意思決定の脳内機構と個体差

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神経活動の外的擾乱に対する感受性が行動選択の個性を決める

2018/11/14  理化学研究所

理化学研究所(理研)脳神経科学研究センター神経情報・脳計算研究チームの深井朋樹チームリーダーらの国際共同研究チームは、動物の行動選択における意思決定の個体差が、その神経活動の個体差、すなわち外からの刺激に対する神経ネットワークの「感受性」の違いによって決まることを発見しました。

本研究成果は、個性の発現に関与する神経メカニズムの解明や、ヒトらしく振る舞う人工知能(AI)の開発に貢献すると期待できます。

動物の行動選択における意思決定はいつも確定しているわけではなく、確率的になる場合があり、そのときの行動選択は個体によって大きくばらつきます。しかしその個体差が、意思決定する脳の共通の仕組みの中でどのように出現するのか、そのメカニズムはほとんど分かっていません。

今回、国際共同研究チームは、ラットが、学習した行動選択のルールを学習したことがない条件下でどのように応用するかについて、ラット脳の神経活動を記録することで調べました。その結果、ラットで観察された個体間の行動選択の大きなばらつきと、内側前頭皮質[1]の神経細胞集団の活動の揺らぎとの間に相関があることが分かりました。また、ラットで見られた行動選択の個体差を、コンピュータ上で神経回路モデルを訓練することにより再現できることを示し、行動の個性は神経活動の外的擾乱(じょうらん)に対する感受性(安定性)によって決まることが明らかになりました。

本研究は、米国の科学雑誌『Nature Neuroscience』の掲載に先立ち、オンライン版(11月12日付け:日本時間11月13日)に掲載されました。

※国際共同研究チーム

理化学研究所 脳神経科学研究センター 神経情報・脳計算研究チーム
チームリーダー 深井 朋樹(ふかい ともき)
研究員(研究当時) 栗川 知己(くりかわ ともき)
(現 客員研究員、関西医科大学 物理学 助教)
研究員 芳賀 達也(はが たつや)
テクニカルスタッフI 春国 梨恵(はるくに りえ)

マックス・プランク研究所 カエサル研究センター
研究員 半田 高史(はんだ たかし)

※研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金 新学術領域研究(研究領域提案型)「人工知能と脳科学の対照と融合(領域代表者:銅谷賢治)」による支援を受けて行われました。

背景

動物が行動を選択する際の意思決定は、いつも確定しているわけではなく、確率的になる場合があることが知られています。その場合の行動選択は、それぞれの行動の選択肢に対応する報酬の期待値などに依存することが示されています。例えば、ある人が同じような曇り空でも日によって傘を持ち出したり持ち出さなかったりする場合、その人の行動選択は確率的であるといえます。

行動選択における、動物種や個体によらない共通ルールやその背景に働く神経メカニズムについては、報酬の最大化[2]などの仮説に基づいてこれまでよく調べられています。しかし、過去の経験に照らしても選択肢と報酬との関係性がはっきりしないような、不確実性が非常に高い状況下では、行動選択は個体によって大きくばらつきます。意思決定をする脳の仕組みは共通しているにもかかわらず、なぜこのような個体差が出現するのかについて、そのメカニズムはほとんど知られていませんでした。

そこで、国際共同研究チームは、「意思決定課題」を学習したラットを用いて、行動選択の個体差と前頭葉皮質の神経活動の関係性について調べました。

研究手法と成果

まず国際共同研究チームは、ラットに刺激音を聞かせて、刺激音の周波数が高い場合(高音の場合)には左のノズルを、周波数が低い場合(低音の場合)には右のノズルをなめると報酬が得られるという意思決定課題を設定しました。そして、ラットがこの意思決定課題を行っている最中に、脳内の「内側前頭皮質」に存在する多数の神経細胞の活動を記録しました。

この課題において、学習済みの高低2音の間に、ラットにとって新たな周波数の音をいくつか挿入すると、これらの新しい音に対するラットの行動選択の意思決定は確率的になります。興味深いことに、個体がある行動を選択する確率がどの程度刺激音の周波数に依存するかを示す「心理測定曲線」は、個体ごとに大きく傾向が異なります。周波数に応じて行動の選択確率を敏感に変化させる個体もいれば、周波数によらず左右どちらかの選択肢に偏る個体や、ほぼランダムな行動選択を示す個体もいます。

