新たなミュー粒子生成法へ向け原理実証

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高レベル放射性廃棄物低減・資源化の鍵

平成29年12月12日

京都大学
科学技術振興機構(JST)
内閣府政策統括官(科学技術・イノベーション担当)

森 義治 京都大学 原子炉実験所 特任教授、石 禎浩 准教授らのグループは、半減期の長い核種を変換処理するために用いる負の電荷をもつミュー粒子(ミューオン)の生成方式を新たに考案し、その根幹を担うビーム加速の原理実証に成功しました。(図1

原子力発電所などで生じる高レベル放射性廃棄物の処理・処分問題は、日本のみならず世界的な問題です。後の世代への負担を軽減するため、ImPACT藤田プログラムでは廃棄物から有用元素を回収し資源として利用する方法や、長寿命核分裂生成物(LLFP)注1)を取り出し短寿命核種や安定核種に核変換することで放射能を減らす方法を開発しています。

核変換においては、重陽子のようなハドロン注2)ビームを用いた核破砕反応による変換が有効ですが、レプトン注3)の1つである負ミューオンによる核変換処理も、効率の良さと処理後に生成される核種が最終的に非放射性であるという点から注目されています。

負ミューオンを用いる方式の最大の課題はその生成量(強度)です。従来は高エネルギー陽子加速器から取り出されたビームを外部に置かれた標的に当て、そこでつくられた負パイ中間子(パイオン)が崩壊して負ミューオンを生成していました。しかしながらこの方式では、負ミューオンの生成効率が低く、核変換に必要な量の1000分の1程度の負ミューオンしかつくることができませんでした。この問題を解決する方法として考案されたのが、ビーム加速とエネルギー回復によるビーム貯蔵を両立させる、リング加速器での内部標的による負ミューオン生成法MERIT(多重エネルギー回復内部標的法:Multiplex Energy Recovery Internal Target)です。

MERIT方式の根幹技術であるビーム加速とビーム貯蔵のためには、一定磁場での強いビーム集束力と一定周波数の高周波による連続ビーム加速を両立させる加速器の実現が不可欠です。これらを同時に両立させることは従来のリング加速器では困難でした。

研究チームではこの課題を克服するため、固定磁場強集束(FFAG)加速器注4)に、一定周波数の高周波磁場により加速する蛇行加速(Serpentine Acceleration)方式を適用した、従来にないハドロン加速器の研究開発を行い、ビーム加速の原理実証に世界で始めて成功しました。MERIT方式実現への展望が開ける成果です。

本プロジェクトでは、引き続き高効率な負ミューオン生成を可能にするMERIT加速・貯蔵リングの研究開発を進めていく予定です。最終的にはMERIT方式を用いたLLFPの低減・資源化の実現につなげることを目指します。

本研究は、内閣府 総合科学技術・イノベーション会議が主導する革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の藤田 玲子 プログラム・マネージャーの研究開発プログラム「核変換による高レベル放射性廃棄物の大幅な低減・資源化」の一環として行われました。

本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。

内閣府 革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)

URL:http://www.jst.go.jp/impact/

プログラム・マネージャー 藤田 玲子
研究開発プログラム 核変換による高レベル放射性廃棄物の大幅な低減・資源化
研究開発課題 核変換処理のための高効率負ミューオン生成法の研究-加速/貯蔵ERITリングの開発-
研究開発責任者 森 義治(京都大学 原子炉実験所 特任教授)
研究期間 平成27年4月~平成31年3月

本研究開発課題では、負ミューオン核変換並びにミューオン触媒核融合で生成される中性子による核変換において最も重要な点である高効率な負ミューオン生成を可能とさせるMERIT加速・貯蔵リングの開発研究を行い、負ミューオン核変換によるLLFPの低減・資源化の可能性を開くことを目指しています。

<藤田 玲子 プログラム・マネージャーのコメント>

ImPACTプログラム「核変換による高レベル放射性廃棄物の大幅な低減・資源化」では、加速器による新しい核変換の経路を実現することにより、高レベル放射性廃棄物に含まれる長寿命核分裂生成物(LLFP)を低減・資源化する方法を提案することを目指しています。加速器により核変換を効率的に行うために、種々の加速器の仕様を検討しています。現在候補とされる加速器は、多量の処理量が望める革新的な汎用の線形加速器(リニアック)やリング型加速器(サイクロトロン)、およびエネルギー回収が可能なMERITです。今回はMERIT方式実現に向けたビーム加速の原理実証に世界で初めて成功しました。本成果は、高レベル放射性廃棄物の低減・資源化へ向けた大きな一歩になると考えています。

<背景>

原子力発電所などで生じる放射性廃棄物の処理・処分問題は世界的な問題です。当ImPACTプログラムではこの問題を解決するため、廃棄物から有用元素を回収し資源として利用する方法や、LLFPを取り出し数十年単位で半減する核種もしくは安定核種に変換して放射能を弱くする方法を開発しています。

原子力発電所から排出される放射性核種は、核燃料中ウランの中性子捕獲によって生成される「マイナーアクチノイド」と、ウランの核分裂によって生成される「核分裂生成物」とに大きく分けることができます。マイナーアクチノイドの高速増殖炉や加速器駆動型原子炉などで得られる高速中性子を利用した核変換は長年にわたって研究されており、基礎的・系統的な研究開発が進んでいます。一方、核分裂生成物については有効な核変換の手法や放射能を効率よく低減するための基盤開発、技術開発は進んでいませんでした。ImPACT藤田プログラムではこの課題に取り組み、蓄積された知見から、負ミューオンを用いた核変換の可能性が新たに見いだされていました。

