AI(人工知能)を活用した微化石の正確な鑑定・分取技術を確立

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高速自動化した革新的な地層解析に道筋

2018/12/03  産業技術総合研究所,日本電気株式会社,株式会社マイクロサポート,三谷商事株式会社

ポイント

  • 専門技術者と同じ精度を保ち、大量の微化石を高速で自動鑑定
  • 人の手では成し得なかったスピードで微化石を大量に自動分取
  • 石油探鉱などでの地層解析の高精度・高速度化や各種分野での活用に期待

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)地質調査総合センター 地質情報研究部門【研究部門長 田中 裕一郎】海洋地質研究グループ 板木 拓也 主任研究員、日本電気株式会社【代表取締役執行役員社長 兼 CEO 新野 隆】(以下「NEC」という)、株式会社マイクロサポート【代表取締役社長 松本 泰治】(以下「マイクロサポート」という)、三谷商事株式会社【代表取締役社長 三谷 聡】(以下「三谷商事」という)の共同開発グループは、地層を構成する堆積物に含まれる多様な粒子の中から、非常に壊れやすく複雑な形態を持つ微化石を、AI(人工知能)を用いて大量に鑑定し、自動的に分取するシステムを世界で初めて開発した。このシステムにより、これまで膨大な時間と労力をかけて人が行ってきた微化石の選別作業を、自動的に高速で行うことができる。微化石の鑑定による地層判定と、分取された微化石から詳細な年代を推定することで、石油探鉱などで迅速で高精度な地層解析が可能となる。

概要図

複数の微化石が集合した顕微鏡写真
さまざまな形態の放散虫や珪藻の微化石が見られる。

開発の社会的背景

資源探鉱や地質災害への対策などで、現代社会には地層の解析を必要とする場面が多々見られる。地層を解析するために有効なツールのひとつが「微化石」である。微化石は、地層中に含まれる放散虫、有孔虫や珪藻など、数マイクロメートルから数ミリメートルの大きさの生物の化石である。微化石の鑑定から、その地層ができた時代や、その当時の環境を特定できる。さらに微化石の微量元素組成や同位体比組成の測定から、地質ができた時代やその環境に関する詳細な情報が得られる。このように微化石は地層解析を進めるための重要な指標であり、地層の成り立ちや地球環境の変遷を研究する上で不可欠なツールである。

しかし、微化石は複雑な形態を持つため、これまでは熟練した微化石の専門技術者が長時間かけて顕微鏡下で微化石を1つずつ手作業で鑑定していた。さらに微化石の微量元素組成や同位体比組成を測定するには、顕微鏡下で微化石を1つずつ拾い上げて、専用の試料台に整理して再配置する必要があるため、専門技術者でも相当な時間と労力がかかっていた。また、微化石に限らず微小な粒子を取り扱う鉱工業や農林水産業、医療分野などの検査試験などでも、人材確保や労働時間の軽減が求められている。

研究の経緯

産総研 地質調査総合センターは、多数の微化石専門技術者を配置し、海洋や陸上の調査によって多くの知見とデータを蓄積してきた。しかし、専門技術者が微化石を顕微鏡下で1つずつ鑑定し、分取する地道な作業は微化石による地層解析が始まってから50年以上ほとんど変わらなかった。

2016年から産総研は微化石を用いた地層解析技術の革新を目指し、長年AI技術を開発してきたNEC、精密なマイクロ・マニピュレーション技術を実用化しているマイクロサポート、顕微鏡画像の精密なイメージングを得意とする三谷商事と共同で、大量の微化石を種レベルで鑑定・分取できるシステムの開発に着手した。

なお、この開発は、独立行政法人 日本学術振興会の新学術領域研究(研究領域提案型)「南大洋の古海洋変動ダイナミクス」(JSPS KAKENHI Grant NumberJP17H06318)、基盤研究(B)「珪質微化石の殻に記録された海洋環境:同位体比および極微量元素の種レベル分析」(JSPS KAKENHI Grant NumberJP18H01329)による支援を受けて行った。

