高緯度北極の海鳥営巣崖下の斜面は窒素循環のホットスポット

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2018/12/06

大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所
国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)

農研機構(理事長:久間和生)の林健太郎ユニット長、国立極地研究所 (所長:中村卓司)の田邊優貴子助教・内田雅己准教授を中心とする研究グループは、北極圏のスバールバル諸島(ノルウェー)では、海鳥が営巣している崖のすぐ下の急斜面(崖錐(がいすい))の土壌が極めて高い脱窒能(注1)を有すること、また、強力な温室効果ガスである一酸化二窒素(N2O)を放出しうることを明らかにしました。本研究の成果は、高緯度北極におけるツンドラ生態系の炭素・窒素循環の実態とその気候変動への応答を理解する上で重要な知見になると期待されます。

寒冷な高緯度北極のツンドラは炭素や窒素などの物質循環がとても遅い生態系ですが、海鳥が営巣する崖の下の崖錐には排せつ物などとして栄養塩に富む新鮮な有機物がもたらされ、豊かな植生が成立しています(図1)。しかし、重要な栄養塩である窒素がこのような崖錐でどのように循環しているのか、実態はよく分かっていません。

スバールバル諸島ニーオルスン近郊で海鳥(図2)の営巣の影響を受ける2か所の崖錐を調査したところ、崖錐表層の土壌は多数の脱窒微生物を含み、10℃という低温でも極めて高い脱窒能を示すこと、その土壌を現地の最高気温よりも高い20℃にした場合に脱窒能が顕著に増加すること、また海鳥の営巣密度が高い1か所の崖錐ではN2Oの放出が起きていることが分かりました。

本研究成果は、Scientific Reports誌に掲載されました。



図1:調査を行った崖錐(黄色の枠内)。BL、STは崖につけた名称。どちらも斜度30°以上の急斜面で、地表はコケと草本植物に覆われている。

研究の背景

北極圏、なかでも高緯度地域の寒冷な陸地には、背の低い植物が育つツンドラ生態系が成立しています。ツンドラ生態系の物質の循環速度は熱帯や温帯の生態系に比べてゆっくりで、多量の炭素と窒素が長い時間をかけて有機物として蓄積されています。しかしながら、近年の急速な温暖化は物質循環を加速し、ツンドラ生態系が大きく変化すると懸念されています。ツンドラ生態系の炭素・窒素循環のメカニズムとその気候変動に対する応答の解明は早急に取り組むべき重要な課題です。

短い夏に高緯度北極を訪れる海鳥も、現地の物質循環に大きな役割を果たしています。海鳥は餌を通じて海から陸への物質フローを作り出します。海鳥営巣地の周囲には海鳥の排せつ物や遺骸として栄養に富む新鮮な有機物がもたらされ、ツンドラ生態系において例外的に物質循環が盛んな場所が形成されます。特に、直上の崖に営巣地がある崖錐は窒素などの栄養塩が集積しやすい地形です。しかし、そのような崖錐における窒素循環の実態はよく分かっていません。



図2:調査地の崖で営巣していた海鳥。(左)ミツユビカモメ、(中)フルマカモメ、(右)ニシツノメドリ。

窒素循環は、有機物を分解してアンモニアを生成する「無機化」、アンモニアを硝酸に酸化する「硝化」、硝酸を分子窒素(N2)に還元する「脱窒」など、多くのプロセスから成り立っており、その働きの多くは微生物によるものです。脱窒では中間産物としてN2Oが生成します。土壌中のN2Oの生成速度が消費速度を上回ってN2Oが蓄積すると、その一部が大気へと放出されて温室効果を助長します。

そこで本研究では、N2Oの生成に深く関わる脱窒に着目し、海鳥の影響を受ける崖錐土壌の窒素循環の実態解明に取り組みました。

研究の内容

研究グループは、ノルウェーの北にある北極圏のスバールバル諸島・ニーオルスン近郊の2か所の海鳥営巣地を選び、その下の崖錐(図1)の表層土壌を採取して日本に持ち帰り、脱窒能を調べました。比較対象として、崖錐付近でありながら海鳥の影響のない部分の土壌も採取しました。分析の結果、海鳥営巣地の下の崖錐の土壌は、海鳥の影響のない土壌に比べて極めて高い脱窒能を示し(図3)、多くの脱窒微生物が存在していることが分かりました。脱窒は水浸しの湿地など酸素に乏しい条件で起こりますが、崖から落ちた石などからできた崖錐は、一見水はけのよい地形に思えます。しかし、この2つの崖錐を覆う土壌の母材となるコケが高い保水性を有し、土壌中に部分的に酸素に乏しい条件が発達すること、また、海鳥由来の新鮮な有機物が脱窒に必要な硝酸と有機物の供給源になることが、高い脱窒能に寄与していると考えられました。



