中性子過剰なスズ同位体の巨大共鳴観測に成功

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パイ中間子凝縮から中性子星の構造解明に一歩近づく

2018/10/19  理化学研究所,九州大学

理化学研究所(理研)仁科加速器科学研究センタースピン・アイソスピン研究室笹野匡紀専任研究員、上坂友洋室長、九州大学理学府の安田淳平大学院生(研究当時)、理学研究院の若狭智嗣教授らの国際共同研究グループは、理研の重イオン[1]加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)[2]」を用いて、二重魔法数[3]核「スズ-132(132Sn)」に対する「巨大共鳴状態[4]」の観測に世界で初めて成功しました。

本研究成果により、「パイ中間子[5]」が引き起こす「パイ中間子凝縮[6]」と呼ばれる相転移現象が起こる条件が明らかになり、中性子星[7]の構造や急速冷却現象の解明が進むと期待できます。

1973年に予言されたパイ中間子凝縮は、通常の原子核ではまだ観測されていませんが、中性子星では起きている可能性があると考えられています。今回、国際共同研究グループは、RIBFにおいて生成された132Snビームを液体水素標的に照射し、引き起こされた「荷電交換(p,n)反応[8]」を「WINDS中性子検出器[9]」と「SAMURAI磁気スペクトロメーター[10]」を用いて測定することで、パイ中間子凝縮の性質を反映する巨大共鳴状態(ガモフ・テラー巨大共鳴[4])の観測に成功しました。得られたスペクトルと理論計算の比較から、パイ中間子凝縮が通常の原子核密度[11]の2倍以上の環境、すなわち太陽質量の1.4倍より重い中性子星で起こっている可能性が高いという結論を得ました。

本研究は、米国の科学雑誌『Physical Review Letters』のオンライン版(9月26日付け)に掲載されました。

通常の原子核および中性子星とパイ中間子凝縮の有無の図

図 通常の原子核および中性子星とパイ中間子凝縮の有無

※国際共同研究グループ

理化学研究所 仁科加速器科学研究センター スピン・アイソスピン研究室
専任研究員 笹野 匡紀(ささの まさき)
室長 上坂 友洋(うえさか ともひろ)

九州大学 理学府 物理学専攻 粒子物理学講座
大学院生(研究当時)安田 淳平(やすだ じゅんぺい)
九州大学 理学研究院 物理学部門 粒子物理学講座
教授 若狭 智嗣(わかさ ともつぐ)

ミシガン州立大学
教授 レムコ・ゼガーズ(Remco Zegers)

本研究は、SAMURAI国際共同研究グループ(理化学研究所、九州大学、東京工業大学、東北大学、京都大学、東京大学CNS、米国ミシガン州立大学などからなる国共同研究グループ)から60名の研究者が参加し行われました。

※研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型)「中性子過剰な中低密度核物質の物性(研究代表者:中村隆司)」、米国国立科学財団、ハンガリーNKFI財団などの助成を受けて行われました。

背景

1935年に湯川秀樹によって理論的に提案され、1947年に英国のセシル・パウエルによって初めて発見された「パイ中間子」は、核力(陽子、中性子の間に働く相互作用)を理解する上で最も重要な中間子であり、原子核の構造や「中性子星」の構造を決定づけます。中間子はボース粒子(整数の大きさのスピン[12]を持つ粒子)であり、複数の粒子が一つの状態をとることできるため、レーザーにおける光子や超伝導体におけるクーパー対(電子対)のように、ボース粒子特有の凝縮状態を作ります。このような凝縮状態の発現は多くの場合、「相転移現象」を伴うことから物質の巨視的な性質を左右します。

1973年にロシアのA.B.ミグダルは、パイ中間子が引き起こす相転移である「パイ中間子凝縮」を予言しました。この予言によると、原子核でパイ中間子凝縮が起こると、通常の原子核密度の5倍もの高密度の原子核が生成される可能性があります。しかしこれまで、そのような異常な原子核は発見されていません。一方で、宇宙空間に浮かぶ巨大な原子核とも呼ばれる中性子星の内部のような高密度核物質の中では、パイ中間子凝縮が起きている可能性が高いと考えられています。また、一部の中性子星で観測されている急速冷却現象は、このパイ中間子凝縮により引き起こされている可能性があります。

原子核や中性子星において、パイ中間子凝縮が起こるか否かを推測するには、パイ中間子の波が核物質中でどのように振る舞うかを理解する必要があります。中間子のうち、パイ中間子は最も軽く、核子から最も遠くまで到達できます。そのため、この波の長距離における振る舞いには複雑な過程が含まれず、真空中に孤立しているパイ中間子の性質に基づいて比較的良く理解されます。一方で、短距離における振る舞いには複雑な過程が含まれるため、それを定量的に記述することは困難です。

