Ptf1aが最上流遺伝子として、脳の男性化・女性化に働くことを発見

脳の性別を決定する新たなメカニズム

2018/07/04 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)

国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター(NCNP)神経研究所 病態生化学研究部の藤山知之研究生(現WPI-IIIS研究員)、星野幹雄部長と国立大学法人筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)の柳沢正史機構長/教授、船戸弘正客員教授らの研究グループは、小脳や膵臓の形成に関わることが知られているPtf1a遺伝子1)が、胎児期の視床下部において働き、脳の男性化や女性化に関わることを明らかにしました。
男性と女性では脳の構造や機能に生まれつき差異があり、その差異を出発点とし、成長を通じてものの考え方や立ち居振る舞い、嗜好などに違いが現れます。ヒトを含む哺乳類の脳は「臨界期」と呼ばれる時期にテストステロン刺激を受けると男性化し、その刺激を受けないと女性化することが知られています。しかし「臨界期」以前の脳の性分化機構についてはよくわかっていませんでした。
本研究グループは、膵臓や小脳の発達に関わるPtf1a遺伝子が「臨界期」より遥かに前の胎児期において視床下部と呼ばれる脳領域の神経前駆細胞2)で発現することを見出しました。その領域でPtf1a遺伝子を破壊したノックアウトマウスを作製したところ、その脳は「臨界期」にテストステロン刺激を受けても男性化できず、その一方でテストステロン刺激を受けない場合でも女性化できないことが観察されました。このことから、(1)脳の性分化(男性化または女性化)のためには、「臨界期」以前に「性分化準備状態」になる必要があること、そして(2)胎児期の視床下部Ptf1aが脳を「性分化準備状態」へと導き、その後の「臨界期」でのテストステロン刺激・非刺激によって男性化脳・女性化脳へと性分化させるということが明らかになりました。
これまでにも脳の性分化に関わる遺伝子はいくつか報告されていますが、Ptf1aはそれらの中で最も早く働く最上流遺伝子であり、今回の研究は脳の性分化の最初期段階を明らかにしたと言えます。本研究によって、脳の男性化・女性化のしくみがより深く理解できるようになり、今後の脳発達と性差の研究に大きく貢献するものと考えられます。
この研究成果は、日本時間2018年7月4日 午前1時(報道解禁日時:米国東部標準時間7月3日午前11時)に科学雑誌「Cell Reports(セル・リポーツ)」オンラインに掲載されました。

■研究の背景
男性と女性では、ものの考え方や嗜好などの傾向に違いが見られますが、それは脳の違いを反映していると考えられています。ある脳領域では、細胞、シナプス、神経線維の数が男性の方が多いとか、女性の方が多いとか、あるいは遺伝子の発現が男女で異なるとか、男性と女性とでは脳の構造や機能が少し異なることが知られています。われわれヒトを含む哺乳類の脳は、最初はほとんど性差がありませんが、「臨界期」と呼ばれる時期に男性ホルモンの一種であるテストステロン刺激を受けると男性化し、その刺激を受けないと女性化します。この臨界期はマウスでは出生直前〜出生後1週間、ヒトでは妊娠12-22週頃とされており、この時期における脳の性分化機構はかなり研究されてきました。しかしながら、「臨界期」以前の脳の性分化機構についてはよくわかっていませんでした。
過去に星野部長らは、「小脳が無い突然変異体マウス」を発見し、その原因となる遺伝子としてPtf1aを見つけました(参考文献1)。その後の解析から、この遺伝子が小脳以外にも網膜、脊髄、延髄、視床下部で発現していることがわかり、現在までに視床下部以外における機能はおおよそ解明されています。しかしながら、視床下部はとても複雑な構造で多様な働きを担っているため、この脳領域におけるPtf1aの機能はこれまで解明されていませんでした。

■研究の内容
本グループは、以前からPtf1a遺伝子が胎児期マウスの視床下部で発現することを見出していましたが(参考文献1)、本研究ではその発現についてさらに詳細に調べました。すると臨界期よりかなり前の発達段階で、視床下部の、特に脳室に面した神経前駆細胞でPtf1aが発現することを見出しました。その発現は胎生10日に始まりますが、臨界期前の胎生16日にはほとんど失われることもわかりました。次に、視床下部だけでこの遺伝子を破壊したノックアウト(KO)マウスを作製して、その行動を調べました。
正常なオスは、メスのお尻の上にのりかかる「マウント」という性行動を行います。しかしKOマウスのオスでは、マウント行動が観察されませんでした(図1A)。また、正常なオスは、同性(オス)に対する攻撃性を示す一方で、異性(メス)に対しては攻撃性をほとんど見せません。しかし、KOマウスのオスでは、オスに対する攻撃性をほとんど示さないのに対して(図1B)、メスに対する攻撃性を見せました(図1C)。このようにKOマウスのオスはオス特有の行動をしないということから、脳がうまく「オス脳(男性脳)」へと性分化できていないということがわかります。
一方、正常なメスは、オスにマウントされた時にお尻を突き出す「ロードシス」という性行動を呈します。しかし、KOマウスのメスでは、ロードシスの頻度が極端に低下していました(図1D)。また、KOマウスのメスは、子集めや毛繕いなどの基本的な子育て行動がほとんど見られませんでした(図1E)。このようにKOマウスのメスはメス特有の行動をしないということから、脳が正常に「メス脳(女性脳)」へと性分化できていないということがわかります。

