AIによる土石流検知センサーシステム

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安価なセンサーの複数配置で真の土石流だけを検知

2018/10/10 産業技術総合研究所,国土技術政策総合研究所

ポイント

  • 複数の安価な振動センサーの情報から、AIによって土石流による振動だけを検知
  • 学習データ数を増やすことにより土石流発生の判別精度の向上が可能
  • センサーの設置や維持管理の大幅なコストダウンが可能

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)集積マイクロシステム研究センター【研究センター長 廣島 洋】MEMS集積化プロセス研究チーム 倉島 優一 主任研究員、社会実装化センサシステム研究チーム 小林 健 研究チーム長、分析計測標準研究部門【研究部門長 野中 秀彦】非破壊計測研究グループ 叶 嘉星 研究員らは、国土交通省 国土技術政策総合研究所【所長 小俣 篤】(以下「国総研」という)と共同で、AI(人工知能)による次世代型の土石流検知センサーシステムを開発した。

このシステムは、汎用部品を用いた安価なセンサーを土石流が発生する地域に複数、面的に配置して、それらセンサーからの振動波形をAIによって解析して真の土石流だけを検知できる。今回、土石流が頻発する桜島で、2017年に約一か月間、複数のセンサーの振動データを収集して学習データを生成し、その学習データから土石流判定AIソフトウエアを開発した。このソフトウエアに対して、桜島の実データで交差検証を行ったところ、誤検知なしで全ての土石流を検知できる見込みを得た。従来手法では誤警報が約95 %にも達しており、AIを用いた今回開発したシステムの有用性を確認できた。

なお、このシステムの詳細は、平成30年10月17~19日に幕張メッセ(千葉県千葉市)で開催されるMEMS センシング&ネットワークシステム展 2018で発表される。

概要図

AIによる土石流検知センサーシステムの概略図

開発の社会的背景

日本は国土の多くが山地であり急な斜面が多く、梅雨・秋雨の時期や台風の際には大量の降雨があり、平均して年間1,000件程度の土砂災害が発生している。土砂災害の中でも土石流は高速で、発生後短時間で集落に到達することも多いため、いち早く土石流の発生や予兆を検知し、速やかに避難することが被害を軽減する上で重要である。これまで土石流検知に広く用いられてきたワイヤーセンサーは、土石流がワイヤーを切断すると警報が出る仕組みであるが、一度ワイヤーが切れたら張り直す必要があり、第2波・第3波の土石流が連続して発生した場合は検知できない。また、動物がワイヤーを切断することなどによる誤警報も発生している。そこで、振動センサーを用いて土石流の発生により大きな石などが川底や護岸などに衝突して発生する振動から土石流を検知する試みがなされてきたが、土石流以外の要因で発生する振動(雨、風、地震、火山性微動など)による誤警報の問題が指摘されている。

研究の経緯

上述したもの以外にもさまざまな土石流検知センサーが開発されてきたが、一般的にその維持管理費も含めて非常に高価であり、低廉化も課題であった。今回、センサーやAIなどの技術に精通した産総研と土砂災害の発生メカニズムやハード・ソフト対策に精通した国総研は、平成28年12月より、従来の土砂災害検知センサーの課題解決を目指し、最先端のAIやIoT技術を導入した「次世代型土石流災害検知センサー」を開発するために共同研究を進めてきた。

研究の内容

本研究開発のポイントは二つある。一つは、土石流の可能性のある現場に設置する多数の振動センサーの波形データから、AI解析によって土石流の振動波形だけを検知することである。振動センサーはあらゆる振動を拾うため、雨、風、地震、火山性微動といった土石流以外の振動を土石流と誤判定することがあってはならない。このため、AIの機械学習により、土石流による振動だけを識別する方法を実現した。土石流が頻発する桜島を選び、国総研の協力で質の良いラベル付けされた学習データが得られたことがその実現に寄与している。

二つ目は、多数の振動センサーを配置した、いわば「面」による土石流検知である。従来、土砂災害関連の計測機器やセンサーの多くは高価であるため、単体での現場設置、つまり「点」での検知となることが少なくなかった。しかし、単体機器での検知では、その機器の誤動作の可能性もあり、費用面を除けば、複数機器配置による「面」での検知のほうが誤判定の可能性が小さい。そこで今回、土石流検知センサーシステムとして、複数のセンサー配置による方式を考案し、それを従来よりも安価で普及しやすい実装形態で実現した。

以下は、この二つの技術ポイントの詳細である。

① AI機械学習による土石流検知

AIによる土石流検知の流れを図1に示す。主に、異常度計算部と土石流検知部の二つのプログラムから構成される。

図1

図1 AIによる土石流検知の流れ

すべての振動データについて土石流検知を行うと計算量が膨大となり、現場で用いるCPUへの負担が大きくなり、実装費用も増すため、まず、異常度計算部で異常な振動データを検知する。異常度計算部では、複数の振動センサーからの振動波形を、5分ずつのデータ区間に分割したのち、各データ区間の異常度を、それぞれのセンサーについて計算する。各データ区間は5分であるが、1分ずつの重なりを持たせているので、1分ごとに異常度を計算、出力することになる。この異常度の計算は、要約統計量の手法に基づき、時間領域と周波数領域双方での異常度を計算する。すべてのセンサーが、異常度が高いという結果を示しているときだけ、そのデータ区間を異常候補として、土石流検知部にデータを送る。このようにすべてのセンサーが異常を示したときだけ、土石流の疑いを持つということは、「面」での検知に相当し、あるセンサーの近くで重機が動いたり、人が歩いたりして振動が拾われても、それらを除外できる。なお、異常度計算部で異常候補として選ばれたデータ区間には、実際には土石流による振動を含む場合だけではなく、他の要因による振動でも異常度が高いと計算された場合も含まれる。これらの異常候補から本当の土石流だけを検知するのが土石流検知部である。