そこで、国際共同研究グループは、加速器を用いた実験によりパイ中間子の波の短距離成分に関する情報を引き出すことができると考え、RIBFを用いて地球から遠く離れた中性子星における理論的な予言が難しい現象を地球上で実際に生成可能な原子核における測定を通して理解することに挑戦しました。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、パイ中間子の波の短距離成分を定量的に評価するために、原子核の「巨大共鳴現象」を利用することにしました。巨大共鳴現象とは、原子核を構成する陽子と中性子の大半が関与する振動現象であり、その振動周波数は、原子核の詳細な構造によらず巨視的な性質を反映します。また、原子核全体の量子数[12]によって異なる共鳴周波数を持つため、その量子数を区別することで、ある特定の性質のみを取り出すことができます(選択性[13])。パイ中間子の波の短距離における性質は、「ガモフ・テラー型の巨大共鳴」の共鳴周波数に反映されており、周波数が高いほど短距離斥力が強く、パイ中間子凝縮が起こりにくくなります。

ガモフ・テラー巨大共鳴は、「荷電交換(p,n)反応」という核反応を用いて観測することができます。荷電交換(p,n)反応では、調べたい原子核に陽子が衝突し、中性子が放出されます。陽子と中性子の間でスピンとアイソスピン[12]が交換された結果、パイ中間子が関与する原子核の振動状態であるガモフ・テラー巨大共鳴が励起されます(図1)。

国際共同研究グループは、ガモフ・テラー巨大共鳴を観測する原子核として、スズ-132(132Sn)を選びました。132Snは、陽子数(50個)に対して中性子数(82個)が非常に多い中性子過剰核であることから、中性子星により近い原子核だと考えられます。加えて、陽子数と中性子数が二重魔法数に対応するため、原子核の構造が単純です。そのため、巨大共鳴現象の理論的な記述が比較的容易であり、実験結果を高い信頼性で解釈できるという利点があります。

ガモフ・テラー巨大共鳴観測実験は、重イオン加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)」において行いました。具体的には、光速の半分程度の速度を持った132Snの大強度不安定核ビームを、液体水素標的に照射して荷電交換(p,n)反応を起こし、生成された中性子を「WINDS中性子検出装置」で、反応後の132Snビーム由来の粒子を多粒子測定装置「SAMURAIスペクトロメーター」により同定しました(図2)。

132Snにおけるガモフ・テラー巨大共鳴の観測で得られたスペクトル(図3の一山構造)を理論計算と比較することにより、パイ中間子の波の短距離斥力の強さを表す指標のランダウ・ミグダルパラメーター(g’)を0.68と決定しました。この値は、パイ中間子凝縮が通常の原子核密度の2倍以上の環境で起きていることを示しており、その密度は、重さが太陽質量の1.4倍程度の中性子星の中心部に相当します。

中性子星でパイ中間子凝縮が起こると、ニュートリノ[14]が放出されるのに伴い、熱放出が加速され、中性子星は急速に冷却されると考えられています。この冷却シナリオは、一部の中性子星において観測されている「急速冷却現象」を説明するために必要であり、今回、このシナリオの妥当性が検証されました。

もう一つの大きな成果は、132Snという希少な放射性同位体(RI)に対して世界で初めてガモフ・テラー巨大共鳴を観測したことです。これまで観測されてきたガモフ・テラー巨大共鳴は、地球上で大量に手に入る安定核に限られてきました。したがって、本研究はRIBFの高いRIビーム供給能力を生かして、陽子数と中性子数のバランスが大きく崩れた領域での原子核研究を開拓したという意義があります。

今後の期待

これまで、パイ中間子凝縮を特徴づけるg’が測定された実験例の中で、132Snは最も中性子と陽子のバランスが崩れた原子核ですが、中性子星の中で実現されている状態にはまだ程遠いといえます。今後、RIBFの高いRIビーム生成能力を生かして、より中性子過剰な原子核、つまりより中性子星に近い原子核においてガモフ・テラー巨大共鳴を観測することが重要だと考えられます。

また、そのような非常に中性子過剰な原子核ではg’が変化し、ミグダルが予言した相転移に関係した現象が原子核で見える可能性もあります。このような可能性を、RIBFを使って検証することは、私達の身の回りにある物質がなぜ安定なのかという問いに答える上でも本質的に重要なことだと考えられます。