研究の内容

今回開発したシステムは、顕微鏡部、マイクロ・マニピュレーター部、AI部からなる(図1)。顕微鏡部は、コンピューター制御された電動X-Y ステージと高解像CCD顕微鏡カメラが実装され、自動的に微化石などの多様な粒子の画像を取得し、それらの位置を精密に記録できる。マイクロ・マニピュレーター部は、微化石の位置情報をもとに微化石を分取し、所定位置に集積する機能を持つ。マイクロ・マニピュレーターの先端は、繊細でデリケートな微化石を壊さずに分取するため、2本の針で摘まむ一般的なタイプの箸型ではなく、極細のガラスチューブで空気を吸引して微化石を吸着するスポイトタイプを採用した。AI部の学習アルゴリズムには、畳み込みニューラルネットワーク(Convolutional Neural Network; CNN)を搭載したディープラーニングのソフトウェアを採用したことで、これまでの機械学習では困難であった複雑な形態の微化石を迅速、正確に鑑定することが可能となった。また、顕微鏡のステージ上に粒子を散布すると複数の粒子同士が重なり、それが画像処理の際に1つの粒子と誤判定されてしまうため、散布した粒子が一定間隔で配列するような試料台を新たに考案・作成した。これらの複数の機能を有する総合的なシステムの開発により、顕微鏡のステージ上の試料台に散布した多数の粒子の画像を取得し、そこに含まれている微化石をAIによって鑑定し、それらを破壊することなくマイクロ・マニピュレーターで分取することを自動で、連続的に行えるようになった。

図1

図1 今回開発したシステムの全体像
下左写真:試料台に微化石を散布し、マニピュレーターで分取する様子。
下右写真:マニピュレーター先端部の拡大。

今回開発したシステムの作業では、学習フェーズを経た後、運用フェーズを実施する(図2)。

学習フェーズでは、①産総研で保管する地質コレクションを用いて大量の粒子画像を取得し、学習画像(教師データ)として整備する、②特定の微化石を含むさまざまな粒子の形状をAIが学習してモデルを構築する。①では、例えば教師データとした3万個の粒子画像を取得するのに数か月を要していたところを、今回開発したシステムに搭載した画像処理により、わずか数日で収集できた。②では、教師データを用いて、AIで特定の微化石を鑑定できるモデルを構築する。正答率が十分に上がるまでモデルのテストと再構築を繰り返し、図3のように非常に酷似した2種の放散虫について、90 %以上の正答率で自動鑑定できるモデルが構築できた。

運用フェーズでは、まず①顕微鏡のステージ上の試料台に散布した微化石を含む粒子の画像を自動的に取得し、同時に試料台上の位置情報をシステムが記憶する。次に②学習フェーズの②で構築したモデルを用いて微化石を鑑定する。③分取対象の微化石をシステム上で選択すると、記憶した位置情報をもとにマイクロ・マニピュレーターで対象となる微化石を分取し、所定の位置に集積する。これらの大量に集積された微化石は、微量元素組成や同位体比組成などの化学分析の試料として用いることができる。

従来、こうした作業を行うには、専門的な鑑定技術をもつ人材の育成から始めると数年、教師データとなる画像の取得と整備に数か月、単一種の微化石1,000個体の鑑定と分取に数日を要していた。一方、今回開発したシステムでは、数か月で教師データとなる画像の取得とAIを用いたモデルを構築し、単一種の微化石1,000個体の鑑定・分取を3時間程度で行うことができる。運用フェーズでは特定の微化石の分取と集積を長時間、自動的に行えるので、地層解析を効率化できる。また石油探鉱などでは、このシステムによって迅速で高精度な地層解析が可能となる。さらに、これまで人の手では難しかった100マイクロメートルにも満たない微化石の分取と集積も可能なので、今回開発したシステムは地層解析技術として新たな道筋を与えるものである。

図2

図2 今回開発したシステムでの作業行程

図3

図3 今回開発したシステムで鑑定できる放散虫の酷似した2種の個体例
これら2種を90 %以上の高い精度で区分できる。

今後の予定

AIの学習作業による実用的なモデルを充実させるため、より多くの種類の微化石について教師データを整備する。その後、今回開発したシステムにより、実際の石油探査現場や調査・研究現場などでの地層解析作業を効率的に推し進め、その有効性の確認とともに、このシステムの普及を促進する。また、微小な粒子の扱いに長けているというシステムの特長を活かした社会での汎用的な活用を目指し、鉱物や火山灰などの微化石以外の粒子についても、このシステムの有用性を検証する。

用語の説明

◆微化石
顕微鏡で観察できる微小な化石の総称。植物プランクトンや動物プランクトン、海底に棲息する微小生物などの炭酸カルシウムやガラスでできた骨格、有機質の花粉などが地層の堆積物中に化石として保存される。微化石の種類や構成からそれらが棲息していた時代や当時の環境を知ることができる。
◆ディープラーニング
コンピューターのような機械に多量のデータを与えて、データのパターンなどを自ら見いださせ、予測させる技術を機械学習と呼び、人工知能(AI)分野では、古くから研究されてきた。機械学習を発展させ、人間の神経細胞(ニューロン)の仕組みを模倣したシステムであるニューラルネットワークを多層にして用いて、機械に学習させる手法をディープラーニングと呼ぶ。
参考:産総研プレスリリース「微小な化石を新たな手がかりに、北海道東部の地質を解明-5万分の1地質図幅「網走」を刊行しました-」(2018年8月10日)
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