため、飛び出す中性子を検出器の左側と右側で別々に数え、左右非対称性を計測することができます。

観測された中性子の左右非対称性の大きさを図5に示します。グラフの横軸は偏極陽子と衝突する原子核の質量数(A)、縦軸は生成した中性子の左右非対称性の大きさ(%)を示します。左右非対称性は上向きの陽子スピンに対し、左側により多く中性子が飛び出す場合を正、右側により多く飛び出す場合を負としました。

A=1の点(-5%)は陽子を標的としたときの左右非対称性で、約5%の中性子が右側により多く飛び出したことを示しています。これは2007年の実験結果と同じです。A=27の点は、アルミニウム原子核を標的としたときのデータです。左右非対称性は0%に近いですが、陽子標的の場合と同じく、わずかに右側により多くの中性子が観測されました。A=197の点は、金原子核を標的としたときのデータです。陽子標的の場合とは逆で、左側により多くの中性子が観測され、その割合は約15%に達しました。

この結果は、突き玉の回転は同じなのに標的がビリヤード玉の時は突き玉が右側により多く弾かれ、標的がボーリング玉のときは左側により多く散乱されると言っているようなものです。予想とは逆で、国際共同研究グループは非常に驚きました。

この結果には、陽子同士の衝突とは異なる要素、例えば原子核内の中性子の存在や原子核の大きさや形状など原子核に特有な特徴が影響していると考えられます。国際共同研究グループは特に「電磁相互作用(電磁気力)[4]」に注目しています。電磁相互作用は、強い相互作用とは異なり、電場(あるいは磁場)から電荷が受ける力を光子[4]が伝えます。原子核は原子番号に比例して電荷を持つ陽子の数が多くなるため、原子核との衝突では、電磁相互作用を介した反応の確率が高くなると考えられます。

通常、この衝突エネルギー領域では電磁相互作用は無視することができます。しかし今回の中性子生成では、“偏極陽子が原子核の放出する光子と相互作用して励起状態になる過程が、大きな左右非対称性を生み出す”のではないかと考えられ、三塚岳理研BNL研究センター研究員がその可能性について言及しています注2)。

注2)G. Mitsuka, “Recently measured large AN for forward neutrons in p↑A collisions at √sNN=200 GeV explained through simulations of ultraperipheral collisions and hadronic interactions” Physical Review C95, 044908(2017)

今後の期待

原子核の電磁場の強さは、原子核が持つ電荷量に比例します。そのため、陽子数の増加に伴い、電磁相互作用の効果は単純な増加関数になります。本研究では、アルミニウムと金の原子核の測定しか行わなかったため、偶然単純な増加関数にみえている可能性が残ります。そこで陽子とアルミニウムの間、アルミニウムと金の間にある質量数の原子核を用いて、同様の測定を行う計画を立てています。

今後、原子核の電荷依存性を系統的に調べることにより、電磁相互作用介在の裏付けを行い、反応メカニズムの解明を目指します。

原論文情報

The PHENIX Collaboration, “Nuclear dependence of transverse single spin asymmetry for forward neutron production in polarized p+A collisions at √sNN=200 GeV”, Physical Review Letters

発表者

理化学研究所
仁科加速器研究センター 理研BNL研究センター 実験研究グループ
グループリーダー 秋葉 康之 (あきば やすゆき)

仁科加速器研究センター 延與放射線研究室
専任研究員 中川 格 (なかがわ いたる)
国際プログラム・アソシエイト(研究当時) キム・ミンジョン (Minjung Kim)

日本原子力研究開発機構
先端基礎研究センター ハドロン原子核物理研究グループ
研究副主幹 谷田 聖 (たにだ きよし)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
日本原子力研究開発機構 広報部報道課

