赤外超短パルスレーザーの新しい増幅法を実証

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高輝度アト秒レーザー開発に大きな前進

2018/05/16 理化学研究所

理化学研究所(理研)光量子工学研究センター アト秒科学研究チームの付玉喜(フ・ユーシー)研究員、緑川克美チームリーダー、高橋栄治専任研究員の研究チームは、独自の超短パルスレーザー増幅法を実証し、波長可変でありながらテラワット(TW、1TWは1兆W)級のピークパワーを持つ「赤外フェムト秒レーザー[1]」(1フェムト秒は1,000兆分の1秒)を開発することに成功しました。

本研究成果は、軟X線[2]域において、パルス幅が短くかつ高強度のアト秒(1アト秒は100京分の1秒)レーザー[3]開発を可能とします。さらに今後、数keV域の光子エネルギーを持つ卓上サイズのコヒーレント[4]光源や、円偏光コヒーレント軟X線光源開発に貢献すると期待できます。

研究チームは、2011年に独自の赤外レーザー増幅法「二重チャープ光パラメトリック増幅(DC-OPA)法[5]」を考案し注1)、TW級の出力を持つ赤外超短パルスレーザーの設計・開発を進めてきました。今回、DC-OPA法を利用して、中心波長1~2マイクロメートル(μm、1μmは1,000分の1mm)域において、波長可変かつ100ミリジュールを超えるパルスエネルギーと2.5TWのピークパワーを持つ赤外フェムト秒レーザーを実現しました。本成果により、2サイクルのパルス幅でTW級のピークパワーを持つ赤外レーザーや、ペタワット(PW、1PWは1,000兆W)級の高出力性を持つ赤外フェムト秒レーザーを実現できるめどが立ちました。

本研究は、英国のオンライン科学雑誌『Scientific Reports』(5月16日付)に掲載されます。

※研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究A「円偏向フェムト秒コヒーレント軟X線の発生と超高速スピンダイナミクスへの展開(研究代表者:高橋栄治)」、挑戦的萌芽研究「ミリジュール級THzレーザーシステムの開発(研究代表者:高橋栄治)」、基盤研究S「単一アト秒パルスの高出力化によるアト秒電子ダイナミクス計測の確立(研究代表者:緑川克美)」、及び文部科学省最先端の光の創成を目指したネットワーク拠点プログラム受託事業「先端光量子科学アライアンス」の支援を受けて行われました。

背景

高強度光科学は、非常に強い光の場と物質の相互作用を取り扱う研究分野であり、これまでさまざまな応用分野を切り拓いてきました。その代表は、高エネルギー粒子ビームの発生や、アト秒レーザー(1アト秒は100京分の1秒、10-18秒)の開発などです。高強度光科学研究の進展を支えてきたのは、高出力かつフェムト秒(fs、1fsは1,000兆分の1秒、10-15秒)の光パルスを作り出すレーザー技術であり、超短パルスレーザー技術と高強度光科学は30年以上にわたり相補的に発展してきました。

一方、10年ほど前から、励起レーザーに波長の長い赤外レーザーを使用することで、光と物質の新しい相互作用効果を作り出せることが分かってきました。例えば、高橋専任研究員らは2008年に、生体観測に有用な「水の窓[6]」と呼ばれる軟X線域を、従来よりも2桁以上高い効率で高次高調波発生[7]する手法を開発しました注2)。その励起レーザーには、波長1.55マイクロメートル(μm、1μmは1,000分の1mm)の超短パルスレーザーが使用されています。アト秒レーザー研究においても、励起レーザー波長は従来の可視域から赤外域にシフトし、現在世界中で赤外超短パルスレーザーの開発が盛んに行われています。

一般に、波長可変性を持つ赤外超短パルスレーザーの発生には、光パラメトリック増幅(OPA)法[8]が使用されます。しかしOPA法を用いた赤外超短パルスレーザーの出力エネルギーは、レーザー光を他の波長に変換する非線形結晶の損傷閾値(しきいち)による制約から高いピークパワーを持つポンプ光(励起光)を使うことができないため、パルス当たり数ミリジュール(mJ)程度が限界です。そのため赤外レーザー光源の開発では、ファイバーレーザーなどを励起光とした高繰り返し化に重点が置かれ、パルス当たりの高エネルギー化については研究が進んでいませんでした。

注1)Qingbin Zhang, Eiji J. Takahashi, Katsumi Midorikawa, et.al Dual-chirped optical parametric amplification for generating few hundred mJ infrared pulses. Optics Express. Vol.19, Issue8, pp. 7190-7212 (2011)
注2)2008年11月25日プレスリリース「生体を生きたままで微細観測が可能な「水の窓」領域のX線を発生

