ナノグラフェンをジッパーのようにきれいに作ることに成功

~ベンゼン環を精密につなぎ合わせる新しい触媒反応~

平成30年1月26日 科学技術振興機構(JST) 名古屋大学

ポイント

  • ベンゼン環をジッパーでつなぐようなナノグラフェンの効率的な合成法を開発した。
  • 新触媒反応でジッパーの留め具部分(起点)となる環構造の構築を実現した。
  • 単一構造のナノグラフェンの短工程合成の実現や新しい機能性材料の開発に道を拓くなど、ナノカーボン科学への応用が期待される。

JST 戦略的創造研究推進事業において、ERATO 伊丹分子ナノカーボンプロジェクトの伊丹 健一郎 研究総括(名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM) 拠点長/教授)、村上 慧 連携研究者(名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所 特任准教授)、古賀 義人 大学院生(名古屋大学 大学院理学研究科)らは、まるでジッパーのようにベンゼン環をつなぐ新戦略によって、グラフェンの部分構造であるナノグラフェンの精密かつ簡便な合成法を開発しました。

炭素原子だけでできたシート状の物質であるナノグラフェンは、ベンゼン環が多数連結した構造をしています。優れた電気的性質を示すため、多くの電子機器に応用されるなど、次世代材料として注目されています。しかし、ベンゼン環を自在につなぎ合わせることは容易ではなく、構造が精密に制御されたナノグラフェンの合成は困難でした。

本手法の鍵は、ジッパーの留め具部分となる環構造(トリフェニレン注1)構造)の構築を可能にするパラジウム触媒を用いた新反応です。初めに直線ワイヤーのようにベンゼン環が連結した分子であるフェニレン注2)同士をパラジウム触媒で環構造を作りながらつなぎ、剛直なトリフェニレン構造へと導きます。続く反応によって、ジッパーを閉じるように、フェニレンのベンゼン環がつなぎ合わさり、ナノグラフェンへ効率的に変換できます。

本研究成果は、単一構造のナノグラフェンの短工程合成の実現や新しい機能性材料の開発に道を拓く画期的な成果です。

本研究成果は、2018年1月25日(米国東部時間)に米国科学誌「Science」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)

研究プロジェクト 「伊丹分子ナノカーボンプロジェクト」
研究総括 伊丹 健一郎(名古屋大学 大学院理学研究科/トランスフォーマティブ生命分子研究所 拠点長/教授)
研究期間 平成25年10月~平成31年3月

上記研究課題では、未踏・新奇なナノカーボンを構造的に純粋な分子として設計・合成するとともに、それらを基盤として圧倒的に優れた機能性材料を創成し、それらの応用展開まで図ることにより、「分子ナノカーボン科学」という新分野の確立と、イノベーションの創出を目指します。

<研究の背景と経緯>

ナノグラフェンはナノメートルサイズの幅や長さを持つグラフェンであり、基本単位であるベンゼン環が多数連結した構造を持つ分子群です(図1)。これらの分子群は、その大きさや末端の構造に由来した優れた電気的性質を示すため、多くの電子機器に応用されるなど、最も注目される次世代材料として広く研究されています。しかし、ナノグラフェンの精密合成法はまだ発展途上の段階にあり、真に効率的な合成法が強く求められています。例えば、分子の数やつながり方を完全に制御しながら、基本単位のベンゼン環を連結することができれば、理想的なナノグラフェンの精密合成が可能になります(図2上部)。しかし、ベンゼン環を自在につなぎ合わせることは容易ではなく、構造が精密に制御されたナノグラフェンを合成することは困難でした。もし、構造を制御しながら、単純なベンゼン誘導体からこれらの分子群を合成できれば、新しい機能性材料の開発に道を拓く革新的な手法となり得ます(図2下部)。

ベンゼン環を連結していくためには一般に足がかりが必要で、これまで塩素や臭素といったハロゲン原子が広く使われてきました。例えば、1901年にドイツの化学者フリッツ・ウルマンが発表したウルマン二量化反応注3)では、ハロゲン原子を持つベンゼン環を「1つの結合」で連結することができます。しかし本反応で得られる1つの結合部位でベンゼン環が連結した生成物からナノグラフェン構造を作ることは容易ではありません(図3)。この例のように、単純にベンゼンをつなぎ合わせただけでは、目標とする構造のナノグラフェンを合成できるとは限りません。そのため、ナノグラフェンの精密合成の実現には、全く新しい形式のベンゼン環連結反応の開発が望まれていました。

<研究の内容>

本研究グループは、ベンゼン環が直線状に連結した分子であるフェニレンを「まるでジッパーで閉じる」ようにつなぎ合わせ、ナノグラフェンを簡便に合成する新手法を開発しました(図4)。鍵となったのはパラジウム触媒を用いたフェニレンの新しい二量化反応です。1つのハロゲンを足がかりとして、フェニレンを一度に「2つの結合」で連結させ、ジッパーの留め具部分となるトリフェニレン構造を構築します。続くショール縮環反応注4)によって、2つのフェニレンをまるでジッパーで閉じるようにしてつなぎ、ナノグラフェンを効率的に合成することができました。

