ナノスケールの光による新しい電子輸送現象を解明

スポンサーリンク

プラズモニックナノ構造体を用いた可視光の効率的利用に向けて

2018/11/30  科学技術振興機構

ポイント
  • 金属ナノ構造体の表面プラズモン共鳴は効率的な光の利用を可能にする技術として応用が期待されているが、ナノスケールの超微小空間に閉じ込められた光による電子輸送現象は十分に研究されていなかった。
  • 物質と光の相互作用をナノスケールで直接調べられる低温走査トンネル顕微鏡(STM)を独自に開発し、可視光域での表面プラズモンの励起を介した共鳴トンネル型電子輸送の観測に成功した。
  • 今回開発したSTMの先端計測技術を駆使することで、ナノスケールの光と物質の相互作用に関する新たな現象の発見も期待される。

JST 戦略的創造研究推進事業において、マックス・プランク協会 フリッツ・ハーバー研究所 物理化学部門の熊谷 崇 グループリーダーの研究チームは、独自に開発した高精度の光励起・検出が可能な低温走査トンネル顕微鏡(STM)注1)の先端計測技術を用いて、ナノスケールの光である局在表面プラズモン注2)の励起を介した共鳴トンネル型電子輸送現象注3)の観測に成功しました。

ナノサイエンスの研究分野で広く使われているSTMは、ナノ空間に閉じ込められた光と物質の相互作用を原子レベルで調べることができる計測手法として活用されています。従来の研究ではトンネル電子によるSTM接合注1)内の局在表面プラズモンの励起を介した発光現象に関する報告などがされていました。しかし、集光した光を入射した場合に励起される局在表面プラズモンが、ナノスケールの接合内で電子の輸送現象にどのような効果を与えるのかは明らかにされていませんでした。

本研究グループは光と物質の相互作用を原子、分子スケールで直接調べることを目的として、STM接合をレーザー光によって高精度に照射できる新しい装置を開発しました。今回の実験では銀および金の探針と銀単結晶表面のSTM接合で局在表面プラズモンを励起することによって、探針側の電子が共鳴的に銀表面側へとトンネル輸送される新たな物理現象を発見しました。

局在表面プラズモン励起を介した電子輸送は、ナノスケールのオプトエレクトロニクスデバイスやプラズモニック太陽電池、プラズモニック触媒など多岐にわたる応用が期待されています。今回の発見はこれらの分野に貢献する重要な基礎科学的知見を与えました。また、今回開発したSTMの先端計測技術によって、今後ナノスケールの光と物質の相互作用に関する新たな物理現象の発見も期待されます。

本研究成果は、米国物理学会誌「Physical Review Letters」のオンライン版に近日中に公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域:「革新的触媒の科学と創製」
(研究総括:北川 宏 京都大学 大学院理学研究科 教授)

研究課題名:局在プラズモン励起を介した触媒作用の微視的機構の解明

研究者:熊谷 崇(フリッツ・ハーバー研究所物理化学部門グループリーダー)

研究期間:平成28年10月~平成32年3月

<研究の背景と経緯>

光によって駆動される電子の輸送現象は、光合成に代表されるように自然界で重要な役割を果たしているだけでなく、太陽電池や光触媒などエネルギー、物質変換に関する重要な社会的課題とも関連しています。とりわけ可視光による効率的な電子輸送の制御は、再生可能エネルギーである太陽光の利用に欠かせません。ナノスケールの光である局在表面プラズモンは光エネルギーの効率的な利用を可能にするものとして数多くの研究が行なわれています。しかし局在表面プラズモンの励起を介した電子輸送は、ナノスケールの超微小空間(ナノキャビティ)内で起こるため、従来の手法ではそのような現象を直接調べることはできませんでした。本研究では可視光による局在表面プラズモンの励起を介した新たな電子輸送現象を、独自に開発した光励起と光検出が可能な低温走査トンネル顕微鏡(STM)の先端計測技術(図1)を用いて解明しました。

<研究の内容>

本研究グループは、プラズモニクスの応用で重要となる金属ナノキャビティにおける表面プラズモン共鳴の励起を介した電子輸送現象を独自に開発した光励起・検出が可能な低温STMによって調べました。今回の実験では、STM接合を可視光域のレーザー光で照射した際に発生する表面プラズモンの励起を介した共鳴トンネル型電子輸送現象を観測することに世界で初めて成功しました。実験は10-8Pa以下の超高真空環境において、原子レベルで清浄化された銀単結晶表面とプラズモニックな銀および金の探針を用いたSTM接合で行いました。接合内にはポテンシャルによって閉じ込められた電子の離散的なエネルギー準位が存在しています(図2a)。ナノスケールの局所分光法である走査トンネル分光(STS)注4)を使うとこれらのエネルギー準位を直接観測することができます(図2b)。表面プラズモンの励起を介した電子の共鳴トンネル現象はSTSスペクトルに現れる共鳴準位のシフトとして明瞭に観測されました(図2bの赤線)。また、STMのトンネル電子による励起を介したプラズモン発光スペクトルを同時に取得することで、観測された現象は自由空間を伝搬する光がSTM接合の局在表面プラズモン励起を介して微小空間に閉じ込められ、接合内の局所電場が著しく増強されることによって起きていることを実験的に証明しました。

