2024-11-15 東京大学
発表のポイント
- 森林遷移の初期過程で地上部の植物と地下部の分解者の相互作用に及ぼす土壌条件の効果を明らかにするため、大規模長期野外実験を行なっています。
- 土壌圧密は樹木種数、樹木バイオマスや土壌の健全性も低下させただけでなく、地上部の樹木種数と土壌の分解機能に正の相互作用が働いていること、土壌圧密により特に鳥によって種子散布される樹木の定着が阻害されていることが明らかになりました。
- 放棄された土地の自然再生や都市の緑地造成を図る上でも、樹木の多様性と土壌の健全性が相互に依存していることを示した本研究は重要な示唆を与えるでしょう。
2007年から継続されている土壌操作森林遷移実験
概要
東京大学大学院農学生命科学研究科生圏システム学専攻の日浦勉教授と北海道大学北方生物圏フィールド科学センターの中村誠宏教授らは14年間に及ぶ大規模野外実験によって、土壌圧密(注1)は樹木種数や樹木バイオマスだけでなく土壌の健全性も低下させたことだけでなく、地上部の樹木種数と土壌の分解機能に正の相互作用が働いていることや、土壌圧密により特に鳥によって種子散布される樹木の定着が阻害されていることなどを明らかにしました。
本研究で示されたように、樹木の多様性と土壌の健全性は相互に依存しているため、放棄された土地の自然再生や都市の緑地造成を図る上でも本研究は重要な示唆を与えるでしょう。
発表内容
都市部や都市周辺部の森林緑地は、生態系サービス(注2)の提供、生物多様性の維持、土壌の健全性の維持など、人間の健康にとって特に重要な複数の役割を果たすことが期待されています。例えば、人が植栽した単純な樹林よりも多くの階層構造(注3)を持った自然林のほうがヒートアイランドの緩和効果が高いことや、そこに生息する生物の多様性が高いことなどがこれまでに知られています。しかし重機や人間による土壌圧密が、都市部や放棄された開発地における土壌劣化の主な原因となっており、このような状況下での森林の発達過程とそのメカニズムを明らかにすることが都市計画や景観管理を考える上でも重要です。
本研究グループは、北海道大学北方生物圏フィールド科学センター苫小牧研究林(林長:中村誠宏教授)の落葉広葉樹林に周囲を囲まれた2ヶ所に10m四方の計24区画の操作実験区をランダムに設け、計8ヶ所の対照区の他、道路工事に用いる填圧機で土壌を圧密した区画を計8ヶ所、土壌有機物層を取り除いた区画を計8ヶ所設置しました(図1)。この研究では対照区と圧密区を用いて、土壌の物理化学的特性、樹木種組成、樹木の胸高断面積合計(注4)、微生物群集の機能的多様性に及ぼす土壌物理化学性の影響を、長期(14年間)の野外実験を通じて明らかにしました。
図1:2007年から継続されている土壌操作森林遷移実験
2004年の大型台風によって全壊した2ヶ所の人工造林地の樹木を全て取り除き2007年に実験区を設置しました。一つのサイトに10m四方の区画が12ヶ所あり、4つが対照区、4つが土壌圧密区、4つが土壌有機物層除去区となっており、周囲の落葉広葉樹林から種子が散布されます。
その結果、微生物が利用する基質組成は土壌の物理化学性だけでなく地上部の樹木種数とも関係しており(図2)、土壌の圧密は樹木の種数とバイオマスの両方を減少させる(種数は約1.2-2.4倍、バイオマスは約2.3-5.3倍)だけでなく、土壌微生物群集の多機能性(注5)も低下させることが明らかになりました。また、土壌圧密区では鳥散布型の種子を持つ樹木の定着がほとんど見られず、樹木の種組成に大きな違いをもたらしました。さらに樹木の種数は土壌微生物の分解活性と有意に正の相関がありました(図3)。
図2:異なる堆積リター層を持つ2つのサイトにおける土壌特性と微生物が利用する基質組成の関係
8つの特性(矢印)の中で地上部の樹木種数(SPrich)もサイト1、2の両方で微生物が利用する基質組成に影響を与えていることを示しています。サイト1はヨーロッパトウヒ、サイト2はトドマツ人工造林地跡、白丸は対照区、黒丸は土壌圧密区を表します。
図3:微生物が利用した基質の分解指標(AWCD)と地上部の樹木種数の関係
両方のサイトで分解指標と樹木種数は正の関係にあることを示しています。丸はサイト1、三角はサイト2、白は対照区、黒は土壌圧密区を表します。
これらの知見は地上部と地下部の相互作用を示すものであり、都市林の設計において生態系を基盤とした解決策を用いることの重要性を示すものと思われます。森林の発達過程で過密になった樹木を間引く際には、樹木種数を減らさずに個体数の多い種を選伐するなどの具体的な施業方法にも活かすことができます。
本研究は未熟な火山性土壌(軽石)上の冷温帯落葉広葉樹林での実験であるため、今後、他の土壌や森林タイプでの検証も望まれます。また、土壌有機物除去区では実験開始から14年後にようやく地衣類の定着が観察され、その後樹木の実生や草本が定着を始めたことも明らかとなっており、森林の一次遷移と二次遷移のメカニズムの共通点と相違点が具体的に明らかになっていくことも期待されます。
発表者
東京大学 大学院農学生命科学研究科 生圏システム学専攻 森圏管理学研究室
日浦 勉 教授
岡田 浩哉 研究当時:修士課程
北海道大学 北方生物圏フィールド科学センター
寺田 千里 研究当時:学術研究員(現:合同会社エゾリンク)
中村 誠宏 教授
福島大学 食農学類
金子 信博 特任教授
論文情報
- 雑誌 Urban Forestry and Urban Greening
- 題名 Effects of soil compaction on above- and belowground interactions during the early stage of forest development
- 著者 Tsutom Hiura*, Hiroya Okada, Chisato Terada, Masahiro Nakamura, Nobuhiro Kaneko (*責任著者)
- DOI https://doi.org/10.1016/j.ufug.2024.128565
用語解説
注1 土壌圧密
土壌が物理的に押し固められること。重機や人間が踏みつけることで起こるだけでなく、大型獣が同じ場所を繰り返し歩くことなどでも起こる。
注2 生態系サービス
自然の生態系が人間にもたらす利益のことで、資源を供給する供給サービス、環境を制御する調整サービス、精神的充足や独自の文化をもたらす文化的サービス、土壌形成や栄養循環などの基盤サービスなどに分けられる。
注3 階層構造
高木や亜高木、低木のような様々な高さの樹木が複数の層を成している構造のこと。
注4 胸高断面積合計
ある空間に生育する樹木の特定の位置の幹断面積の合計値で空間当たりの樹木のバイオマスの指標。この研究では樹木の根元から130cmの高さの断面積の合計値を用いている。
注5 多機能性
生物の働きによって様々な機能がもたらされること。この場合は土壌中の異なった炭素基質が様々な微生物によってそれぞれ利用される速度が異なること。これが総体としての分解速度に影響する。
研究助成
本研究は日本学術振興会(課題番号:2529207903, 21H05316, 21H02226)、環境省総合推進費(課題番号: F-073)の支援により実施されました。
問い合わせ先
〈研究に関する問合せ〉
東京大学大学院農学生命科学研究科生圏システム学専攻森圏管理学研究室
教授 日浦 勉
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東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
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