研究手法と成果

研究チームは、赤外超短パルスレーザーの高出力化を目指し、独自のレーザー増幅法「二重チャープ光パラメトリック増幅(DC-OPA)法」を2011年に提唱しました。DC-OPA法は、OPA法を基にしつつも、後者の弱点である増幅光ピークパワー(パルスエネルギー/パルス幅)の低さを解決できるという重要な特性を備えています。DC-OPA法により、OPA法では使用することが難しかったジュールクラスの高エネルギーレーザーを、励起光として使用することが可能になりました。  今回、DC-OPA法を用いて、高出力の波長可変赤外フェムト秒レーザーの開発を行いました(図1)。その結果、出力エネルギーが100mJと、従来の赤外フェムト秒レーザーより100倍以上高い出力を持つレーザーシステムを実現しました。DC-OPA法の励起レーザーには、ジュールクラスの出力エネルギーを持つチタンサファイアレーザーを使用し、1台のレーザーからDC-OPA法に必要な微弱シード光(種光、赤外レーザー)と励起光を作り出しています。 そのため、DC-OPA法では別途励起レーザーシステムを用意する必要がなく、種光と励起光の時間同期性を数fs以内に抑えることが可能です。DC-OPA法において、種光と励起光間の分散量、符号の関係は、増幅効率および増幅帯域を決定する重要なパラメーターです。そこで、微弱な種光には音響光学素子を用いて、励起光にはチャープ調整機を用いて一定量の分散を与えます。

付加された分散によりパルス幅が伸ばされた微弱な種光は、2段のDC-OPA法により非線形結晶内において約1万倍に増幅されます。図2は、励起レーザーエネルギーに対するDC-OPA法の出力特性を示しています。DC-OPA出力エネルギーは励起レーザーエネルギーに対して線形に増加しており、良好な出力エネルギー拡大性を持つことが分かりました。また、励起レーザーからの変換効率は30%を超えており、一般的なOPA法と同程度の高い効率が実現されました。増幅された赤外レーザーの出力エネルギー安定度は、30分間の測定で1.0%(rms)と、10ヘルツの増幅器としては非常に高い安定性を持つことが確かめられました。

また、OPA法と同様、非線形結晶の角度を変えることで容易に増幅中心波長を変えられることもDC-OPA法の長所です。本研究では、非線形結晶にベータバリウムボライト(BBO)[9]を使用することで、1.1~2.4μmまでの範囲で広い増幅帯域を保ったまま中心波長を自由に変更できることが確かめられました(図3)。

DC-OPA法で増幅された赤外レーザーは、大型プリズム対で構成されたパルス圧縮機により、音響光学素子で与えた分散量を補償され、時間圧縮されます。図4は、中心波長が1.5μmのパルス圧縮の結果を示しており、スペクトル帯域から決まるフーリエ限界パルス幅[10]に近い44fsのパルス幅が達成されました。DC-OPA法は波長可変性を持つことから、他の中心波長条件においてもパルス圧縮のテストを行ったところ、フーリエ限界パルス幅に近いパルス幅の赤外レーザーが得られることが確かめられました。

今後の期待

より最近の研究では、増幅媒質に他の非線形結晶を用いることで2~4μm帯に、そして差周波発生を組み合わせることで3~20μm帯のパラメトリック増幅にもDC-OPA法が適用できることが分かってきました。さらに、2サイクルしか電場振動しないテラワット(TW、1TWは1兆ワット)級のピークパワーを持つ赤外レーザーや、ペタワット(PW、1PWは1,000兆ワット)級の出力を持つ赤外フェムト秒レーザーを実現するめども立ちました。DC-OPAは、高ピークパワーの赤外超短パルス赤外レーザー開発に革新をもたらすと期待できます。

高出力化や波長可変性能の向上は、レーザー光源の応用範囲を広げる重要な要素であり、関連する分野に大きな波及効果を与えます。特に今回開発された赤外レーザー光源は、アト秒レーザー光源開発を大きく前進させます。今後、赤外レーザーシステムをさらに高度化することで、光子エネルギー200~500eV域において、パルス幅50アト秒以下かつギガワット級(GW、1GWは10億ワット)の出力を持つ高輝度アト秒レーザーを実現することができます。また、光子エネルギーが数keV域(波長にすると、1.23ナノメートル(nm、1nmは10億分の1m)以下)のコヒーレント光源の開発も可能になります。さらに、本レーザー光源を用いれば、軟X線シード型FEL光[11]を実現するために不可欠なコヒーレントシード光を、十分なエネルギーで供給することも可能です。

原論文情報

Yuxi Fu, Katsumi Midorikawa, and Eiji J. Takahashi, “Towards a petawatt-class few-cycle infrared laser system”, Scientific Reports, 10.1038/s41598-018-25783-0

発表者

理化学研究所
光量子工学研究センター アト秒科学研究チーム
専任研究員 高橋 栄治(たかはし えいじ)
研究員 付 玉喜(フ・ユーシー)
チームリーダー 緑川 克美(みどりかわ かつみ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