STM接合内の局在表面プラズモンを効率的に発生させるためには、ナノスケールのSTM接合にレーザー光を精密に集光する技術が必要となります。しかし従来の装置ではそのような制御を行うことが困難でした。本研究チームはSTMの測定ステージにピエゾモーターによって駆動することができる高開口数の放物面鏡を備え付けることでSTM接合への精密な集光をこれまでにない精度で行うことを可能としました。

<今後の展開>

今回発見した表面プラズモンの励起を介した電子輸送現象は、ナノ構造を持つオプトエレクトロニクス(微小デバイスの作製)や再生可能エネルギーの利用を目指した色素増感太陽電池、プラズモニック触媒などの素過程と関連する基礎的な物理現象です。今後、本研究グループで独自に開発した光励起・検出が可能な低温STMが、ナノスケールの光(局在表面プラズモン)と物質の相互作用を原子、分子スケールで直接調べられる新たな実験手法としての活用も期待されます。

<参考図>

図1 低温走査トンネル顕微鏡(STM)を用いた可視光による局在表面プラズモンの励起を介した新たな電子輸送現象のイメージ図

図1 低温走査トンネル顕微鏡(STM)を用いた可視光による局在表面プラズモンの励起を介した新たな電子輸送現象のイメージ図

図2 STM接合における共鳴トンネル型電子輸送の模式図とSTSスペクトル

図2 STM接合における共鳴トンネル型電子輸送の模式図とSTSスペクトル

(a)レーザー照射がない場合。STM接合内のポテンシャル(水色部分)によって銀(111)表面側に離散的なエネルギー準位(n=1,2,...)が形成される。STMのバイアス電圧(Vbias)が一致したとき(Vbias=Vn=1,2,...)、トンネル効果による探針から銀表面への電子輸送が共鳴的に起こる。

(b)銀探針-銀(111)表面のSTM接合で計測されたSTSスペクトル。共鳴準位がピークとして観測されている。(黒線)レーザー照射なし。(赤線)レーザー照射あり(633nm)。

(c)表面プラズモン励起を介した場合、励起光のエネルギー(hv)に相当する分が補われ、Vn=1,2,...よりも小さいバイアス電圧(Vn’=1,2,...)で共鳴トンネル現象が起こる。
(E:銀表面および銀探針のフェルミ準位。Evac:真空準位。Φ,Φ:銀表面および銀探針の仕事関数。d:銀表面と銀探針の距離)

<用語解説>
注1)低温走査トンネル顕微鏡(STM)
鋭くとがった金属の針(探針)を導電性表面に近づけ、量子トンネリングによって流れる電流を検出することによって物質表面の構造や電子状態を原子レベルで直接観測できる顕微鏡。液体窒素(-196℃)や液体ヘリウム(-269℃)を使った低温での実験により物質表面に吸着している単原子や単分子を直接観察することが可能となる。真空をはさんで探針と表面によって形成されるナノスケールの構造をSTM接合と呼ぶ。
注2)局在表面プラズモン
光の波長よりも小さな金属ナノ構造体を光照射したときに起こる自由電子の集団的振動で、ナノスケールに閉じ込められた光(電磁波)として振る舞う。重要な効果としてナノ構造体表面で大きな電場増強が起こり、光と物質の相互作用が非常に強くなる。
注3)共鳴型トンネル電子輸送現象
量子力学で記述されるトンネル効果による電子の輸送現象で、ポテンシャル障壁によって隔てられた空間を通り抜けて電子が運ばれる。図2で示したように輸送される電子のエネルギーが2つのポテンシャル障壁に閉じ込められた電子がとることのできる離散的なエネルギー準位と一致すると共鳴的に電子輸送が起こり、コンダクタンス(電気伝導)が著しく上昇する。
注4)走査トンネル分光法(STS)
走査トンネル顕微鏡を使った電子分光法で、導電性物質表面の局所電子状態を原子レベルで直接調べることができる。
<論文情報>

タイトル:“Plasmon-Assisted Resonant Electron Tunneling in a Scanning Tunneling Microscope Junction”
(走査トンネル顕微鏡接合におけるプラズモン励起を介した共鳴トンネル型電子輸送)

<お問い合わせ先>
<研究に関すること>

熊谷 崇(クマガイ タカシ)
フリッツ・ハーバー研究所 物理化学部門 グループリーダー

<JST事業に関すること>

中村 幹(ナカムラ ツヨシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課

スポンサーリンク
スポンサーリンク