この新触媒反応を用いた具体例として、市販されている単純なベンゼン誘導体から小さなナノグラフェン(C6026)が簡単に合成できました(図5)。新触媒反応の一般性は高く、さまざまなフェニレン二量体が合成可能です(図6)。未知構造のナノグラフェンの実現につながる分子群として、ベンゼン環を10個持つ新しいナノカーボン分子(図6の1)、ナフタレンを持つナノカーボン分子(図6の2・3)を効率的に合成することができました。さらに窒素や硫黄を含む二量体分子(図6の4・5)を作ることもできました。炭素以外の元素も導入できるため、有機EL材料として有用なホール(プラス電荷に対応する、電子の抜け穴)を輸送する機能など、ナノカーボン分子に新たな機能を付与することもできると考えられます。

<今後の展開>

本研究は全く新しいナノグラフェンの合成法を提供するものであり、有機合成化学、材料科学、触媒化学に大きな進展をもたらすものです。本手法で合成されるナノカーボン材料を応用することにより、曲げられる有機ELディスプレイの開発や太陽電池の効率化など、非常に幅広い応用が期待されます。

<参考図>

図1 ナノグラフェン

図1 ナノグラフェン

ナノグラフェンは炭素原子だけでできたシート状の物質である。球:炭素原子、棒:化学結合。

図2 本研究の位置付け

図2 本研究の位置付け

ナノグラフェンを効率的に合成するために、新触媒反応(フェニレンの環化二量化注5))を開発した。酸化反応と組み合わせることで、ナノグラフェンを合成できる。フェニレン分子はクロスカップリング反応(2010年ノーベル化学賞)で合成可能である。

図3 ナノグラフェン合成の難しさ

図3 ナノグラフェン合成の難しさ

従来法の反応物(ウルマン二量化)からは、酸化反応と組み合わせても、ナノグラフェンが作れなかった。

図4 本研究の概要

図4 本研究の概要

  • ①環構造を構築しながらクロロフェニレンをつなぎ合わせることにより、ジッパーの起点となる環構造の構築が可能となる。
  • ②ショール縮環反応を用いて、ジッパーを閉じるようにナノグラフェンを生成する。

図5 ナノグラフェンの3ステップ合成

図5 ナノグラフェンの3ステップ合成

  • (a) ハロゲン化ベンゼンの鈴木-宮浦カップリングによる変換
  • (b) 新触媒反応(環化二量化反応)
  • (c) ショール縮環反応によるナノグラフェンの合成

図6 新触媒反応の可能性

図6 新触媒反応の可能性

新触媒反応によって、ベンゼン環を10個持つ新しいナノカーボン分子(1)、ナフタレンを持つナノカーボン分子(2、3)、窒素を含む二量体分子(4)、硫黄を含む二量体分子(5)など、さまざまなフェニレン二量体の効率的な合成が可能になった。ショール縮環反応によって、未知構造ナノグラフェンの提供につながる。

<用語解説>

注1) トリフェニレン
4つのベンゼン環からなる円盤状の多環芳香族炭化水素のこと。

注1) トリフェニレン

注2) フェニレン
ベンゼン環が直線状に連なった分子群のこと(p-フェニレン)。

注2) フェニレン

注3) ウルマン二量化反応
金属銅を用いて2つのハロゲン化ベンゼンを連結させる反応。1901年にドイツの化学者フリッツ・ウルマンによって報告された。
注4) ショール縮環反応
ルイス酸や酸化剤を使い、分子内でベンゼン環をつなぐ反応。1910年にスイスの化学者ロランド・ショールによって報告された。
注5) 環化二量化
環構造の構築を伴って、分子2つが自身で連結すること。

<論文情報>

“Synthesis of partially and fully fused polyaromatics by annulative chlorophenylene dimerization”
(環化的クロロフェニレン二量化による部分/完全縮環芳香族分子の合成)
著者:Yoshito Koga, Takeshi Kaneda, Yutaro Saito, Kei Murakami, Kenichiro Itami
(古賀 義人、金田 岳志、齋藤 雄太朗、村上 慧、伊丹 健一郎)
doi: 10.1126/science.aap9801

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

伊丹 健一郎(イタミ ケンイチロウ)
ERATO 伊丹分子ナノカーボンプロジェクト 研究総括
名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM) 拠点長/教授
名古屋大学 大学院理学研究科 教授

村上 慧(ムラカミ ケイ)
ERATO 伊丹分子ナノカーボンプロジェクト 連携研究者
名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM) 特任准教授

三浦 亜季(ミウラ アキ)
ERATO 伊丹分子ナノカーボンプロジェクト 研究推進主任

<JST事業に関すること>

大山 健志(オオヤマ タケシ)
科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
名古屋大学 総務部総務課広報室