産業利用に関するお問い合わせ

理化学研究所 産業連携本部 連携推進部

補足説明

    • PHENIX実験国際共同研究グループPHENIXは、RHICに設置された実験装置の一つ。世界14カ国から78研究機関、約500名が参加する大型の国際研究グループ(PHENIX Collaboration)が運転している。RHICでの重イオン衝突で生み出される超高温・高密度クォーク・グルーオン・プラズマの研究や、偏極陽子衝突反応による陽子の内部構造の研究を行う。日本からは理研、東京工業大学、京都大学、立教大学、日本原子力研究開発機構、東京大学、筑波大学、広島大学、高エネルギー加速器研究機構、長崎総合科学大学、奈良女子大学の11機関が参加している。PHENIXは、the Pioneering High Energy Nuclear Interaction eXperimentの略。RHIC衝突型加速器米国ブルックヘブン国立研究所(BNL)にある衝突型加速器で、二つの独立な超電導加速リングを持ち、陽子から金原子核までの原子核のさまざまな粒子をほぼ光速まで加速し、衝突させることができる。全周は約3,800 m。2000年からさまざまな粒子の組み合わせの衝突実験を行っている。陽子の場合は偏極させたまま(スピンの向きをそろえたまま)加速・衝突させることができる世界初かつ唯一の衝突型加速器である。偏極陽子の場合は必ず陽子との組み合わせで衝突実験が行われてきたが、2015年に初めて偏極陽子と原子核の衝突実験が行われた。RHICはRelativistic Heavy Ion Colliderの略。強い相互作用、中間子自然界に働く力(相互作用)には重力、電磁気力、強い力、弱い力の4種類があり、それぞれ力を媒介する粒子の種類が異なる。強い相互作用は、中間子と呼ばれる力を媒介する粒子を導入することで、湯川秀樹がその存在と仕組みを説明した。電磁相互作用、光子光子は質量も電荷もゼロで、電磁的相互作用を伝える粒子。光子がプラスの電荷を持つものとマイナスの電荷を持つものの間で行き来することで引力が生じ、同じ電荷を持つものの間で行き来することで反発力が生じる。電磁波の一形態とみなせる。

「RHIC」衝突型加速器の図

図1 「RHIC」衝突型加速器

世界初の重イオン衝突型加速器で、世界唯一の偏極陽子衝突型加速器。米国ニューヨーク州、ブルックヘブン国立研究所(BNL)内にある。写真提供:BNL

ビリヤードの玉の散乱の様子の図

図2 ビリヤードの玉の散乱の様子

左手前の突き玉(青)に回転を与えず中央付近の標的玉(黄)に当てると、突き玉は標的玉との“当たり具合”によって左右どちらかに弾かれる。これを何度も繰り返すと統計的に平均化され、突き玉が弾かれる方向は左右どちらも同じ回数、つまり「左右対称」になる。しかし、図のように、突き玉に垂直方向上から見て反時計回りの回転を与えると、突き玉の当たり具合に加えて突き玉の回転力が作用するため、左右対称性は崩れる。

偏極陽子と陽子および金原子核の衝突実験の模式図

図3 偏極陽子と陽子および金原子核の衝突実験の模式図

左: 偏極陽子と偏極していない陽子を衝突させ、中性子が偏極陽子の進行方向(ゼロ度方向)に飛び出す現象。これまでに、この中性子は上向きのスピンを持った偏極陽子の進行方向に対し、右側に5%程度より多く観測されることが分かっている。

右: 偏極陽子と金原子核の衝突。陽子同士の衝突と同じように、偏極陽子は上向きスピンなので中性子は右側に5%程度より多く出てくると予想されていた。

PHENIX検出器群の実験装置のレイアウトと衝突点の図

図4 PHENIX検出器群の実験装置のレイアウトと衝突点

偏極陽子と原子核の衝突点から18mの地点にゼロ度カロリメーター(ZDC)を設置。北側(North)と南側(South)に設置された二つのZDCのうち、今回は北側のZDCを測定に用いた。ZDCは偏極陽子の進行方向の延長線から左右に5cm程の感度領域を持つため、飛び出す中性子を検出器の左側と右側で別々に数え、左右非対称性を計測できる。

観測された生成中性子の左右非対称性の図

図5 観測された生成中性子の左右非対称性

横軸は横偏極陽子が衝突する原子核の質量数A。縦軸は生成中性子の左右非対称性の大きさで、上向きの陽子スピンに対し、左側に中性子が飛び出す場合が正、右側に飛び出す場合が負。A=1、A=27、A=197の赤点はそれぞれ偏極していない陽子、アルミニウム原子核、金原子核を標的としたときのデータ。

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