一方、今後の重力波[15]天文学の発展に伴い、中性子星合体[16]の重力波データから、核物質状態方程式に強い制限がかかることが期待されます。重力波天文学によって得られる状態方程式を、地上で得られる相互作用の情報から説明することができれば、中性子星でパイ中間子凝縮が起こっているもう一つの証拠になると考えられます。

原論文情報

J. Yasuda, M. Sasano, R. G. T. Zegers, H. Baba, D. Bazin, W. Chao, M. Dozono, N. Fukuda, N. Inabe, T. Isobe, G. Jhang, D. Kameda, M. Kaneko, K. Kisamori, M. Kobayashi, N. Kobayashi, T. Kobayashi, S. Koyama, Y. Kondo, A. J. Krasznahorkay, T. Kubo, Y. Kubota, M. Kurata-Nishimura, C. S. Lee, J. W. Lee, Y. Matsuda, E. Milman, S. Michimasa, T. Motobayashi, D. Muecher, T. Murakami, T. Nakamura, N. Nakatsuka, S. Ota, H. Otsu, V. Panin, W. Powell, S. Reichert, S. Sakaguchi, H. Sakai, M. Sako, H. Sato, Y. Shimizu, M. Shikata, S. Shimoura, L. Stuhl, T. Sumikama, H. Suzuki, S. Tangwancharoen, M. Takaki, H. Takeda, T. Tako, Y. Togano, H. Tokieda, T. Uesaka, T. Wakasa, K. Yako, K. Yoneda, and J. Zenihiro, “Extraction of the Landau-Migdal Parameter from the Gamow-Teller Giant Resonance in 132Sn”, Physical Review Letters, 10.1103/PhysRevLett.121.132501

発表者

理化学研究所
仁科加速器科学研究センター スピン・アイソスピン研究室
専任研究員 笹野 匡紀(ささの まさき)

九州大学 理学研究院 物理学部門 粒子物理学講座
教授 若狭 智嗣(わかさ ともつぐ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