深井朋樹チームリーダーらは2017年に、内側前頭皮質には、音刺激により活性化される神経細胞、左右の行動選択に特異的に応答する神経細胞、音と行動の両方に応答する細胞が存在することを明らかにしました。さらに、これらの神経集団がどのような順番で時系列的に活性化するか(神経軌道)が行動選択を意思決定することも示しました注1)

次に、内側前頭皮質に存在する神経軌道の試行ごとの揺らぎの大きさ(試行変動性)を解析したところ、神経軌道の試行変動性が個体の行動選択の変動(心理測定曲線)に影響を与えることを発見しました。さらに、今回用いた意思決定課題に関わる神経回路を数理モデル化し、コンピュータ上でこのモデルに同じ課題を訓練させたところ、試行変動性と行動選択の変動性は、どちらも外的擾乱(じょうらん)に対する神経軌道の「感受性」によって決まることが明らかになりました。

感受性の高いラットは、神経軌道が外的擾乱の影響を受けやすく不安定なため、音の周波数に応じて行動選択確率を変化させるのに対し、感受性の低いラットは外的擾乱を受けにくく安定しているため、新しい周波数に対しては敏感に応答しないと考えられます。つまり、神経軌道が外的擾乱の影響を受けやすいかどうかで、ラットの心理測定曲線の傾向が決まるということです(図1)。

一般的に、音の高さに応じて行動選択確率を変化させるラットは、より多くの報酬が期待できることから“賢い”ラットと見なされます。しかし今回の研究結果から、私たちの直感に反して、賢いと見なされるラットほどその神経活動は外的擾乱の影響を受けやすく不安定であり、逆にデタラメに行動しているように見えるラットほど、その神経活動は外的擾乱の影響を受けにくく安定していることが分かりました。ヒトであっても、思慮深いほど脳の神経活動が安定しているとは限らない可能性があります。

注1)Handa, T., Takekawa, T., Harukuni, R., Isomura, Y. & Fukai, T. Medial frontal circuit dynamics represents probabilistic choices for unfamiliar sensory experience. Cereb. Cortex 27, 3818–3831 (2017)

今後の期待

行動選択の個体差は個体ごとの戦略や精神的な傾向の違いに起因する、脳全体の神経ネットワークの特性としてしばしば解釈されます。このような一般的な解釈とは対照的に、本研究の結果は、脳内の局所神経回路の動的性質、すなわち神経軌道の外的擾乱に対する感受性が行動の個体差に強く影響し得ることを示しています。

神経科学では個体差の問題は最近になって注目されてきましたが、今回、個体差の生物学的要因が従来考えられているよりも広範にわたるものであることが示されました。また、人工知能(AI)などにおいても、脳を模倣した学習様式により、ヒトと同様に行動の個体差が生じ得ることを示しており、本成果は、ヒトらしく振る舞う人工知能の開発にも貢献すると期待できます。

原論文情報
  • Tomoki Kurikawa, Tatsuya Haga, Takashi Handa, Rie Harukuni and Tomoki Fukai, “Neuronal stability in medial frontal cortex sets individual variability in decision-making”, Nature Neuroscience, 10.1038/s41593-018-0263-5
発表者

理化学研究所
脳神経科学研究センター 神経情報・脳計算研究チーム
チームリーダー 深井 朋樹(ふかい ともき)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

補足説明
  1. 内側前頭皮質
    大脳皮質の中心溝より前側に広がる広大な領域のうち、脳の内側部に存在する部分。さまざまな感覚運動情報や認知的過程の処理に関与している。
  2. 報酬の最大化
    行動選択の結果として得られる報酬量を最大化するように、とるべき行動(行動戦略)を決定するという考え方。脳では大脳皮質や大脳基底核の神経回路が、報酬を最大化するような学習を行うと考えられている。

意思決定行動の個体差と神経活動の個体差の関連の図

図1 意思決定行動の個体差と神経活動の個体差の関連

左下の心理測定曲線に示すように、意思決定課題において、感受性の高いラットは新しい刺激音に敏感に応じて行動選択確率を変え(黄)、感受性の低いラットは新しい刺激には敏感に応答しない(紫)。また、右下に示すように数理モデルでは、高感受性のラットでは内側前頭皮質の神経ダイナミクスが電気刺激などの外的擾乱(赤矢印)の影響を受けやすく不安定で、低感受性のラットでは外的擾乱を受けにくく安定していることを示した(右下)。

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