図3:海鳥営巣崖下の崖錐土壌の脱窒能。対照地の土壌と比べ、崖錐土壌の脱窒能が極めて高いことが分かる。また、図には示していないが、既往文献の値と比べても崖錐土壌の脱窒能は格段に高い値であった。培養温度10℃は現地の7月の平均日最高気温(約8℃)に近い。培養温度を20℃に上げると脱窒能は1.6~2.3倍に上昇した。

また、土壌の温度を変えて脱窒能を調べたところ、10℃でも高かった脱窒能が20℃ではその1.6~2.3倍に上昇したことから、今後の温暖化は崖錐の脱窒を加速させる可能性があることが分かりました。

さらに、2か所の崖錐のうち1か所では現地において顕著なN2O放出が観測されました(図4)。これは、土壌中のN2O生成が消費を大きく上回ること、つまり、その場所は窒素循環に関わる各プロセスが盛んなホットスポットであることを示しています。N2O放出が生じていた崖錐の上には、幅約40メートルの崖に約400つがいのミツユビカモメ(図2左)が営巣し、また、崖錐の土壌に硝酸が蓄積していました。このことから、海鳥の営巣密度が高い場所ほど窒素循環が盛んでN2O放出が起こりやすいと予想されます。



図4:海鳥営巣崖下の崖錐表面におけるN2O放出フラックス。海鳥の営巣密度が高いBLサイトにおいて顕著なN2O放出が確認された。BLサイトにおける盛んな窒素循環は別の測定項目(土壌の炭素/窒素比[CN比]の低さ、硝酸態窒素の集積、および重窒素[15N]の濃縮)からも裏付けられ、この土壌では好気条件で起こる硝化と嫌気条件で起こる脱窒の双方が活性化していることが示唆された。

今後の展望

今後は、規模が大きな海鳥営巣地を抽出し優先的に実態調査を行い、その窒素循環ホットスポットの実態解明を進めることで、高緯度北極全体の窒素循環における海鳥の働きの量的な寄与の理解に近づくことができると期待されます。

また、高緯度北極に生息または季節移動する海鳥には多くの種があり、それぞれの餌となる生物も様々です。海鳥の行動はそれ自身が経年変動を示すことに加え、温暖化などの環境変動によりかく乱を受けます。その結果、海鳥営巣地という窒素や炭素の循環ホットスポットに何が起きるのかを解明することも、将来予測の精緻化に不可欠な知見となるでしょう。高緯度北極のツンドラ生態系は温暖化の影響を被るばかりでなく、自らも温暖化を加速させる可能性があるのです。

注1 脱窒能
目的温度における脱窒の最大速度に相当する。すなわち、酸素を排除し、脱窒に必要な基質が十分に存在する容器内で一定温度にて培養した土壌の脱窒速度である。脱窒速度の定量には様々な方法があるが、本研究では実績の多いアセチレン阻害法を用いた。これは培養器にアセチレンを加えることで脱窒の最終反応であるN2OからN2への還元を阻害し、培養器内のN2O量の変化を求めることで脱窒速度を求める方法である。N2の定量は困難であるが、N2Oの定量はガスクロマトグラフ法により容易に行うことができる。

発表論文

掲載誌: Scientific Reports
タイトル: Seabird-affected taluses are denitrification hotspots and potential N2O emitters in the High Arctic
著者:
林 健太郎(農研機構 農業環境変動研究センター ユニット長)
田邊 優貴子(国立極地研究所 生物圏研究グループ 助教)
小野 圭介(農研機構 農業環境変動研究センター 上級研究員)
Maarten J.J.E. Loonen(Arctic Centre/University of Groningen、オランダ)
浅野 眞希(筑波大学 生命環境系 助教)
藤谷 拓嗣(早稲田大学 ナノ・ライフ創新研究機構 次席研究員)
常田 岳志(農研機構 農業環境変動研究センター・高度解析センター 主任研究員)
内田 雅己(国立極地研究所 国際北極環境研究センター 准教授)
早津 雅仁(農研機構 農業環境変動研究センター 主席研究員)
URL: https://www.nature.com/articles/s41598-018-35669-w
DOI: 10.1038/s41598-018-35669-w
論文公開日: 2018年11月22日

研究サポート

本研究はJSPS科研費(基盤研究B、26304018)の助成を受けて実施されました。

お問い合わせ

研究内容について
国立極地研究所 国際北極環境研究センター 准教授 内田雅己
農研機構 農業環境変動研究センター 物質循環研究領域 ユニット長 林健太郎

報道について
国立極地研究所 広報室
農研機構 農業環境変動研究センター 広報プランナー 大浦典子

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