負ミューオンは、質量が電子の約200倍重いことを除いて電子と全く同じ性質を持つ素粒子です。負ミューオンが原子に吸収されると原子を構成する電子と置き換わります。しかし、ミューオンは質量が重いため原子核に極めて近い場所に位置し、原子番号が鉄よりも大きな原子核には吸収され、原子番号が小さな原子核への変換が起きます。その後短時間で複数個の中性子を放出するとともに数日間程度でベータ崩壊が進み、最終的に全て安定で放射能を持たない原子核になります。例えば、107Pd(パラジウム)に負ミューオンを当てると安定なPdに変換され、放射能を持たない原子になるだけではなく稀少安定元素生産も可能となります。

このミューオン核変換を現実のものとするには解決すべきさまざまな課題がありますが、そのなかでも必要な量の負ミューオンを高効率・高強度に生成させる手法の確立は必須の条件です。

100万kw級の発電用原子炉から1年間に生成されるLLFPを数十年で処理するには毎秒1017個以上の負ミューオンが必要といわれています。しかしこれまでの生成手法では、核変換処理に必要な負ミューオン量の1000分の1以下しか得られませんでした。

負ミューオンは負パイオンの崩壊からつくられます。従来の手法では、加速器で高エネルギーに加速したハドロンビームを外部標的に当てることで負パイオンを生成します。しかしこの方法では、生成量を増やすため厚い標的を用いるとビームエネルギーの損失が大きくなり生成反応効率が低下します。また、つくられた負パイオンが標的原子核と衝突することにより消滅するというジレンマがあり、高強度の負ミューオンの生成が困難でした。

この困難を解決するために本プロジェクトにおいて考案された負ミューオン生成法がMERITです。

<研究手法・成果>

MERITでは、強いビーム集束力を持ち連続してビームを加速できるリング型加速器内に、薄い負パイオン生成標的(リチウムなど)を設置します。ビームが数百往復も標的を通過することで、これまでの手法に比べ、より高強度の負パイオンが生成されます。標的通過後のエネルギー損失がリング内の高周波加速装置で1周毎に回復する仕組みです。また、薄い標的を使うため負パイオンが標的に当たり消滅することもありません。MERITでは従来の方式に対して数百倍の強度の負ミューオンを得られると期待されます。(図2)

MERITを実現する始めの段階として、一定磁場で強いビーム集束力を持ちかつ連続ビーム加速が可能なリング型加速器が必要です。これまでのリング型加速器ではこの2つの条件の両立が不可能でした。そこで、これを可能にする新しいリング型加速器を考案しました。それがFFAG(固定磁場強集束)方式に蛇行加速(Serpentine Acceleration)を組み合わせたリング型加速器です。今回は小型のモデル機を作成し原理実証に取り組みました。

加速器は直径約4.7m、8個のセクションで構成されます。各セクションはビーム集束と蛇行加速を担う3台の電磁石で構成されており、陽子ビームはリング外に設置された線型加速器(リニアック)から入射されます。また、リングの一箇所にはビームを加速するための高周波加速空胴が設置されており、一定の高い周波数(18MHz)でビームを連続的に加速することが可能となりました。

この実証実験から、理論的に予想されていた「固定磁場強集束・蛇行加速(FFAG-SA)」リング型加速器で強い集束力を持つ連続ビーム加速が可能であることを初めて示すことができました。MERIT方式の実現への展望が開ける成果といえます。

<波及効果、今後の予定>

次の段階は、連続加速されたビームをリング内に設置された内部標的に衝突させ、そこで失われたエネルギーが高周波加速装置により周回毎に回復することで所定の回数標的と衝突することを確認することです。引き続きMERITが原理的に有効な方式であることを実証し、高強度の負ミューオン生成の可能性を広げていきます。

<参考図>

図1 負ミューオンの新規生成法(MERIT)原理実証機

図1 負ミューオンの新規生成法(MERIT)原理実証機

図2 MERIT(多重エネルギー回復内部標的法)

図2 MERIT(多重エネルギー回復内部標的法)

<用語解説>

注1) 長寿命核分裂生成物(LLFP)
Long-Lived Fission Productの略。原子力発電を行う際に生成される放射性核種。半減期が非常に長く、放射能が高い核種を長寿命核分裂生成物と呼ぶ。79Se(半減期:29.5万年)、107Pd(650万年)、126Sn(10万年)、129I(1,570万年)などがある。
注2) ハドロン
強い相互作用で結びついている陽子、中性子、各種の中間子を含む素粒子群。
注3) レプトン
相互作用の弱い素粒子。電荷を持つ荷電レプトン(電子、ミューオン、タウ粒子)と3種のニュートリノが含まれる。
注4) 固定磁場強集束(FFAG)
強いビーム集束力を持つ加速器。磁場が時間的に変化せず一定しているため素早い加速が可能。高強度・短寿命粒子(ミューオン、不安定核)も加速できるのが特徴。

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

森 義治(モリ ヨシハル)
京都大学 原子炉実験所 特任教授

<ImPACT事業に関すること>

内閣府 革新的研究開発推進プログラム担当室

<ImPACTプログラム内容およびプログラム・マネージャーに関すること>

科学技術振興機構 革新的研究開発推進室

<報道担当>

京都大学 国際広報室

科学技術振興機構 広報課

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