検知精度の高い土石流検知部を実現するには、質の高い学習データをなるべく多く取得することが重要である。学習データとは、実際の振動波形から抽出した特徴量と、その振動が生じた時に何が発生していたかを示すラベルを付けたデータである。この場合のラベルは、土石流とそれ以外の振動である。このラベル付けの正確さが検知精度に影響するため、今回の開発では、桜島でのビデオ画像と気象データを用いてラベルを付け、さらに判断が難しい場合では国総研の専門家がラベル付けを行った。2017年6月3日から7月4日まで収集した振動波形データにラベルを付けた学習データを用い、機械学習の一手法であるサポートベクターマシンによって土石流検知部ソフトウエアを実装した。

この土石流検知部ソフトウエアの検証は、統計学で用いる交差検証法を用いた。交差検証法では、得られた標本データをいくつかに分割し、その一部を学習データ、残りをテストデータとして用い、これを順番に繰り返す。今回のデータでは3回の土石流が発生したので、それぞれのデータ群を仮にA、B、Cとすると、まずAとBを図1における学習データとして土石流検知部ソフトウエアを形成し、図1の左側からの入力としてテストデータCを与えて、土石流が検知できるかを確認する。次に、学習データとしてBとC、テストデータとしてAを与えて土石流が検知できるかを確認する。最後に、学習データとしてCとA、テストデータとしてBを与えて同様に検知出来るかを確認する。具体的には、今回収集したデータ量は、一つ5分のデータ区間では8835データ区間となるが、これらを土石流毎に3群に分けて交差検証を行ったところ、異常度計算部により、619データ区間が異常候補と検知されて土石流検知部で詳細な解析が行われた。その結果、約6 %にあたる36データ区間がAIにより土石流と認識され、実際の3回の土石流発生期間と合致した。すなわち、誤警報なしで全ての土石流発生を正確に検知できたことになる。

AIを用いた本システムの優位性を検証するために、従来手法と比較した。従来手法では、振動波形の強さに注目して一定の閾値を超えたときに異常と判定していた。そこで統計学的仮説検定を用いて、同じ8835データ区間を解析したところ、826データ区間が異常と判定された。実際に土石流が発生したのは36データ区間であるため、約95 %に相当する790データ区間が誤警報となる。つまり約20回の警報のうち、真の土石流警報は1回だけとなる。このことから、AIを用いて今回開発したシステムの優位性が確認できた。

② 安価な振動センサーの複数配置による無線センサーネットワークシステムの構築

今回開発した土石流検知センサーシステムは「面」でのセンシングが基本となるため、個々の振動センサーが安価でなければ普及は望めない。そこで、市販の汎用部品を組み合わせ、MEMS振動センサー、無線通信装置、ソーラーパネル、リチウムイオン電池から成る無線センサーを作製した。なお、部品価格は総額一万円程度であった。出力最大1.5 Wのソーラーパネルを用いて充電したリチウムイオン電池でセンサーを駆動するが、センサー全体の消費電力は約0.13 Wであり、一度フル充電すればソーラーパネルによる発電が無くても振動センサーは通常2週間弱は稼働できる。

この無線センサーを桜島の野尻川にある砂防堰堤(野尻川第7号砂防堰堤付近)に上流から10 mまたは20 m間隔で図2の白丸で示した合計17箇所に配置することで、安価なセンサーの複数配置による面的な振動波形データを2017年6月3日から7月4日までの間、取得できた。

図2

図2 桜島に設置したセンサーと受信及びデータ収集部(上の写真の白丸が実際に設置した場所)

今後の予定

今回開発した土石流検知システムによる土石流の検知は実時間での検知ではないので、今後は、この現場のPCに機械学習が完了した土石流検知部ソフトウエアを実装して実時間での土石流検知を行う。さらに計測データと質の高い学習データを蓄積して、桜島以外での箇所でも土石流を検知できることを実証する。一方、将来の普及を見据えて、安価で耐久性のあるセンサー開発を継続する。

用語の説明

◆土石流
土砂災害は一般的に、土石流、地すべり、崖崩れに大きく分類される。このうち土石流は、山や谷の土砂(土や砂、石)が雨水との混合物となり斜面を一気に流れ下る現象。
◆交差検証
解析の妥当性の検証・確認をする手法。得られた標本データをいくつかに分割し、その一部を学習データ、残りをテストデータとして用い、この検証を順番に繰り返す。
◆ワイヤーセンサー
土石流が通過する可能性のある渓流の上流などに渓流を横断するようにワイヤーを張り、ワイヤーが切断されると土石流発生を通知するセンサー。
◆IoT
センサーをはじめさまざまな物がインターネットに接続され、センサーなどから取得した情報を交換する仕組み。
◆要約統計量
大量のデータを俯瞰、把握するための統計量の一種。標本データの分布の違いにより用いる値は異なり、例えば正規分布であれば平均、分散、標準偏差などとなる。
◆サポートベクターマシン
教師あり学習に用いるパターン認識手法の一つであり、複数データのクラス分けや回帰に適用できる。
◆統計学的仮説検定
母集団についての仮説をサンプルに基づいて検証する手法。
◆MEMS振動センサー
半導体のシリコン基板の微細加工技術などにより実現したMEMSセンサーであり、センサーにかかる加速度を計測することで振動が計測できるもの。
◆砂防堰堤
土石流など上流から流れてきた土砂を受け止め、貯まった土砂を下流に少しずつ流すことで土砂の量を調整する構造物。
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