九州大学 広報室

補足説明
  1. 重イオン
    リチウム(原子番号3)、もしくは炭素(原子番号6)より重い元素のイオンを重イオンという。イオン源により原子から電子を剥ぎ取ると、原子核の陽子数に比べて電子の数が少なくなり、全体としてプラスの電荷を持つことにより、加速器で電気的に加速することが可能となる。
  2. RIビームファクトリー(RIBF)
    水素からウランまでの全元素の放射性同位体(RI)を世界最大強度でビームとして発生させ、それを多角的に解析・利用することにより、基礎から応用にわたる幅広い研究と産業技術の飛躍的発展に貢献することを目的とする次世代加速器施設。施設はRIビームを生成するために必要な加速器系、RIビーム分離生成装置(BigRIPS)で構成されるRIビーム発生系施設、および生成されたRIビームの多角的な解析・利用を行う基幹実験装置群で構成される。これまで生成不可能だったRIも含めて約4,000個のRIを生成できると期待されている。
  3. 二重魔法数
    原子核は、原子と同様に殻構造を持ち、陽子または中性子がある決まった数のときに閉殻構造となり、安定化する。この数を魔法数と呼び、2、8、28、50、82、126が古くから知られている。理研では、新たに16、34の魔法数の発見が報告されている。陽子数と中性子数がともに魔法数である原子核を二重魔法数核と呼ぶ。
  4. 巨大共鳴状態、ガモフ・テラー巨大共鳴
    原子核全体が音叉のように共鳴振動している状態を巨大共鳴状態という。その共鳴周波数は、原子核の硬さや柔らかさといった巨視的な性質を反映している(共鳴周波数が大きいほど原子核は硬くなる)。ガモフ・テラー巨大共鳴は、スピンとアイソスピンがそれぞれ1単位変化しながら振動している状態のこと。
  5. パイ中間子
    湯川秀樹によってその存在を予言され、後に実験によって発見された素粒子。陽子や中性子同士を結びつける素粒子の一つで、湯川粒子とも呼ばれる。なお、中間子にはパイ(π)中間子のほかにD中間子、J/ψ中間子、K中間子、φ中間子、ρ中間子、η中間子、Υ中間子、B中間子などがある。
  6. パイ中間子凝縮
    ロシアの理論研究者ミグダルにより、1973年に予言されたパイ中間子の凝縮状態。レーザーにおける光子や超伝導体におけるクーパー対のようなボース粒子であるパイ中間子が大量に集まり、単一の量子状態を構成する。
  7. 中性子星
    超新星爆発によって生まれる星の最終形態の一つ。中性子を主成分とする超高温超高密度の星。半径は約10km強、質量は太陽の1~2倍で密度は1cm3あたり10億トンにもなる。中性子星は宇宙空間に浮かぶ巨大な原子核とも呼ばれる。
  8. 荷電交換(p,n)反応
    原子核に陽子(proton)が衝突し、中性子(neutron)が放出される反応。この反応により、陽子と原子核の間でスピンとアイソスピンが交換される。
  9. WINDS中性子検出器
    荷電交換(p,n)反応から放出される中性子を検出し、そのエネルギーと放出角度を測定するための装置。
  10. SAMURAIスペクトロメーター
    核反応後に生じる粒子の種類の同定、運動量とその方向の決定に用いられる磁気分析装置。電荷や質量が大きく異なる多種類の粒子を同時に測定できるという特徴を持つ。
  11. 通常の原子核密度
    通常の原子核密度においては、原子核中の1立方フェムトメートル(フェムトは10のマイナス15乗)あたり、約0.16個の陽子もしくは中性子が存在する。
  12. 量子数、スピン、アイソスピン
    一般に原子核の量子力学系では、その相互作用が持つ対称性に対応した量子数が存在すると考えられている。スピンは空間回転対称性に対応した量子数であり、アイソスピンは、陽子と中性子間の対称性に対応した量子数である。原子核の構造や核力の振る舞いを理解する上では、陽子と中性子の間に良い対称性が成り立つと理解されている。
  13. 選択性
    巨大共鳴状態は原子核全体の量子数で特徴づけられる。異なる量子数を持つ巨大共鳴は、互いに混じり合わない。このため同じ原子核でも、巨大共鳴の共鳴周波数は、量子数によって異なる。量子数を選択することで、巨大共鳴の振動数から、特定の巨視的性質のみを取り出すことができる。
  14. ニュートリノ
    光の速さで伝わる質量が極めて小さい素粒子で、物質とはほとんど反応しない。太陽の中心や超新星爆発で発生する。
  15. 重力波
    アインシュタインの一般相対性理論によれば、質量を持つ物体が存在すると、時間と空間(時空)に歪みが生じる。その物体が運動をすると、この時空の歪みが変化し、それが光速で伝わっていく。この変化の波を重力波と呼ぶ。
  16. 中性子星合体
    二つの中性子星が互いの重心の周りを公転する連星系は、重力波を放出し、運動エネルギーを失うことにより公転周期が短くなり、やがて合体する。中性子星の連星系は太陽の8~20倍の質量の連星の両方が、超新星爆発を起こした後に形成される。

荷電交換(p, n)反応を用いた巨大共鳴の励起のイメージの図

図1 荷電交換(p, n)反応を用いた巨大共鳴の励起のイメージ

陽子が原子核に衝突し、中性子が放出されると、パイ中間子が関与する原子核の振動状態(巨大共鳴)が励起される。

ガモフ・テラー巨大共鳴の観測実験装置の図

図2 ガモフ・テラー巨大共鳴の観測実験装置

赤矢印の方向で光速の半分程度の速度を持つスズ-132(132Sn)ビームが液体水素標的に照射され、荷電交換(p,n)反応が起こる。荷電交換(p,n)反応によって生成された中性子は、ビームの入射方向に対して横向きに出射され(青矢印)、反応点を囲むように配置された「WINDS中性子検出器」で検出される。一方、荷電交換(p,n)反応後、132Snビーム粒子は種類(アンチモン-132同位体など)を変えるが、「SAMURAIスペクトロメーター」で粒子同定され(緑矢印)、荷電交換(p,n)反応チャンネルの選択に用いられる。

観測されたスズ-132(132Sn)のガモフ・テラー巨大共鳴のスペクトルの図

図3 観測されたスズ-132(132Sn)のガモフ・テラー巨大共鳴のスペクトル

横軸の励起エネルギーは、原子核振動の周波数に比例する。黒い点は観測データを、黒線は各観測データをつなげた一山構造のスペクトルを示し、それぞれの曲線は異なるランダウ・ミグダルパラメーター(g’)を用いた理論計算の結果を表す。スペクトルと理論計算の比較により、g’=0.68と決定された。なお、測定された共鳴周波数は2.4×1022Hzだった。上部に、パイ中間子の短距離斥力の強さおよびパイ中間子凝縮の起こりやすさの関係を矢印で示している。すなわち、巨大共鳴現象の励起エネルギーが大きいほど、パイ中間子由来の短距離斥力が強く、パイ中間子凝縮は起こりにくいといえる。

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