図1
図1 視床下部のPtf1a遺伝子を破壊したノックアウトマウスでは、
正常なマウスに比べて性別特有の行動が顕著に減少した。

正常なオスでは、臨界期に脳がテストステロン刺激を受容し、それに反応して視床下部でPgr(プロゲステロン受容体)遺伝子を発現することが知られています。そこで臨界期のKOマウスのオスで調べたところ、視床下部で同様なPgr遺伝子の発現が観察されました。これは、たとえPtf1a遺伝子が破壊された脳だとしても、オスではテストステロン刺激を正常に受容しているということです。それでも「オス脳(男性脳)」に性分化できないということから、臨界期のKOオスマウスの脳では「テストステロン刺激を受けてオス脳へと性分化するための準備」が整っていない、ということがわかります。
一方、正常なメスでは、臨界期に脳がテストステロン「刺激を受けない」ということによって、「メス脳(女性脳)」へと性分化します。しかし、KOマウスのメスでは、臨界期にテストステロン刺激を受けないのに、「メス脳(女性脳)」へと性分化できません。このことは、臨界期のKOメスマウスの脳では「テストステロンの非刺激によってメス脳へと性分化するための準備」が整っていないということになります。
以上から、脳は臨界期になればテストステロンの刺激・非刺激によって無条件に男性脳・女性脳(オス脳・メス脳)へと性分化できるわけではなく、臨界期までに脳が「性分化準備状態」にならなければならない、ということが明らかになりました。そしてさらに、Ptf1a遺伝子が臨界期よりももっと早い胎児期に視床下部で働き、脳を「性分化準備状態」にさせる、という重要な働きをしていることもわかりました(図2)。

図2
図2 Ptf1a遺伝子が胎児期に視床下部で働き、脳が「性分化準備状態」になる。その後、臨界期になるとテストステロンの刺激・非刺激によって男性脳・女性脳(オス脳・メス脳)へと性分化する。視床下部のPtf1a遺伝子を破壊したノックアウトマウスでは脳が「性分化準備状態」になることができないため、臨界期でのテストステロン刺激の有無に関わらず正常に性分化することができない。

■研究の意義・今後の展望
脳の性分化に関わる遺伝子はこれまでにもいくつか同定されてきましたが、発現時期と発現細胞の種類から、Ptf1aはそれらの中でも最も早く働く最上流遺伝子と言えます。今回の研究から、脳の性分化プロセスが神経発生のかなり早い時期からすでに始まっていることが明らかになりました。今後は、脳の性分化の胎生期における研究に弾みがつくと思われます。そして、この領域の研究がさらに活発になることによって、脳の男性化・女性化のメカニズムの理解が、より体系的に進むことが期待されます。

■用語解説
1) Ptf1a(pancreas transcription factor, 1a)遺伝子
転写因子3)の一種であるPTF1Aタンパク質をコードする遺伝子。もともとは膵臓を作るのに必要な遺伝子として知られていたが、2005年に星野らが小脳を作るためにも重要な働きをしているということを明らかにした(参考文献1)。小脳では、抑制性神経細胞と呼ばれる一群の神経細胞の運命決定因子として働く。さらにその後、網膜、蝸牛神経核、下オリーブ核、脊髄の特定の神経細胞の運命決定に関わることが明らかになった。
2)神経前駆細胞
神経前駆細胞にはいくつかのタイプがあるが、ここでは第三脳室に面した放射状グリア細胞のことを指す。この細胞は、細胞分裂を繰り返すことで神経細胞を生み出す。生まれた神経細胞は細胞分裂せず、所定の場所まで移動・定着し、その後、神経ネットワークを構成する。
3) 転写因子
遺伝子DNAに結合し、特定の遺伝子の活動を制御するタンパク質。一つの転写因子が複数の遺伝子の働きを活性化したり不活性化したりする。一つの転写因子によって、その細胞の性質などが決められてしまうこともある。

■原著論文
Forebrain Ptf1a is required for sexual differentiation of the brain.
Fujiyama T, Miyashita S, Tsuneoka Y, Kanemaru K, Kakizaki M, Kanno S, Ishikawa Y, Yamashita M, Owa T, Nagaoka M, Kawaguchi Y, Yanagawa Y, Magnuson MA, Shibuya A, Nabeshima Y, Yanagisawa M, Funato H, Hoshino M:
Cell Reports, in press
DOI:10.1016/j.celrep.2018.06.010
URL:https://www.cell.com/cell-reports/fulltext/S2211-1247(18)30905-7
参考文献1(原著)
Ptf1a, a bHLH transcriptional gene, defines GABAergic neuronal fates in cerebellum.
Hoshino M, Nakamura S, Mori K, Kawauchi T, Terao M, Nishimura YV, Fukuda A, Fuse T, Matsuo N, Sone M, Watanabe M, Bito H, Terashima T, Wright CVE, Kawaguchi Y, Nakao K, Nabeshima Y:
Neuron 47, 201-213, 2005

■助成金
本研究成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
・文部科学省 科学研究費補助金 新学術領域研究「個性創発脳」(16H06528、17H05963)、基盤研究(S)(26220207)、特別推進研究(17H06095)、基盤研究(B)(18H02538、17H04023)、挑戦的萌芽研究(16K15187)、世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)、CREST(JPMJCR1655)
・日本学術振興会 科学研究費補助金 最先端研究開発支援プログラム(FIRST)、研究活動スタート支援(24800088)、特別研究員奨励費(15J00393)

■お問い合わせ先
【研究に関するお問い合わせ先】

星野 幹雄 (ほしの みきお)
国立精神・神経医療研究センター神経研究所 病態生化学研究部長

藤山 知之(ふじやま ともゆき)/ 船戸 弘正(ふなと ひろまさ)
筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構

【報道に関するお問い合わせ先】
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
総務課広報係