補足説明
  1. フェムト秒レーザー
    パルス幅が数十~数百フェムト秒(1フェムトは10-15秒)のレーザー。パルス幅が極めて短いため、非常に高いピークパワー(パルスエネルギー/パルス幅)を持つ。
  2. 軟X線
    100~2,000eV付近のエネルギー領域の光。
  3. アト秒レーザー
    アト秒パルスレーザーや、孤立アト秒パルスと呼ばれることもある。名前の通りパルス幅がアト秒(10-18秒)の光パルスを指す。高橋専任研究員らは、極紫外域においてギガワット(1ギガは10億)級の出力を持つアト秒レーザーの開発に2013年に成功している。アト秒レーザーをカメラのストロボのように使うことで、高速で動く対象物を詳細に観察できることから、「原子内で動き回る電子の動き」を観測することを目指して、世界各国で盛んに研究されている。
  4. コヒーレント
    波の位相がそろっていること。レーザー光は単色性に優れ、指向性を持ち、干渉性が良く、エネルギー集中度が高い(高輝度性)といった性質を持つ。
  5. 二重チャープ光パラメトリック増幅(DC-OPA)法
    2011年に高橋専任研究員らにより提案された赤外超短パルスレーザーの増幅法。1台のチタンサファイアレーザーから、光パラメトリック増幅(OPA)に必要なチャープした(時間的にパルス幅が伸びた)シード光(種光)とポンプ光(励起光)を作り出す。チャープしたポンプ光使用することで、従来型のOPA法と異なり非線形結晶の大きさに制限されることなく、超短パルス光の増幅を行うことができる。また光パラメトリックチャープ増幅法(OPCPA)のような独立したピコ秒ポンプレーザーシステムは必要とせず、1台のレーザーのみで広帯域で波長可変、かつ高効率なレーザー増幅が可能という特徴を持つ。DC-OPAはdual-chirped optical parametric amplificationの略。
  6. 水の窓
    波長2.28~4.36nm(光子エネルギー:543eV~284eV)の領域は、酸素と炭素の吸収端の間の波長域であり、水とタンパク質などの生体を構成する物質との吸収係数の差が大きく、水の層を通してもタンパク質などが観測できることから、軟X線領域の中でも「水の窓」という名称で呼ばれている。
  7. 高次高調波発生
    高強度のレーザー光を、ネオンなどの希ガスにレンズや凹面鏡を用いて集光すると、そのレーザー光と同じ方向に複数の波長の短い光が発生することが知られている。一般に電磁波を取り扱う分野では、基本の波長の整数分の1の波長の電磁波が発生すると、このことを「高調波」と呼ぶ。高強度のレーザー光により発生した波長の短い光は、励起レーザー光の波長の奇数分の1(例えば、1/11や1/13)の波長になっており、またその分母に入る数が数十以上に達する場合もあることから、「高次高調波」と呼ばれている。
  8. 光パラメトリック増幅(OPA)法
    非線形光学効果を利用して、光の波長を変換、増幅する手法。一般的なOPA法では、微弱なシード光を、非線形結晶内で強力なポンプ光と相互作用させ増幅を行う。増幅後には、シグナル光と、シグナル光とポンプ光の差周波発生によりアイドラー光が発生する。投入できるポンプ光のエネルギーは非線形結晶の大きさ、損傷閾値により制限される。OPAはoptical parametric amplificationの略。
  9. ベータバリウムボライト(BBO)
    非線形結晶の中の一種。バリウムとホウ素と酸素からなる結晶性化合物。
  10. フーリエ限界パルス幅
    光のスペクトル幅から決まる限界のパルス幅。光の時間波形と、それを構成している波の各周波数成分の振幅(スペクトル)は、フーリエ変換の関係にあり、広帯域なスペクル幅を持つ光ほど、短い時間幅を持つ光パルスを生成することができる。
  11. シード型FEL光
    電子自由レーザー(FEL)の時間コヒーレンスを改善するため、外部から位相がそろったコヒーレント光を入れ、この光の位相を種(シード)として電子をそろえて光を増幅するFELをシード型FELと呼ぶ。高橋専任研究員らは、理研放射光科学総合研究センター、東京大学等と協力、波長60nmの高次高調波をシード光として2011年にXUV域のシード型FELの実現に成功している。

 

DC-OPA法により開発された2.5テラワット赤外超短パルスレーザーの図

図1 DC-OPA法により開発された2.5テラワット赤外超短パルスレーザー

レーザーシステムは1-kHzの繰り返しを持つチタンサファイアレーザー、10-Hzの繰り返しを持つチタンサファイア増幅器、2段のDC-OPA部により構成されている。

DC-OPA 法の出力エネルギー拡大性の図

図2 DC-OPA法の出力エネルギー拡大性

DC-OPA出力エネルギーは、ポンプ(励起)レーザーエネルギーに対して線形に増加しており、良好な出力エネルギー拡大性を持つことが分かった。

DC-OPA法の波長可変性の図

図3 DC-OPA法の波長可変性

1600nm(1.6μm)から短波長側はシグナル光(実線)、長波長側はアイドラー光(マーク付き実線)を示す。1100nm~2400nm(1.1~2.4μm)までの範囲で広い増幅帯域を保ったまま、その中心波長を自由に調整できることが分かる。

中心波長が1.5μmのパルス圧縮の結果の図

図4 中心波長が1.5μmのパルス圧縮の結果

(a)は赤外レーザーのスペクトル(青線)と位相(緑線)、(b)は時間圧縮された赤外パルスの時間プロファイル。赤線は測定値、黒破線はスペクトル幅から決まるフーリエ限界時間プロファイル(パルス幅41fs)を示す。

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